伝えたモヤモヤ
でまあ時間は飛んで、
よし! 今日こそ話しかけよう!
俺はクラスに入る前に決意を固める。
夢咲と話さなくなってから今日で二週間ほどが過ぎる。
毎日毎日今日こそ話しかけようと考えてはいるがなかなか話しかることが出来ない。
夢咲は暴力女だが、外見は可愛い。
どうしても気後れしてしまう。
それに基本的には速水さんや櫻井といった可愛い子達とつるんでるためなかなか話しづらいのだ。
いっそあっちから話しかけてくれれば楽なのになぁ………。
とか考えてる内に二週間ずっと思っていた。
だがそれじゃあダメだな、この[そこっ触らないでよっ!]は俺が勝手に得たもの、ちゃんと自分で返そう!
そう決めてクラスに入る。
「あら、北村君」
ドアを開けるとこそには天使(速水さん)がいた。
「へ? あ、こんにちは……」
こ、ここでかー!ここでこの天使とこの至近距離かあ! やばい、いいにおいが、ああああああああああ!
恐らく相当不審に見えたのだろう。速水さんは俺の事をまじまじと見つめる。
あ、これ、俺終わったな、俺の恋バレたか。
夢咲の処女事件(クラスの男子からはそう言われてる)はあの後誤解を一応は解いた(もちろん夢咲が隠したがっていたラノベの件は伏せた)。
どうにかなったけどあれはあくまでもホラ話だったから、
速水さんに恋心を持ってるのは本当だ、嘘は、つけない。
俺が覚悟を決めた途端速水さんが口を開く。
「貧血?」
と確かにそういった。
「へ、えーと」
速水さんに恋心がバレたくない俺が取る選択は言うまでもない。
「う、うん! 座れば治る!」
本当にそうかはわからないが、とりあえず言った。
はぁなんとかなった、教室を見渡すと櫻井はまだ来てないらしく速水さんは外にたった今出て行った。
夢咲はなにかを読んでいた。
俺は心を決める。
机に鞄などを置くと翔太を無視して夢咲の席に行く。
「なあ、ゆ、夢咲…」
話しかけた途端、みぞおちに拳が飛んできた。
「はあっ?!、お、お前、なんで、話しかけた、だけだろ……」
「来て」
夢咲はそれだけ告げると先に歩いて行った。
「ちょっと! 夢咲! 無視すんなって!」
着いた場所はこの前と同じ校舎裏だった。
すると間髪入れずに夢咲が、
「北村あんた、どんだけヘタレなのよ!」
どうやら怒っているみたいだった。
「せっかく私が珍しく話してもいーですよな雰囲気だったのに…」
そんな雰囲気あったかな?
いつも通り周りを見下してるような感じだったけど…。
これを口に出す気にはならなかった。だって殴られるじゃん、絶対。
「まあ、話しかけられただけましだわ、このまま来なかったら私が行くところだったもの」
「じゃあお前が早めに話しかけてくれれば良かったの…」
二度目の拳が飛んできた。
「そーゆーのは男の役割って昔から決まってんのよ! あんたバカ?」
「問答無用で殴ってくるお前の思考回路がバカだ…」
三発目が飛んできた。
「お前、殴る抵抗、無くなって、来たか?」
腹を抑えながらうずくまる。
「知らないわ、そんな事」
このアマ! まあこいつのムカつく暴力は減らないがこいつが俺の事を嫌っているという心配はどうやらいらなそうだ。
こいつは確かに私から話しかけると言った、それだけでも充分に嬉しかった。
「で、何?」
いろんなインパクトでまたもや忘れていたが後ろに持っていた[そこっ触らないでよっ!]を渡す。
「これ、返すよ」
一言付け加えると夢咲は少し残念そうな顔をした。
「そっか、ありがとう」
夢咲が受け取ると、俺は続けて当然の疑問を口にする。
「お前、ここに原稿用紙あったのは良かったのか?」
「は? どーゆーこと?」
夢咲がわからないと言いたげな顔をする。
「だから、いくら面白くないと言われてもそれはお前のもんだろ、中身を確認したくなりなくなんなかったのか?」
もし俺が(まあ無いけど)ラノベを書いていたとしたら他人に原稿があり自分は持っていない状況はソワソワすると思う。
例えそれがどんな作品だろうと。
「んん?」
夢咲はしばらく考える。
「あ! そういう事!」
やっと俺の言いたい事を理解したのか。
わだかまりが消えた代わりにこいつ本当にバカなんじゃないかという疑問が生まれた。
「あんたバカ?」
なっ! それが気遣ってくれた人に対する態度かよ!
「あんたなりに気を使ってくれたのは感謝するわ、でもね一個しかないわけないじゃないのよ」
は?
「でも、お前あん時初めてって、」
「だから! バックアップは幾らでもあるの! パソコンとかUSBとか!」
うん、そっか。
どうやらバカは俺だったみたいだ。
「終わり?」
俺が絶句しているのを見て夢咲は話しかけて来た。
「俺は終わりだけど、お前さっき自分から話しかけてたって言ってたよな?」
「それが?」
「なんか俺に用があるのか?」
正直な事を言うと『このまま来なかったら私が行くところだったもの』という言葉は結構嬉しかったわけだ。
「まあ、そうね用事があるわ」
夢咲は口を開けようとするが、口をすぐに閉ざし、少し赤くなった。
「でも、その前に、この原稿用紙いらないから返すね。バックアップあるから」
俺は先程夢咲に返した原稿を渡し返される。
「いらなかったら、別に、無理矢理あげないけど、」
夢咲が少し不安そうな顔をする。
「へ? 要らないわけないだろ」
俺は有難く頂戴した。
正直夢咲の[そこっ触らないでよっ!]の原稿用紙とは二週間ほど一緒にいたため愛着というものが湧いていた。
「で、私の用事なんだけどさ」
「うん、一応それが本題なんだよな」
まあなんだかんだで気になるものは気になる。
「ねえ、お礼も兼ねてさ、顔面偏差値平均以下で趣味もない悲しい北村君」
こいつ、本当に可愛くない!
この前こいつのことを可愛いと思った自分をぶん殴ってやりたいよ!
「私と一緒にアキバ行かない? あんたにラノベやらなんやらを叩き込んであげるわ!」
得意げに夢咲が言う。
余りにも突然の提案すぎて俺は硬直する。
こいつのことだからきっとふざけてるのだろう。
俺と二人で行くなんて、まるでデートの様なものではないか、からかうなよと言う直前で俺はグッと飲み込んだ。
夢咲はラノベの話をした時とと同じように赤くになっていた。
…………そんなに赤くなられたらなあ、断れねえよ。
「ああ、仕方ねえな、行ってやるよ」
俺がこう発すると夢咲は一瞬、見てないと絶対に見逃すほど一瞬だったが、微笑んだ。
「何が仕方ないよ! この美少女が一緒行ってやるって言ってるのよ! そこは有難く頂戴しなさいよ!」
そう言う夢咲の顔はほんのり赤く染まっていた。
俺が口を開けようとした時、
四発目が飛んできた。
「お前、照れ、隠し、なのか…」
俺が言い終わるよりも早く、
「キモっ! 何言っちゃってんの? そんなわけないでしょ! 私が仕方なく行ってあげるのになんで私が照れるのよ!」
そう言いながら走って行った夢咲はどこか楽しそうで、何より速かった。
あいつ、陸上部じゃねえよな…………。