彩乃の8/9はプラスチックで出来ている
彩乃はとても美味しそうにプラスチックを頬張る親友だった。
支給されたなかでも、とびきりと思ったペットボトルを渡すと、慣れた手付きで一口大にカットしては、口に運んでゆく。
「今日のはどう?」
「んん、もっとサクサク感欲しいけど、美味しい」
めらんこりんと咀嚼しながら、彩乃は「白湯、ちょうだい」と唇を動かした。
「お湯がないと飲み込めないくらいかぁ」と申し訳ない気持ちになりつつ、「味見できないからさ、私」とちょっぴり言い訳をしてみる。
「こんな味、もうわからなくていいよ」
頬をペットボトルで膨らませた彩乃が、そう言った。
私はそれに甘えて、返事はしないで目を伏せた。
「真弥」
「どしたの」
「真弥ぁ」
彩乃はぽろぽろと金平糖みたいな涙を流していた。
世界で一番美しい涙だった。
「もう、泣かないの」
ころりと落ちた雫を拾っては台にまとめ、拾ってはまとめを繰り返す。
ターコイズブルー。アイリス。オランジュ・ルーシー。
そしてこれは、ライト・シアン。
「真弥と同じ誕生日がよかった。真弥と一緒に終わりたかった」
彼女の言う終わりとは、始まりだ。
そうやって教えられてきた。
でも、彩乃は、終わりだと言う。
「明日から、こんなに泣いちゃだめだよ」
世界で一番美しい涙は、私がいなくなれば世界で一番醜い涙になりそうだった。
私は、9歳の誕生日を迎えて、私のことがわからなくなって、怪物になって、どこかの世界をめちゃくちゃにしてしまう未来は怖くない。
けれど、彩乃の綺麗な涙を受け止めてあげられない未来が果てしなく怖い。
「たぶん、もっと泣いちゃうから。だから、もっとここにいてよ」
私がプラスチックを絶ってから、しばらく経った。
身体は余計に冷たくなって、いよいよその時が近づいているのだとわかった。
「ここにいたら、彩乃のこと食べちゃうよ」
そう、こんなふうに。
「だめだよ、そんなもの食べちゃ」
彩乃が止めるのを振り切って、私は彼女がこぼした涙を目一杯集めて、食べてあげた。
これが多分、私でいられるうちの最期の食事だ。
「彩乃が泣いてたら、どんな世界にいたってこれを食べにきちゃう。だから、泣いちゃだめだよ」
プラスチックで出来ているはずのその涙は。
彩乃ですぐに溢れ、口いっぱいに弾け、なにより燃えていた。