2年生
「エレオノーラ様、お待ちしておりましたわ」
「エレオノーラ嬢、すっかり良くなったのだね」
久しぶりに学院に行った私は、男女問わず、物凄い歓迎を受けていた。
「皆様、ありがとう。もうすっかり元気です。なんなら元気が有り余ってるくらいですわ」
「良かった。やっぱりエレオノーラ様の元気なお声がないと。寂しかったんですのよ」
「そうですわ。エレオノーラ様とお喋りしていると、なんだかこちらまで元気になるような気持ちになるんです」
「私の元気で良かったら、これからもたくさん差し上げますわ」
こうしてすんなりクラスに馴染むことが出来た。これはフィリベルト殿下に報告だわ。そんな事を考えていると、後ろから声を掛けられる。
「何をニヤニヤしてるの?私の女神は」
「ドナート殿下?」
振り返るとドナートがニコニコして私の隣に立った。
「私、ドナート殿下の女神じゃないわよ」
「ははは、今はまだね」
「今はって、この先もないから」
はっきり断っているのに、ニコニコして取り合わないドナート。あの突然の訪問以来の再会だが、なんだかあの時の恐怖を微弱ながらも感じる気がする。
他の人たちはドナートの変化には気付いていないようだ。何とも言えない不安感がよぎるがそれよりも気になる事があったので口にした。
「ドナート殿下。腕に何か着けてる?」
「え?ああ、着けてるよ」
そう言って左の腕に着けているブレスレットを見せてくれた。銀のバングルで中心に大きな石が付いていた。
「ねえ、それって魔石?」
「ん?いや、わかんない。綺麗だったから買っちゃっただけだし」
「そうなんだ、確かに綺麗ね」
「気に入った?そしたら今度エレオノーラにも買ってきてあげる」
嬉しそうに言うドナート。
「私はいらないわ。あんまり大きい石とか付いていると、絶対に何処かにぶつけてしまうもの」
私の拒絶を気にすることなくドナートは笑う。
「確かにね。エレオノーラは意外とお転婆だもんね。じゃあ君に似合いそうなのを今度プレゼントするね」
「だから、そんな関係じゃないでしょ。いらないわ」
「ふふ、いいじゃない。そういう関係になるかもしれないんだし」
うん、もう面倒くさい。流そう。そう思った私は、令嬢方と再び話に花を咲かせることにしたのだった。
学院に復活して10日程経った。
食堂で数人の友人たちと食事をしていると、その中の一人が私に聞いてくる。
「エレオノーラ様。先日のランチの時に、一人では多いと二人でドリンクをシェアしたのを覚えておいでですか?」
「ええ、勿論。あれは美味しかったわよね。またします?」
「ええ、嬉しいです。って、そうではないのです。その時にですね、実は私少しだけ喉を傷めておりましたの」
「まあ、そうなんですの?大丈夫でしたか?あのシュワワって結構喉にきたのでは?」
「結構な刺激でしたものね。って、だからそうではなくてですね」
「なんでしょう?」
「あの後、すっかり喉の痛みがなくなりましたの。だからもしかしたらエレオノーラ様にも何か変化があったのではと」
「私は……特になかったと思いますわ」
「そうですか。てっきりあの飲み物になにか傷を治すような成分が含まれているのかと」
「もしそうなら凄いですけど、残念ながら私には何も感じられなかったですわ」
「やっぱり気のせいだったのかしら」
また別の日。
顔色の良くない友人がいた。
「あまり顔色が優れませんわね。保健室へお連れしましょうか?」
「ありがとうございます。少し頭痛がして」
彼女に肩を貸して保健室へ連れて行く。
「先生がいらっしゃらないようですわね。私、教員室に呼びに行ってまいりますからベッドで横になってらして」
そう言って彼女を寝かせ、つい甥っ子にしているみたいに
「痛いの痛いの飛んでいけ」
と、おまじないをしてしまった。
キョトンとした彼女に、真っ赤になったであろう私。
「ご、ごめんなさい。つい甥っ子にやっていたもので」
「ふふふ、いいのです。なんだか本当に痛みが治まってきた気がしますし」
その後、保健医を連れて来た私だったのだが、その頃には友人の体調はすっかり戻っていた。先生も不思議がっていたが、友人のおまじないが効いたという言葉にますます首を傾げていた。
そんな事が何度か続いたある日。
友人たちと教室を移動するために廊下を歩いている時だった。中庭で殿方数人と楽しそうにしているご令嬢を見かけた。
ストロベリーブロンドの髪に既視感を感じる。誰だかはわからない。けれど、心の中がなんとなくもやっとする。
私がじっと中庭を見ていることに気付いた友人の眉間にしわが寄った。
「またあの方、男性たちを侍らせてますのね。いい加減、見慣れてしまって文句を付ける気にもなりませんわ」
どうやら彼女のあの状態は、通常営業だったらしい。
「あの方、いつもあんな感じなの?」
「ああ、エレオノーラ様はご存じなかったのでしたわね。パルミナ・サバニーニ男爵令嬢。どういう訳なのか、高位の貴族令息にばかりモテるんですって」
「光魔法に何か関係しているんじゃないかって噂はありますけれど、実際はどうなのかわかりませんわ」
「光魔法?」
「ええ、あの方光魔法を持っていらっしゃるんですって。なんでも突然光魔法を使えるようになったとか。まあ、実際目にした事はありませんけれど」
「使っている所は見た事ないのですか?」
「ええ、なんでも魔力が多くないので上手く使えないとか」
魔法を使う事に魔力量は関係ないのではないだろうか?
「ではどうして光魔法だと?」
「鑑定の水晶でそう出たらしいですわ」
鑑定の水晶は手を当てるだけで、使える属性と魔力量を検知してくれる代物だ。
「水晶がねえ」
しばらく彼女をじっと見る。やはり既視感があるのに、誰かはわからない。それってつまりは私が忘れているという男爵令嬢、その人なのだろう。だとしたら、どうして忘れたのか。この状況を鑑みると、自分の恋人か婚約者を取られたショックとか?
「いや、いや。そもそも婚約者いないし」
小さく呟いて、私はその場を後にした。