王子と街へ
青い小鳥が私の部屋に入ってきた。
『次の休み、出かけないか?』
それだけ書いてあった手紙を見て、私の気分は急上昇した。
『行くわ。楽しみ!』
そう書いた緑の小鳥を送るとすぐに、再び青い小鳥がやって来た。
『午後に迎えに行く。街に出るから街の人になり切れる服装でね』
それからすぐにジェシーを呼んで、まだ少し先の休日に向けて服装をどうするか、あれこれ頭を悩ませるのだった。
「美味しい!」
若い女性に人気だというカフェに来た私たちは、ケーキセットを頼んだ。季節のタルトというフルーツがたくさん乗ったタルトを一口食べると、甘酸っぱさが口いっぱいに広がってたまらなく美味しかった。
「エレオノーラは本当に美味しそうに食べるね」
そう言うフィリベルト殿下はチーズケーキを食べている。
「だって、本当に美味しいのだもの。フィリベルト殿下も美味しそうな顔しているわ」
「本当に美味しいからね。ほら、食べてごらん」
小さく切られたケーキを私の口まで持ってくる。
「ほら、あーん」
釣られた私は素直にぱかっと口を開けて頬張った。
「こっちも美味しい!」
「でしょ、ククッ」
笑いながら私を見るフィリベルト殿下。
「どうしてそんなに笑うの?」
「だって、素直にパカリと口を開けて、ククク、なんだか鳥に餌付けしているみたいで、ふふ」
言われて初めて、自分のしたことに赤面してしまう。
「じゃあ、殿下もどうぞ!」
同じようにケーキを口に持って行くと、素直に口を開いた。じっと私の目を見ながら食べるその仕草が、やけに私を落ち着かなくさせた。
「なんだかズルいわ」
「何が?ん、こっちのケーキも美味しいね」
「殿下は余裕なんだもの」
「ふふ、そう?こんな私は嫌?」
「……嫌じゃない」
「ふふふ」
軽口をたたきながら、ケーキを堪能した私たちは街の中を散策した。
「エレオノーラは何処か行きたい所とかある?」
「ええと」
ふと、ある事を思い出す。
「あの、魔道具を扱っているお店を見てみたいのだけど」
「魔道具を?」
「ええ、ちょっと気になるものがあって」
詳しい事はまだ言えない。
「わかった、じゃあこっちだよ」
言ったフィリベルト殿下が、私の手を取ってそのまま繋いだ。
「この先は少し、治安が良くない所もあるからね。絶対に私から離れてはいけないよ」
手を繋いだ恥ずかしさから、コクコク頷くしか出来なかった私を見て、優しく笑ったフィリベルト殿下はそのまま路地の中へ入って行った。
想像していた程の治安の悪さはなかったが、決して一人で歩くのはおススメしないような雰囲気はあった。
そんな中、周りの雰囲気とは違う、モダンな雰囲気の建物の前に到着する。
「ここだよ。場所は悪いけれど、ありとあらゆる魔道具が揃っていると評判の店なんだ」
「それは凄いわね。どうしてこんな所を王子のあなたが知っているのかは聞かないでいてあげる」
ちょっと悪戯っぽく言えば、一瞬目を見開いたフィリベルト殿下。しかし、すぐ後には悪戯っ子のような顔で笑った。
「ありがとう。恩に着るよ」
ウィンク付きで言われる。きっと私の顔は赤くなっただろう。それを隠すように店の中へ入って行く。
そんなに大きくはない店の中には、所狭しと魔道具が並んでいた。
「凄い!」
世の中にはこんなに色々な道具があるのかと、少し驚いてしまった。
「で、エレオノーラはどんな魔道具を探しているの?君には基本、全く必要のないものだと思うけれど」
「私が使うとかではないの。以前、着けている人がいて、それがちょっと気になったものだから、どういう使われ方をするのかと思って」
並べられた魔道具を順に見ていく。全く魔力がなくても使える物や、魔力を注げばずっと使える物。一度しか使えない物。ピアスのような小さな物から大きな物まで、本当に色々あった。
店の人から、アクセサリーになっている魔道具の場所を教えてもらう。しかし、それらしい物は扱われていなかった。
『やっぱりあれは何か特殊な魔道具だったみたいね』
流石にフィリベルト殿下がいるこの状況で、店の人に色々聞くのはまずいかと少しばかり逡巡する。すると、先程アクセサリーの魔道具の場所を教えてくれた店の人が近くまで来ていた。
「良かったら欲しいものをお探ししますよ」
穏やかな笑みを浮かべたおばあさん。
「あの、買いたいわけではないのです。ただ、友人が着けていた物がどんなものだったのか知りたくて」
「どんな形のものだったかお聞きしても?」
フィリベルト殿下は武器関係の物を奥の方で見ている。聞くなら今だ。
「あの、バングルになっていて、中心に大きな魔石が付いているんです。ただ、それ自身が何かするという感じじゃなくて、どちらかというと操作するための物のような」
漠然と感じたままを言ってみるが、正直伝わらないと思っていた。バングルタイプの物なんていくらでもあるからだ。
「もしかして、黒い大きな魔石が付いている銀のバングルかしら?それとも魔石の色は白だったかしら?」
「……」
どうしてわかったのだろう。あんなに漠然とした説明で、こんなにたくさんある魔道具の中から一発で正解を導くことが出来るものだろうか。
「正解だったようね。それは私が売った物よ」