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もう一人の王子

 あれからフィリベルト王子は、三日と空けずに来てくれた。彼の来訪が、いつしか私の一番の楽しみになるほどだった。


「お嬢様、王子殿下がお見えだそうです」

ジェシーが私の部屋に入って来て王子の来訪を告げた。

「フィリベルト殿下が?昨日もいらっしゃったのに?」

「いえ、第二王子殿下です」

「ドナート殿下?」


そんな会話をしていると、何やら廊下が慌ただしくなる。一体何事なのかと思っていると、ありえない状況になった。


「やあ、エレオノーラ。お見舞いに来たよ」

ノックもせず、私の私室の扉を開けズカズカと入ってくるドナート王子。

「ちょっと、いくら王子でも女性の私室にノックもせず入るなんて失礼よ」

「いいじゃない。私とエレオノーラの仲なんだから」

いや、どんな仲だよと心の中で突っ込む。ジェシーと目が合った。きっと彼女も同じ突っ込みをしたに違いない。二人で小さく頷き合う。


「とにかく、着替えたいから応接間の方で待ってて」

「別に着替えなくてもいいよ」

「そういう訳にはいかないの。大体、婚約者でもないのにどうして部屋まで来たのよ」

「エレオノーラの部屋を見たかったから。思った通りだけど、もっと女の子っぽい雰囲気にしてもいいんじゃない?」

余計なお世話だよと再び突っ込む。


「とにかく、応接間へ移動してください!」

強く言うと渋々ながらも移動した。


「全く、突然来てなんなのかしら?」

「ですよねぇ」

ジェシーと文句を言いながら、着替えを済ませて応接間へと向かった。


「もう。遅いよ。これ2杯目だよ」

飲んでいる紅茶のカップを軽く上げてアピールするドナート。

「申し訳ありませんね。なにぶん、突然の訪問だったので」

嫌味たっぷりに言ってやるが、どうも彼には通じない。素知らぬ顔でお菓子に手を伸ばしている。


「ところで、今日は何か用事?」

「ううん、会いに来ただけだよ」

「そう」

「ねえ、エレオノーラの部屋にさ、兄上は入ったことあるの?」

最近、よくうちに来ているのを知っているから言ったのだろうか?


「いいえ。家族と女性の友人以外、他の人は入れたことないわ」

「やった。じゃあ、私が一番乗りだね」

「不本意ながらそうなるわね」

万歳でもしそうな喜びを見せるドナートに、きっと今の嫌味は聞こえなかっただろう。


「エレオノーラはさ、私の事好き?」

なんの脈絡もない話題に移ったなと思いつつこちらも質問で返す。

「その好きはどういう意味合いで聞いているのかしら?友人としてならイエスよ。恋愛としてならノーだわ」


「じゃあさ、恋愛としてのノーがイエスに変わるには、私はどうしたらいいかな?」

弟のように思っている彼を、恋愛対象として見る事はこの先もありえない。

「どうしようが無理だわ。ドナート殿下の事は好きだけれど、それは友人、もしくは弟のように思っている好きだもの」

正直な気持ちを言うと、ドナートの頬が膨らんだ。


「弟じゃないもん。同じ歳だし、私の方がちょっとだけど誕生日早いし」

「そうだけれど、どうも最初の印象がね。王妃様の後ろに隠れている小さい男の子のイメージが消えないのよ」

その時を思い出せば、何かがちらつく。あの時、誰か他にもいなかっただろうか?そもそも私はどうして王妃と話をしていたのだろう?


少しだけ、ぼーっとしてしまう。

「私はエレオノーラが好きだよ。最初に会った時に思った通り、絶対に君はニケの生まれ変わりだよ。だから私と結婚して」

「ねえ、言っていることが変よ。私が好きだから結婚したいんじゃなくて、ニケの生まれ変わりだから結婚してって言っているわよ」


「両方だよ。エレオノーラとしての君も好きだし、ニケの生まれ変わりである君も好き」

最高の笑顔で言っているが、全くもって共感できない。

「そもそも、私はニケの生まれ変わりでもなんでもありません。ただのエレオノーラよ。たまたまドナート殿下の絵本の中のニケに似ていただけの話でしょ。だってニケには似てないって……あら?誰に言われたんだったかしら?」

思考の渦に入ってしまいそうな私にドナートの声が聞こえた。


「何言ってるのさ。エレオノーラはニケだよ。私の勝利の女神なんだよ。だから絶対に私と結婚するんだ。誰にも渡さない」

ちょっと常軌を逸したような言い回しに、すうっと背筋が冷えた。


「だから、早く私を好きになってね」

先程の肝が冷えるような雰囲気はもうなくなっていたドナート。それでも私は彼に少しの恐怖を抱いたまま消えることはなかった。


 結局、あの雰囲気はあれきりで、上機嫌に帰って行く彼を見送りながらあれは気のせいだったのかと思おうとしたが、鮮明に思い出されるあの小さな恐怖を忘れることは出来ず、小さな膿のように私の心に残るのだった。


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