アゲハ①
アゲハ(受付の女性)視点によるお話です。
「アゲハ先生!試験の受付、しっかりとお願いしますね」
「あっ、え〜っと、あの、がんばります…」
急に喋りかけて来た副学院長に目をあたふたさせてなが応えた。私はどうもこの人が苦手だ。母親を思い出すからだろうか。
そんな私に副学院長は「ほんとに大丈夫かしら」なんて言って忙しいそうに歩いて言った。
この学院では、新入生の担任となる教師が、受験生の受験申請の受付を行うことが慣例となっていた。なんでも実際に自分が受け持つかもしれない生徒の顔を見て、担任としての自覚を強くさせたいらしい。だけど、私にそんな自覚が芽生えるとは思えなかった。
そもそもは私は教師になりたくてなったわけじゃない。私達の一族の中で一番偉い大爺さまがここの学院長をやっていて、その爺さまが上級の討士資格を持つ人を探していた。そこで私の母が、ちょうど上級の資格を持っていて、尚且つ日頃ぐうたらやっている私に目をつけ、半強制的にこの学院に放りこまれたのだ。
結局その後、私はこの学院の教師として4年間働いていた。私の講座を真面目に受けに来る生徒は少ない。多くて5人くらいだった。人間嫌いな私でも何とか続けることができた。だけど担任となると話は別だ。少なくて15人以上の生徒を見なくてはいけない。
私には無理だ。そう大爺さまに直談判しにいったが、相手にされなかった。というかお爺さまは私の話を聞いてなかった気がする。
結局私は担任を辞退することができず、今ここで受付をやっている。はぁーと憂鬱な未来にため息が出た。
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目の前で一人の男が怒鳴っている。どうやら何処かの国の有名な貴族らしい。
「おい!貴様は自分が何を言っているのか分かっているのか!。俺はクーズラ・カスターレン侯爵が三男、ザーコル・カスターレン様だぞ。この推薦状は父上が書いたものだ!俺の試験を免除し、合格にせよと書いてある。それが無効だと。ふざけるな!」
「何度も申しますように当学院ではどのような理由、どのような身分であれ、試験を免除は行なっていません。推薦状はあくまでも合否の最終判断の材料とさせたいただくものであります。どのような方が書いたとしても試験の免除を受理することはできません」
「くそ、覚えてろよ!」
そう言うと男は私を睨みつけて去っていった。
はぁー。また、ため息が出てしまった。今日一日で何度ため息が出ただろう。
この学院の入学試験には世界中から受験生が集まってくる。さっきみたいな自身の身分を笠に着て、試験の免除を迫る受験生は珍しくない。そういう人が来るたびに私の憂鬱は増していった。
「こんにちは。ここが受験受付であってますか」
それは美しい金色の髪をした少女だった。私は一眼で分かった。今まで来た受験生とはレベルが違う。その佇まい、魔力の量と質、そして何より溢れ出るオーラが只人ではないと告げる。
「こんにちは。ここで合ってますよ」
「よかった。受験の申請大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。こちらの申請書に記入お願いします」
少女は申請書を書き終え、私に渡した。
「ルーナリア・ドルミニアゴ様ですね。推薦状などはお持ちですか」
「推薦状……。いえ、持ってないです」
「それでは、一次試験の説明が始まるまで会場内でお待ち下さい。」
「はい。ありがとうございます」
少女はお礼をして、歩いていった。
すごく綺麗な女の子だった。年上で同性の私でさえも目を惹かれてしまうほど。それに、彼女は強い。今まで手続きした受験生の中では恐らく一番だろう。
彼女は光輝く宝石、その原石だ。今でも輝きを放っている。だけど、磨けばもっと輝くはずだ。そう考えると、私の中の何かが疼いた気がした。
私は彼女が今回の首席合格者になると確信していた。あの少年に会うまでは…
「すいません、入学試験を受けたいんですが」
見た目はおとなしそうな少年だった。他の男の受験生と比べると背が低く、珍しい瞳の色をしていた。
特筆すべきことのない普通の少年。だが、私は驚愕していた。私は彼の存在に気付かなかったのだ。彼が私の目の前に立つまで。
私は常に周囲を魔力で索敵している。その精度は50m先の鼠の魔力さえ感知できる。だが、この少年は接近に私は気付かなかった。それどころか、目の前に立っているのに未だ魔力を感知できてない。
私が魔力を感知できない可能性は二つ。一つは魔力をそもそも持ってない可能性。もう一つは私の魔力索敵に干渉している可能性。
前者は有り得ない。この世界の生命は、動物、植物に関わらず少なからず魔力を持っているからだ。故に後者だろうと私は考える。だが、もしそうなると彼は私と同じ技術を使えることになる。それも私と同等、若しくはそれ以上のレベルで。
そんなことを考えていると、少年から声がかかった。
「あのー」
「あっ、すいませんっ、えーと、受験の申請ですね。推薦状などお持ちですか?」
私は慌てて、本来の仕事に戻った。
―次の日―
私は昨日会った少年アルトのことが気になり二次試験の模擬戦闘を観戦することにした。一次試験を5位で突破したと聞いて驚ろきはしなかった。あの少年ならそれぐらいやってのけると思っていた。寧ろ1位ではない事に驚いたぐらいだ。
少年の対戦相手はルーナリア・ドルミニアゴ。奇しくも彼女も私が気になっていた少女だ。私はどうしても浮き足立つ心を抑えられなかった。
二人の戦闘が始まった。
初手はルーナリアの光属性の構成魔法による武器の作製。光魔力による構成魔法は一般的に難易度が高いとされる。だが、彼女の魔法は一片の淀みのない完成されたものだった。
―天才。まさに彼女を指すにはぴったりの言葉だ。
だが――。
「神器!!」
思わず声が出た。
神器。それは神が人に授ける奇跡。神との繋がりが強い者のみが与えられる宝具。莫大な魔力を内包をしており、強力な魔法の行使を可能にする。それは神器を持つ者と持たない者では戦闘力に圧倒的な差が出るほどである。
少年の持っている神器を再度見る。神器は剣や槍などの武具が基本的に多いが、本や筆が神器だったものもおり、種類は様々だ。彼の神器の形状は杖。恐らく魔法の補助を行うためのものだろう。
この若さで神器を発現できる人間を私は初めてみた。彼は天才なんて器じゃない。人の範疇を超えている。私は背筋が寒気立つのを感じていた。同時に私の中の何かが大きく疼くのを感じた。
少年と少女が対峙する。私は固唾を飲んで見守ってた。
先に動いたのは少女の方だった。彼女は少年からは見えないように自身な背後に光球を作り、一気に駆けた。
彼女は光魔力を纏った強力な突きを放った。
光魔力は貫通力に特化している。その特性を活かした突きを基盤とする一撃必殺の剣術。西花大陸の光神契約者がよく使用する技だ。
その突きに対して少年は杖を使った突きを放った。神器は決して壊れる事がない。乱暴な神器を使い方だ。しかし神器の本質を理解している。そう私は思った。
少女は剣の衝突とほぼ同時に二本のレーザーを放つ。完璧なタイミングだ。少年は避ける事はできない。
しかし、彼は右手でそれを受け止める。それに驚いた彼女は後ろに身を引いてしまった。少年は間合いを詰め、少女を弾き飛ばした。
「魔操術 破掌」
私は少年の言った言葉を呟いた。少年が使う技を私はよく知っていた。
魔操術。東花大陸のエルフが考案した純魔力のみでの戦闘技術である。
契約神は戦うための直接的な力を与える神とそうでない神がいる。魔操術は後者の神と契約した者が前者の神と契約した者との戦闘を可能するために生み出された技術だ。
魔操術は最も基本的な技術である「操」。そしてその応用である「感」、「練」、「転」によって構成される。
"操"は魔力の操作。"感"は魔力の感知。"練"は魔力の圧縮。"転"は魔力の膂力への転換である。本来、人はこれら行為を無意識の内に行っている。魔操術はこれらの行為を意識的に、より突き詰めて行う技術である。
彼が先程使用した技「破掌」は"練"を応用した魔操術の中でも一般的な技の一つである。掌打と同時に手の中で圧縮した魔力を放出する。放出された魔力は破裂音と共に爆発したかのように前方に拡散される。これがこの技の仕組みだ。
昨日、私が彼の魔力を感知できなかったのも"感"を応用した魔操術の技術だろう。"感"に関しては私と同等か、それ以上の力を有している可能性が高い。しかし、他の技術には粗さが残っている。
彼は右手で魔法を受け止めた時、"練"を使って腕を保護していた。しかし、守り切れずに怪我を負っていた。私だったら無傷で済んでいただろう。
そもそも彼は"練"による魔力の圧縮が遅く、甘い。「破掌」だってもっと威力がでるはずだ。
"転"だってまだまだ全然駄目だ。まだ成長の余地を残している。
だけど、もしそれらが完璧になったらどうなるのだろう。
もし、私が思い描く強さを手に入れたら彼はどうなるのだろう。
私の中の何かが疼きだして止まらなくなっている。
―彼はもっと強くなれる。
―だけど、他の先生じゃ彼を伸ばせない。
―それが歯痒くて仕方ない。
―どうすればいい?どうすれば彼を強くできる?
―そうだ。
―私が教えればいいんだ。
―私が少年を強くする。
この疼きは独占欲だ。
教育者として彼を独占したいんだ。
私はあの少年を自分好みに育てたいんだ。
いつの間にか私の中の担任になる事への億劫さや憂鬱は消し飛んでいた。
気付けば、模擬戦は少年の勝ちで終わっていた。
次話から本編が再開します。