始まり
「どうしてここまで差がついたのだろう」
僕 会社員 山下涼は 目一杯に人が押し込まれた満員電車の中で、話題の俳優が映し出された電子広告を見てふと思った。
最近、この俳優と女性アイドルとの熱愛報道がニュースになっていた。
別に相手の女性アイドルのことが好きだったわけではない。しかし、この俳優を目にするたびに嫉妬心を抱いてしまう。
こんな嫉妬心を抱いてしまう原因は2つある。
1つ目は情報化社会の発展である。
現代社会では毎日膨大な量の情報が飛び交っている。意図してニュースを見ようとしなくてもSNSに勝手に流れてきて、興味を持って、自分で調べてしまう。
そもそも熱愛してることなど知らなければ、嫉妬も何も起こらない。
2つ目は自分の人生である
本当は1つ目の理由なんて本当はどうでも良い。たいして情報化社会が発展していなくても、人の噂やあれこれで色恋沙汰など耳に入ってくる。
初めから、理由は一つで、僕の人生があまりにお粗末なものだからである。毎朝人がごった返した電車に乗り、毎晩遅くまで働き、家に着いたら寝るだけの生活
この生活に満足していると思うには無理がある。自分の生活と、輝いている生活とを脳が勝手に比べてしまうのである。
こんな無意味な自己分析をしていると
「次は〜岡浜〜岡浜です。お出口は右側です。足元にご注意...」
目的の駅への到着を知らせるアナウンスが流れる。
また同じ1日が始まると思いながら、扉に向かう。
しかしなかなか減速しない、それどころかどんどん加速しているのを感じる。体が倒れそうになるのをなんとか手すりに掴まり防いだ。
乗客の中には急加速に耐えれず、床に倒れ込んでしまっている人もいる。
近くにいた乗客の一人が非常停止ボタンを押したが止まらない。
それどころか乗客の悲鳴とともに電車はどんどん加速していく。
すでに岡浜は通り過ぎてしまった。確かこの先には急カーブがあり、このままではカーブを曲がることができずに高架線から落下してしまう。この高架線はかなりの高さがあり、落ちればまず命はない。
僕は「死は唐突に訪れる」というのをまさに今、自分自身で体験している。体が、脳が、恐怖しているのがわかる。冷や汗がダラダラと流れるのを感じる。
その時、大きな衝撃とともに、体が宙に浮くのを感じた。おそらく電車が曲がりきれず、壁にぶつかり、落下しているのだろう。
走馬灯のように色々な記憶が頭の中を巡り廻る。いい人生を送っている人ならばこの記憶の回想で、命が尽きることへ涙してしまうかもしれない。
自分はどうだろうか。思い出があまりにも単調で1つの輝きすらもなく驚いた。
これは少し悲しいが、未練なく人生を終えることが出来るのではないかと、プラスに考える。
こんなことを思っている間も電車と乗客たちは落下している。
人生諦めが肝心ともいうので、僕は考えるのをやめて重力に身を預けることにした。