かえるの髪飾
俺は夏休みのある日、病気で緊急入院をした。
救急車で都内のある病院へと担ぎ込まれた。
手術は別段難しいものでもなかったけど、その後奇妙な体験をした。
空調で管理されている空間。夏の暑さを感じることもなく、何か閉ざされた感じがした。普段聞こえてくる蝉の声がどこか遠くに思えた。
運び込まれた病室は4つに白いカーテンで区切られて、窓側に位置していた。窓からは小さな公園が見え、大きな木がそびえ立っていた。蝉の鳴き声がきこえる。
学校の宿題を済ませていると、友人が訪ねてきてくれた。
「よう、元気にしているか」
「ああ、もちろん。元気すぎて暇なくらいだよ」
「そんなお前に面白い話がある」
「昔の話なんだが」
そう言って彼は話を始めた。
この病院には、難病を抱えている子がいたそうだ。
ちゃんと走れたのにだんだん足が上がらなくなり、手が動かなくなり、最後は心臓の動きが止まる。体が少しずつ動かなくなっていくそんな病気だったそうだ。
そんな、彼女の日課は両親に車椅子を押してもらい散歩をすることだ。普段は町を歩き草木や虫を見ていた。
でもある日の午後、近くの大きな木が目印の公園に行った。
そこで、同年代の子供たちが元気に動き回っている様子を眺めていた。
うらやましいなあと思っていると一人の子供に声をかけられた。
「ねえ、いっしょにあそぼうよ」
「ごめんね、遊べないんだ」
無邪気な声が胸に刺さる。いつもはここで子供が興味をなくし話が終わるのだが今日は違った。
「そおなんだ。じゃあさ、なになら、あそべんの」
「体を動かさない遊びかな」
「からだをうごかさない遊びってなに」
「折り紙とかあやとりとかかな」
「そう、じゃ今度いっしょにあそぼうよ」
少女はとても驚いていた。なぜなら、彼女に話しかけてくれるひとは両親いがいにはいなかったからだ。みな、気味悪がり近づくこともしなかった。
声をかけてくれた彼は時折、病室に顔を出すようになった。そして、折り紙やお絵かきなどで遊んだ。生まれて初めての同年代との関わり、それは両親としか過ごしてこなかった彼女の生活に彩りを加えた。飛ぶように月日が過ぎていった。
しかし、無情にも病は進んでいった。からだをベットから起き上がらせることができなくなり、彼とも一緒に遊ぶことができなくなってしまった。両親は死にもの狂いで稼いだお金で奇跡を信じて手術をしてもらった。その時に、彼はカエルの髪飾りを彼女に渡した。無事に帰って来ることを願って。
「これ、かえるのかみかざり。おまもり。受け取ってほしいんだ」
彼女は泣きながら震えるてで髪飾りを握りしめた。蝉の鳴き声がうるさい今日のような夏の日に。
手術は失敗した。彼女は一日をベットの上で過ごした。トイレにいくこともできなくなった。体はやせ細り、枯れ枝みたいになった。両親は仕事と彼女の世話で忙しくなった。無理にお金を作ってくれていることは子供の彼女でも分かった。笑い顔が消えた。ベットの上からを無邪気に遊ぶを子供を眺めふと思った。私のからだがあんなふだったらなあ。
月日は過ぎ夏の終わり、蝉の死骸がポトリとポトリと落ちていく季節。彼女は蝉に自分を重ねていた。あまりにも理不尽な自分のからだとひと夏の一握りの時間しか、生きられない蝉を。
ふと、公園を見ているとあの男の子が他の女に声をかけているところだった。彼女の中で何かが崩れた。
わたしにかえて。
その日、一人の子供が行方不明になった。
「っていう感じの話なんだけどどうかな」
「どうかなって。怖いよ普通に」
「そりゃあ、そうだよなあ。こんな話をして悪かった。ごめん。まあ、お前の元気な顔を見れてひとまず安心したよ。じゃあな」
そう言って友人は帰っていった。
時間は過ぎ、深夜の3時。ぴちゃ、ぴちゃという水滴が落ちる音で目が覚めた。おそるおそる、音の鳴るほうを見てみる。病室の出入口とは反対の方向。白いカーテンの隙間から粘り気のある液体が流れ出てきていた。臭いをかいでみると何とも言えない生臭さを。恐怖に包まれて、毛布のしたに潜り込んだ。
ぢゅちゃ、ずちゃとした足音が近づいてくる。足音が止まった。シャーとカーテンが開けられると。血まみれのつぎはぎされている、青白い肌を持つ人がいた。緑色の髪飾りをしていた。
「まだたりない、もっとかえなくちゃ」
そう、つぶやくとすんすんと臭いを嗅がれた。悪臭が漂う。ポロリポロリ肉が剥がれている。
「こいつはダメ」と言うと去って行った。
ぐちゃぐちゃ。遠くから悲鳴があがる。
気がつけば夜が明けていた。俺は奴に体を取られなかったらしい。ふと外を見ると大きな木には蝉がびっしりとくっついていた。大きな木の影が意思を持っているように歪む。公園にはたくさんの子供たちがいた。蝉がポトリと落ちていく。
あそこの病院は子連れには評判が悪いらしい。