出会い
フィリベルトと出会ったのは、私が11歳になる年の、城で行われたお茶会だった。
そもそも私はお茶会が好きではない。淑女然として大人しく、どうでもいい噂話や自慢話を延々聞かなければならない事が苦痛で仕方ないのだ。侯爵令嬢という立場上、淑女としての振る舞いは完璧に出来るが出来るだけやりたくない。
今回は王城で行われるお茶会という事で、参加しなくてはいけないと言われ渋々やって来た。
この年齢になると既に婚約者が決まっている者もいる。今日、ここに集まっている者は、まだ婚約者がいない者ばかり。そのせいなのか同じ歳の頃の男女がたくさん集まって、なにやら集団お見合いのようになっていた。
始めの頃は流石に大人しく席に座ってお茶を飲んでいたが、しばらくすると私はすっかり飽きてしまった。
見た目のせいで異性にはよく声を掛けられる。が、会話の内容が全く面白くないので辛い。どれだけ金持ちなのかとか、親が、家がどれだけ凄いのかとか、そんなことばかり話したがる彼らと話すのが面倒になりそっと席を離れる。
「自分が成し遂げた事でもないのに、よくもあんなに自慢げに語れるわ」
庭園の奥へと進めば、小さな可愛らしい四阿がある。周りには色とりどりの花が咲き乱れていた。
「綺麗……」
しばしその場で見惚れてしまい、そのまま誘われるように四阿のベンチに座る。ベンチに座ると、花々の香りに溢れていた。綺麗な花々と香りに包まれたこの場所がとても気に入った私は、お茶会の間居座る事にした。
「お茶会が終わるまでここにいようっと」
鼻歌交じりに香りを吸い込み堪能していると、ふと、草を踏む音が聞こえた。誰か来たのかと音のした方を振り返れば、そこには太陽の光を反射して輝く、金色の髪を持つ少年が立っていた。
「ん?先客がいたのか」
彼女の存在に気付きながらも、そのまま四阿の中に入ってくる少年。エレオノーラは黙って彼を見ていた。
「隣、いいかな?」
そう言った少年は海のような青い瞳を煌かせ、人懐こそうな笑みを浮かべる。
「どうぞ」
とりあえず、面倒そうな雰囲気はなかったので素直に頷く。
しばらくはお互いに無言で座っていたが、先に口を開いたのは少年の方だった。
「名前を聞いても良いかな?私はフィリベルト・アルファーノだよ」
「……アルファーノってまさか?」
「そのまさかだよ。この国の、ガヴィアンディー王国の第一王子だ」
私は慌てて立ち上がろうとしたけれど、王子本人に止められた。
「ああ、待って。座ったままでいいから。お願いだから畏まらないで」
懇願するような言い方でお願いされてしまった私は、仕方なく再び座る。
「マッツォレーラ侯爵家長女、エレオノーラ・マッツォレーラと申します。以後お見知りおきを」
すると、王子は嬉しそうな顔をした。
「団長殿のお嬢さんだったんだね。ドメニコの妹さんだ」
「父と兄をご存じなのですか?」
お父様は、魔術師団の団長をしている。そしてお兄様は魔力の高さから17歳にして、学園に通いながらも既に魔術師団に入団している強者だ。
「それは勿論!団長殿には魔力操作の訓練をしてもらっていたんだ。今はドメニコに教えてもらっている。君の事は色々聞いているよ。二人とも何かというといつも君の話をするからね。だからいつか会ってみたいと思っていたんだよ。はは、ここで叶ってしまった」
嬉しそうに二コッと笑う王子。
一体どんな話を聞かされているのか、一瞬知りたいと思ったが藪蛇になりそうなので何も聞かない事にした。
「そうですか。お恥ずかしい限りです」
「恥ずかしくなるような話じゃないから大丈夫だよ。君は可愛くて、魔力も高くて5属性持ちだって」
エレオノーラはほっとした。それぐらいなら想像できる誉められ方だ。
「それと、あんなに可愛いからきっとあの子は天使の生まれ変わりに違いないって」
「は、はは。ソンナワケアルハズナイノニ」
思わず片言になってしまったのは仕方ないだろう。人がいない所で、しかも王子相手に何を言っているんだ、あの二人は。
「私もね、そんな人間いるわけがないって思っていたんだ……でも違ったよ。君は本当に天使の生まれ変わりかもしれないね」
そちらの方が天使では?そんな風に思えるほどの眩しい笑顔で言われ、間近で見てしまった私の顔は、不覚にも真っ赤になってしまった。
「可愛いな」
そう、小さく呟いた王子の声は聞かなかったことにする。
「ところで君はどうしてここに?」
正直に答えていいものか迷ってしまう。だって城主催のお茶会なのだから。
「えーっとですね、少し人に酔ってしまって?」
「あはは、どうして答えているはずの君が疑問形なの?」
「どうしてでしょう?」
「ふふふ、きっと私と同じ気持ちだったんじゃないかな」
「王子殿下と同じ気持ちですか?」
「そう。私はね、お茶会が面倒で逃げてきたんだ」
ふふふと笑いながら言う王子。確かに同じ気持ちだけれど、王子がそれを言っていいのかと思う。
「お城の主催のお茶会なのに、ホストである王子殿下がいなくなっていいのですか?」
「いいんだよ。戻る時は君も一緒に連れて行くから。そうすれば、気に入った子と散歩したのかな?とか迷っていた子を見つけてあげたのかな、なんて思ってもらえるしね」
満面の笑みで言う王子。
『とんだ食わせ者だわ』
見た目に反して黒そうだ。このままだと、私がここを離れない限りずっと一緒に居続ける事になりそうだ。
「私、会場の方へ戻る事にしますわ。王子殿下はどうぞ、ごゆっくり」
それだけ言ってそそくさとこの場を去る。すると私の隣をちゃっかり歩きだす王子。
「置いて行かないでよ。一緒に行くって言ったでしょ」
しかも私と手まで繋いで。
「ねえ、君の事エラって呼んでいいかな?」
「ダメです」
「どうして?私の事はフィルって呼んで」
「イヤです」
「つれないなぁ。でもそんなエラも可愛いね」
「呼んでいいと言っていません」
「ふふ、そうだっけ?」
そんな不毛な押し問答をしているうちに会場に着いてしまった。
「あ、これあげるね」
いつの間に手に入れたのか、彼は私の髪に薄紫色のバラを差した。
「綺麗」
「でしょ。君の髪に似合いそうだと思って、一輪失敬して来たんだ。
「こういう淡い色、好きなんです。ありがとうございます」
素直にお礼を言えば、とても嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「そっか、喜んでもらえたみたいで私も嬉しいよ」
本物のその笑顔に不覚にも見惚れていると背後から声がした。
「まぁ、可愛らしい天使を捕まえてきたみたいね」
その声によって、私は彼から離れるタイミングを逃してしまったのだった。