二羽の小鳥
あれからドナートは来なくなった。でもフィリベルト殿下は相変わらずの頻度で来てくれていた。いつからか、私はフィリベルト殿下に対して軽口で話すようになっていた。年上だし、いずれ王太子になる方にそんなのはいけないと思ったが、当の本人がそうして欲しいと懇願して来たので渋々了承した。今では昔からこうだったのでは?そう思うくらいしっくりきている。
「もうすぐ学院に行けるね」
「うん、そうなの。やっとよ」
「私は4年になるから、学ぶ棟が変わってしまう。きっと、同じ学院に行っていても、なかなか会う事は出来ないと思う」
「そっか、そうよね」
4年生は自分たちで研究したり実験したりするために、研究棟という少し離れた棟に移るのだ。わかってはいるが、言いようのない寂しさを感じてしまう。
「それでね、会う事はなかなか出来なくても手紙をすぐに送れる魔法を教えてあげる」
「え?そんな魔法が?」
「そう。手紙をね、動物の形にして実際に動かせるようにするんだよ。ただし、エレオノーラが知っている人物で、この魔法の解除方法を知っている人間としかやり取りは出来ないけれど」
「それは相手が何処にいても届くの?」
「出した人の魔力にもよるけれどね。エレオノーラほどの魔力なら隣国くらいは余裕で届けられるんじゃないかな?マッツォレーラ侯爵は隣国の王城まで飛ばせるって言っていたし」
「凄いわ!じゃあ、フィリベルト殿下に毎日手紙が出せるわね」
「ふふ、毎日出してくれるの?」
「勿論よ。殿下は出してくれないの?」
「頑張るよ」
「その言い方は怪しいわね」
「ふふ、そう言わないで。これでも来年は王太子だからね。公務も少しずつ増やしているんだ」
「そうなのね。なら許してあげるわ。私からは一杯出すけど」
「うん、出して欲しい。なんでもいいから出して。今日の夕食はステーキでした、だけでもいいよ」
「ねえ、私ってそんなに食い意地張ってる?」
「え?あ、ごめん。エレオノーラが書きそうなことを言ったら……」
「それ、なんのフォローにもなってないけど」
後ろで笑うのを堪えているのだろう。引くついた声が聞こえる。きっとジェシーに違いない。
「ごめん、ごめん。さ、気を取り直してやってみようか」
何度かチャレンジすると綺麗なグリーンの小鳥が出来た。
「出来たわ!」
「そうそう。上手いよ」
そう言って出したフィリベルト殿下はブルーの小鳥だった。二羽が仲良く寄り添う。
「この魔法、素敵ね。もしかしてこの子達の身体の色は瞳の色?」
「そうだよ。そしてこの魔法は実は上級者にしか使えない。魔術師団の面々とかね」
「そうだったの?」
「うん、だからね。他の人には教えてはいけないよ」
ウィンクして言うフィリベルト殿下。
「わかったわ。二人だけの秘密ね」
「ああ、二人だけの秘密だ」
二人で見合って笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「結局、1カ月過ぎてもエラの記憶は戻りませんね」
居間でワインを嗜みながらドメニコが言った。
「ああ。まあ、記憶を戻そうと本人も思っていないし、殿下も頑張っているみたいだしな」
「意外でしたよ。絶対にボロが出ると思ってましたから」
「ドメニコは本当に殿下に対して辛辣だな」
「だって、私の可愛い天使を奪って行こうとする敵ですから」
「簡単には奪わせないさ。仮にこのまま殿下と結婚しても、魔術師団に入れさせるから。もう陛下にも王妃にも言ってある」
「どっちが辛辣ですか」
「ははは。だがその前に、早く膿を取り出さねば」
「そうですね。全てがまだ憶測でしかない。やはり私が学院に潜入した方がいいのではないですか?」
「おまえ、エラの先生になりたいだけだろう」
「それが大半です」
「ふっ、まあ待て。少し気になる事があるんだ。もし、私の見立てが間違えていなければ、すぐにでも尻尾は掴める」
「どういうことですか?」
二人の会話は、一層静かになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
もうベッドに入ろうかという時間。ふと思い出して、私は可愛い緑色の小鳥を作った。
「復習も兼ねてだもの。出してもいいわよね」
自分で自分に言い訳をしながら考える。
この1カ月。フィリベルト殿下とは本当に親しくなった。そして私は自分の中の微かな恋心を感じている。
一度だけ、何故婚約者がいないのか聞いたことがあった。
「いないというのは少し違うかな。私は待っているんだ。許してもらえるかどうかもわからないけれど」
そう言った彼の顔が今にも泣きそうだったので、それ以上は何も聞けず、それからは一度もその話題は口にしていない。
もしかしたら、フィリベルト王子には婚約者がいるのかもしれない。いや、いるんだろう。そう思って諦めようとは思っている。それでもこの恋心というのはやっかいで、なかなか消えてはくれないのだった。
「勝手に好きでいるくらいはいいわよね」
ひとり呟くと、『ありがとう』と『おやすみなさい』を書いた小鳥をそっと外へと放つのだった。