告白
「ごめんなさいね。驚かせちゃったかしら?」
「あ、いえ……驚きました」
「うふふ、可愛らしいわね、あなた。あの魔道具はね、遥か北の国で作られていてね。滅多に手に入る物ではないのよ。私も長年生きてきて、手にしたのは二度目だったもの」
「そんなに珍しい物だったのですか?」
「ええ、あれはね。対になっていて、白い魔石の方が着けている人の魔力を吸って実行に移す役割。黒い魔石の方は、着けている人の魔力を吸うのは一緒なのだけれど、あちらは白の魔石に実行させたい魔法を渡して命令を送る役割なの。
楽しそうに言うおばあさん。だけど、内容の黒さにブルッとしてしまう。
「それって、例え悪い事に使っても、黒い魔石の持ち主の人は主犯なのにバレないということですよね」
「そうなるわねぇ」
嫌な汗が背中を伝う。
「あぁ、でもね。あれで人を殺すことは出来ないようになってるのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。そういう意図で使おうとすると、途端に使った本人に呪いがかかるように呪が施されているのよ。だからこそ、あれだけ大きい魔石なの」
なるほど。無駄に大きい石だった意味が理解出来た。
「買った人の事はわかりますか?」
恐る恐る聞いてみるが、おばあさんは首を振った。
「ごめんなさい。男性だという事しかわからないの。フードを被っていたから」
「そうですか。教えて頂けて良かったです。ありがとうございました」
その答えだけで十分だった。
せっかく教えて頂いたので、何か一つ買おうと再び見て回る。
「恋のおまじないなら、ここにあるピアスがおススメよ」
おばあさんが、ウィンクしながらそう言うと、オホホと上品に笑いながら奥へと去って行った。
彼は一体どういう目的で購入したのだろう。それが私にはわからなかった。
『帰ったらお父様に報告しなくてはね』
少しだけ辛い気持ちになりながら、それを振り払うように魔道具を見て回るのだった。
私の買い物が終わったのを見計らったフィリベルト殿下は、今度は街の中心から少し行った所にある、大きな公園に連れて来てくれた。美しく手入れされた芝生の広場をゆっくり散策する。
「欲しいものはあった?」
「目当ての物はなかったけれど、可愛いのを見つけたわ」
ニコリと笑顔で言えば、どれどれと私と向かい合うようにフィリベルト殿下が立つ。
「ホントだ。可愛いね」
そう言って私の耳の方へと手を伸ばす。そこには先程の店で買ったピアスが着けられていた。真ん中から緑と青に分かれたダイヤ型のピアスに触れ、蕩けそうな笑みを浮かべる。
「エレオノーラと私の色だね」
甘く、優しい低音で、囁くように言うフィリベルト殿下に、私の顔が熱を帯び出す。
すると、強めに吹いた風に若草色のワンピースの裾が、芝生と同化するようになびいた。
「エレオノーラ、そのワンピースもとてもよく似合っているね」
フィリベルト殿下が眩しそうに目を細めて私を見て言った。
「ありがとう、お気に入りなの。でも誰かにもらったはずなのだけれど、それが誰だったのかは思い出せなくて」
「……そうか」
今度は少し寂しそうな顔をする。
「殿下?」
「ううん、なんでもないよ。今度、私も贈らせてほしいな」
「私に?」
「そう。君に贈りたいんだ」
真剣な表情になったフィリベルト殿下。ドキリと私の心臓が波打った。
「嬉しい……でも、殿下は私なんかよりも渡すべき方がいらっしゃるんじゃない?」
フィリベルト殿下の目が大きく見開かれた。
「どうして……そう思うの?」
「以前、言っていたから。婚約者の話をしたときに……あの言い方は婚約者の方がいる言い方だった。婚約者ではなくても誰か好きな方がいるのだろうって。だから私は……」
それ以上は言葉が続かなかった。
突然、私の視界がぼやけた。すぐに合った焦点は目の前にある、白いシャツのボタンを見つめている。どういう事なのかと見上げれば、私を見下ろしている海の青があった。
私はフィリベルト殿下に思い切り抱きしめられていた。
「私が好きなのはエレオノーラだ!ずっと、ずっと昔から君だけを……」
予想もしていなかった言葉に、理解する能力が追い付かない。それでも理解しようと頭をフル回転する。すると、見た事のないはずのまだ幼い殿下の姿が見えた。そして同時に割れんばかりの頭痛に襲われる。
「っつ!」
激しいほどの頭痛に、立っていられなくなる。
「エレオノーラ!」
フィリベルト殿下に咄嗟に支えられ、なんとか堪える。
頭痛はすぐに治まった。
「大丈夫かい?エレオノーラ。ごめん、私が無理をさせた」
「大丈夫。それより今、私が知らないはずの小さい頃のフィリベルト殿下が見えたの」
彼の方がビクリとしたような気がした。
「私はあなたをずっと前から知っていたの?どうして?もしかして私はあなたを忘れてしまっているの?」
涙が出てくる。好きな人なのに、どうして私は忘れているの?こんなに好きなのに。思えば思う程涙が溢れてくる。
その時だった。
ヒュンッ!!風を切る音がしたと思った途端、私の顔の横を矢が横切った。