19 脅し
「それでただ待つのですか?」
「準備をしながらな」
寝間着といういで立ちで現れたチェスターを叱ることもなく、ケビンは事のあらましを聞かせた。
「この屋敷から出るなよ。計画の邪魔は許さん」
焦りをみせるチェスターにケビンは眼圧をますます強めて、彼を睨んだ。
それでも怯むことなく、彼は言い返す。
「儀式まで2週間も待つなんてありえません。その間にミリアがどうなるか!」
「大事な人質だ。命は守られる」
「命だけでしょう?」
チェスターはケビンに憤りしか覚えなかった。
今敵対している勢力は、現国王の暗殺を狙う王弟とその義理の父のザカリー・グーデレンであることを聞いた。
彼らの狙いは聖女に新王の神託をさせること。
そして、現国王を神隠れの際にまとめて暗殺してしまおうという2つのものだった。
元々から王弟の勢力の存在を知っていたが、なかなか尻尾を掴めなかった現国王は、暗殺現場を押さえて彼らを処罰する予定らしい。
なので今動くと、王弟勢力に見破られてしまう。
そう説明されても、チェスターは納得がいかなかった。
己の神官という立場を捨ててまで選んだ選択なのだが、ただ待つことしかできないなど彼は我慢ならなかった。
けれどもチェスターは兄の性格を知っており、これ以上食い下がることをやめ、別方向を攻めることにする。
「それで、ミリアはグーデレン家の屋敷につかまっているのですか?」
「そのような浅はかな真似を奴らがするわけがないだろう」
「それではどこに?」
「それを聞いてどうするのだ?助けに行くか?単身で?」
兄にはすでに彼の考えが読まれているようで、にやにやと薄笑いを浮かべられ、チェスターはますます苛立ちを募らせた。
「休養だと思って休むがいい。この件が片付いたら、正式に神官をやめてもらって、私の元へ来てもらうぞ」
「……わかりました」
約束は約束だと、チェスターは腸が煮えくりそうになりながらも頷いた。
*
その日、結局江衣子とジャファードはギクシャクしながら過ごした。
夕方になり瞑想室から聖女の部屋に送ってもらい、彼女は彼を別れる。お互い視線を交わすこともなく、江衣子は胸が潰されそうな気持ちになりながらも彼の背中を見送った。
「聖女様。ご夕食をお持ちしました」
湯あみの後、新しい侍女がワゴンを押してやってきた。
ミリアのことを考えながら、椅子に座って待っていると、侍女の動きが止まる。
不審に思って顔を上げると、静かにするように合図をされ、手紙を渡された。
聖女へと書かれたものを開くと、まずは茶色の髪の毛を見つける。
震える手で手紙を広げると、それはミリアの誘拐と、その取引についてだった。
「聖女様。ご理解いただけますか?よろしくお願いしますね」
何事もなかったように、皿を並べていき、侍女は笑う。
「わかったわ。ありがとう」
震える声でそう答えると、侍女はワゴンを押して部屋を出て行く。
(なんてこと……。ミリアが……)
手紙に書かれていたのは、儀式の後に、新王として現国王の弟ウォーレンを即位させるように神託があったことを宣言すること。それをしなければミリアを殺すという内容だった。
添えられた髪はミリアのものらしかった。
誰かに話すと殺すと書かれており、江衣子はジャファードの顔を浮かべるが首を振って、否定する。
(……私は聖女の役割を果たしたら日本に帰る。だから、王が誰になろうとも……)
そう思うが、このような手段を用いるものが王にふさわしいとも思えない。
悪政が想像でき、江衣子はまた首を横に振る。
「私はどうしたら……?」
ジャファードの顔が何度もチラつき、彼に話せればと思う。けれどもそれが侍女や向こう側に漏れることを考えると江衣子は何度も首を横に振った。
食事も喉が通るはずがなかったが、それも予想していたのか戻ってきた侍女は中身をすべて別の袋にいれてあたかも食べたように見せかけた。
江衣子は食事を残すようなタイプではないため、処理は簡単だ。
それを遠目で見ながら、彼女は思いにふけるしかなかった。
眠れない夜を迎えた翌朝、ジャファードが訪れる前に、侍女から再び手紙をもらい、ミリアのものと思われる服の切れ端が入っていた。
「わかったと伝えて。お願い」
「ご理解いただいて助かります」
江衣子が呻く様に言葉をもらし、侍女は満足しように微笑んだ。
*
「ミリアのいる場所がわかれば……」
チェスターは部屋の中で、考えを巡らせていた。
ケビンのことを理解している彼は、屋敷に見張りがいることを知っていた。けれども、彼らの目を出し抜いて屋敷を抜け出すことは簡単であった。小さいときからよくやっていたことで、ケビンに未だに知られたことがないとチェスターは自負していた。
問題はその後のことで、ミリアの居場所がわからない今動くのはあまりにも無謀、無謀というよりも愚かだった。




