魅了
お父様の話はまだ続く。
「どうやら腕輪のような物だった。更にそれには付加があった。何かの魔術が込められているようだが、それが何かはわからない。見た事のない魔法陣だった。だから私はそれを突き止めるまでは、その者を泳がせる事にしたのだ。ずっと平民と同じような生活をしていた者が、私でさえ知らない魔法陣が書かれた魔道具を持っていることなどあり得ない。それを渡した誰かがいるはずだと思った」
いつの間にか、パルミナ嬢の周辺には彼女の取り巻き数名以外誰もいなかった。皆が距離を取るように下がったからだ。
「ここからは私が話すよ」
フィリベルト殿下が前に出た。
「それでね。彼女を学院に入学させて私が彼女を探る事にしたんだ。光魔法は希少だから彼女を見守るという名目でね。
しばらくは何も起こらなかった。ところが少し経つと、どうも彼女の周りの男子生徒の様子がおかしい事に気付いたんだ。明らかに彼女に懸想しているというか、のぼせ上っている感じだった。その結果、一つの可能性に気付いたんだ。
ねえ、パルミナ嬢。君は禁術である『魅了』の魔法を使っていたね」
怖いほどの笑顔で問いかけられたパルミナ嬢の顔が一瞬引きつった。しかし首を横に振って否定する。
「いいえ。私はそんな魔法は知りません」
「ふふ、もういいんだ。そういう嘘は。だって調べはついているんだから。だからこそ今日わざわざこの場で話している訳だし。わかるよね、それくらい」
ふっと笑顔が消えたフィリベルト殿下に、パルミナ嬢本人だけでなく、周辺にいる人々まで震えあがった。
「私もね、実は魔道具を身につけているんだよ。王太子になる身としてあらゆる魔法、魔術、呪術にかからないという効果の物をね。代々王になる者にのみ与えられるんだ。それがどういう事かわかるかい?君はまんまと私も魅了できたと思っていただろうけどあれは演技だよ。だって、そうでもしないと君の傍で、君が着けているその腕輪の詳細を調べる事が出来なかったからね」
「そんな……」
パルミナ嬢がぼそりと呟いた。
「当たり前じゃないか。私が愛しているのはエレオノーラただ一人だ。今までもこの先もね。辛かったよ。演技とはいえ君の肩を抱いたり、手を握ったりするのは。しかもエレオノーラには今回の件は話していなかったからね。酷い誤解をさせてしまった上にケガまで負わせてしまった……本当に死ぬほど辛かった」
話しながら私と目を合わせたフィル。私が小さく微笑むと、彼も一瞬微笑みを返した。
「ねえ、パルミナ嬢。その腕輪を私に渡してくれないかな?」
壇上から降りて彼女の元へと足を運ぶフィル。
「い、いやです」
パルミナ嬢は、青い顔をして数歩後ずさる。しかし、フィルの方が、一歩が大きいためにすぐに追いついてしまった。
「だからさ、君には拒否権なんてないんだ。私が大人しく頼んでいるうちに渡した方がいいと思うよ。じゃないと、間違って手首を切り落としてしまうかも」
笑顔で恐ろしい発言をしている彼を、パルミナ嬢は果敢にも睨む。
「お、王子様がそんな事をするはずがないわ!そんなお、脅しには乗らないわよ!」
今の彼にこれだけの事を言えるなんて素晴らしい。私は感心してしまった。まあ、余計イラつかせただけだろうけれど。
「私は確かに王子だけれど、犯罪者にまで優しくするようなお人好しではないんだ。だからなんの躊躇もなく出来るよ。パルミナ嬢は、どの魔法で手首を落としてもらいたい?火で黒焦げ?風でスッパリ?それとも凍らせようか?」
人差し指に火を灯しながら最高の笑顔を見せる。
「ひっ!」
声にならない声で悲鳴を上げたパルミナ嬢。
「見せるわ。見せればいいんでしょう」
すると、素直に袖を捲って腕輪を見せたパルミナ嬢。思っていた通り、白い魔石が付いていた。
「エラ、頼めるかな?」
同じ笑顔でもこうも違うのかという程、柔らかな笑顔で私を呼んだ。
「はい」
パルミナ嬢の前まで行って魔石に触れ、パチン!と指を鳴らす。
その音に反応したように、彼女の腕輪に付いている白い魔石がパキンと音を立てて割れた。同様の音が私の少し後ろからも聞こえた。
「これで、もうこの腕輪は使い物にはならないわよ、ドナート殿下」