勇者のハーレム要員候補を辞退しました
魔王は倒され、世界に平和が戻った。
それを成したのは神の導きによって集められた勇敢な英雄達。
その中心人物こそ神直々に異世界より召喚された勇者ーーケージであった。
ケージに付き従ったのは五人の少女達。
神の神託を受けることのできる帝国の巫女姫。
女戦闘民族の出身である戦士。
無実の罪で奴隷に落とされ、その知恵を使い、幾度も彼らの旅の助けとなった賢女。
幼い頃に拐かされ盗賊として育てられ生きてきた、少女。
そして、ケージがこの世界に飛ばされた時、右も左もわからず途方にくれていた彼を保護し、文字通り旅の最初から魔王討伐までの最後まで勇者の旅に付き合った、落ちこぼれ冒険者の少女。
魔王討伐成功の凱旋パレードとパーティー。
呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎのなか、落ちこぼれ冒険者のままだった少女は仲間達にそれぞれ別れを告げて帝国から出奔した。
「結局、長いつき合いになっちゃったね」
「本当にいくんだな」
「うん。私は結局弱いままだったから。でも料理の腕は上がったから、最後は飯炊き係りでしかなかったけど英雄達の役に立てて良かったよ。
こんな私でも出来ることがあるんだってわかった、だから、ケージ」
予想よりもずっと長いつき合いとなってしまった少女、フェリ。
祝宴の翌日早朝に彼女が帝国を出る直前になんとかケージは、彼女に会うことが出来た。
これが、最後の会話になるのを二人は何となく察していた。
何故なら、ケージは巫女姫との婚約が決まっている。
帝国の王家の一員になることが決まっていた。
さらに恩賞と婚約者である巫女姫の計らいで、フェリを除く彼に気のあった仲間達全員がケージの嫁となることが決まっていた。
正妻は巫女姫である。
「今までありがとね。楽しかったよ。みんなのこと大切にしなよ。
私は夢を追いかける。一流の冒険者になる。
ケージ、私と一緒にくる?」
少しだけ冗談めかして言ってくるフェリに、ケージの瞳が見開かれる。
最初、この世界にきたばかりの頃、初めてフェリに言われた言葉だ。
あのときと同じように、フェリは手を差し出してくる。
自由な旅はもう終わった。
ケージは元の世界に帰れなかった。
この世界で根を下ろし、いつかまた魔王が復活した時のためにその血を残すようにと神に言われているのだ。
それをフェリは知っているはずだ。
だからこその恩賞の一つである重婚が許可されたのだ。
ケージは、当然フェリも彼の下に残ってくれると思っていた。
しかし、彼女はケージから去ってしまう。
かつては、互いに求めあったこともあったが、それもきっと彼女からしたら火遊びだったのだろう。
そう思うことにした。
動かない、彼女の手をとる素振りを見せないケージを見て、フェリは少しだけ残念そうな顔をすると笑った。
フェリは、笑顔で手を振りながらさよならをした。
思い出だ。
全ては楽しい、思い出だった。
初めて男性を知った。その火遊びすらいまでは愛しい思い出だ。
だから、
「さよならケージ」
それに、ケージも苦笑をして手を振り返した。
彼の、もう片方の手には、結局渡せないままだった指輪を握りしめて、彼は彼女を見送った。
しばらく街道を進んで、もう遠くなってしまった帝国の門を振り返った彼女は大きく息を吸い込んで吐き出すと、自分の下腹部に触れた。
「独りじゃない、私には君がいるから」
そうして、二度と振り返らずに歩き出す。
まずは、家を探さなければ。
幸い、勇者一行の一人であった彼女にも恩賞が与えられていた。
それは、一生遊んでも使えきれないほどの金額として彼女に与えられた。
持ち運びなんて普通なら出来ない。
だから、知人にもらった何でも際限なくはいる不思議なカバンに入れてある。
馬車で移動することも考えたが、馬の維持費などのほうが高くつくのと、元々歩くのが好きなのでやめた。
「さて、どこに行こうかな?」
今日はとても天気が良い。
雨が降る気配さえない。
しかし、彼女の頬を一筋の滴が流れる。
出来れば、腕の良い医者と産婆がいるところがいい。
彼女は歩きながら地図を取り出す。
フェリが妊娠に気づいたのは、魔王との決戦の少し前だった。
たった一度だけケージと体を重ねただけだった。
その頃には今の仲間達が揃っていて、ケージはフェリと二人で旅していた頃よりそうした処理が出来にくくなっていたのだ。
と言うのも、フェリはケージの事をそこまで束縛しようと思っていなかった。
だから、彼が欲を処理するための娼館通いも口を出さなかったし、基本なんとも思っていなかった。
それが変わったのは巫女姫が仲間に加わった頃からだ。
彼女は、神の啓示を受けるまで箱入りとて育てられた聖少女であった。
そういった知識を教えられる間がなかった。
それを知って、ケージは汚れなきお姫様に気を使っていた結果、フェリを抱いた。
最初の頃こそなんとも思っていなかった相手ではあるが、その頃にはフェリも淡い恋心を自覚していた。
一夜の夢。そのはずだった。
その恋は実らないと彼女は知っていた。
何故なら、ケージも巫女姫のことを好きだったからだ。
だから、汚さないように欲に負けて巫女姫を傷つけないようにしていた。
英雄は好色だとは、昔の人はよく言ったものだ。
実際、ケージは巫女姫以外の仲間達のことを憎からず想っていた。
だからこその重婚なのだろう。
種を残すことと、そして好きになった女性達全員を平等に大切にするための方法の一つ。
それは、大切に出来ても幸せにすることが出来るのかは疑問だった。
フェリが妊娠を知ったのは魔王との決戦前、魔王の城へ乗り込むことを決めた前日の夜だった。
その日までの数日間、原因不明の体調不良に襲われていたフェリはこっそり持ち込んだ状態を検査できる魔術式が書き込まれた札を使って調べてみたのだ。
ただでさえ皆のお荷物なのに、これ以上迷惑はかけたくなかった。
巫女姫に言えば調べてもらえたとは思うが、やはり迷惑とお荷物という言葉が邪魔をして、最悪不治の病だったらパーティを抜ける覚悟をして術式を発動させた結果、妊娠を知った。
そして相手は一人しかいない。
フェリはケージに出会うまで男を知ることは無かったからだ。
初めて恋した相手が、初めての相手となった。
思い出になるはずだったのに、それは許されなかった。
しかし、決戦前でそんなことを報告したらパーティの空気が悪くなるどころではないことに、フェリは思い至った。
報告するのは、全部終わってからだ。
生きて帰れるかもわからないのだ。
だから、もしも無事魔王を倒して生きて帰ることが出来たなら、そのときケージに話そうと決めていた。
そして無事、勇者一行は誰一人欠けることなく生きて帰ってこれた。
帝国に戻るまでの道中、フェリはいつ話そうかとそわそわしていた。
そして、その時がやってきた。
いつになく真剣な表情のケージに二人だけで話がしたいと呼び出されて、そこで彼と巫女姫の婚約を告げられた。
さらに、神に勇者の血をなるべくたくさん残すようにと、他のパーティメンバーを嫁にすることと、フェリ以外はそのことをすでに知っていて快諾していることを説明された。
それを聞いてフェリは、笑顔でおめでとうと言った。
心から祝福していたのは事実だ。
好きあった者同士が結ばれるのだ。
でも、一番長いつき合いだったフェリに話がきたのは一番最後、変に勘違いしていたのだ。
火遊びも、一緒に過ごした時間もケージにしてみたらフェリとのそういった時間よりも両想いの人との時間の方が大切だっただけだ。
だから、一番最後にされた。
街道沿いの宿に一晩泊まるため入る。
部屋に通されて、フェリはベッドに倒れこむと声を殺して泣いた。
それなりにパーティメンバーとの仲は良好だったと思う。パーティの皆はフェリを追い出すなんてことしなかった。
でも、結局仲間外れにさていた事実に、そして宿してしまった子に申し訳なくて、泣いた。
だから、せめて愛そうと決める。
目一杯、たくさん、父親がいない分も生まれてくる子を愛そうと。
そう決めた。
数日後、たどり着いた小さな町。
そこの大衆食堂で、フェリは懐かしい顔と再会した。
場所は入ろうとした食堂の前。店員に食い逃げ野郎だと罵倒されぼこぼこにされている魔法使いの少年に、フェリは声をかけた。
「あんた、こんなとこでなにしてんの」
あきれたと言わんばかりである。
フェリは大きく溜め息をついて、代金を立て替えてやる。
店員は機嫌を少しだけ直して、しかし魔法使いの少年に唾を吐いて店のなかへと戻っていった。
「ありがとう、助かったよフェリ。持つべきものは友達で、妹だ」
顔の形を変えられた魔法使いの少年ーーゼンはそういうとすぐに首を傾げた。
「でも世界を救った英雄の一人がなんでこんなとこに?
噂じゃ勇者の嫁になったときいたけど」
「ま、色々あってね」
「その色々って」
ゼンはちらりとフェリの腹を見る。
まだ大きくなっていない、端から見たら妊婦だと気づかれない腹を見てゼンは続けた。
「それに関係あるか?」
ご丁寧に腹を指差してきたので、叩き落とした。
少年魔法使いのゼンは、ポンコツだがとても優秀だ。
フェリに無限に物が入る袋を与えたのも彼であった。
「うわぉ、一夜孕みかよ」
「デカイ声出さないでよ」
場所を変えて、別の食堂に入り適当に注文した物を食べながらフェリはゼンに今までを吐き出していく。
「あとさー、友達というか兄貴として言わせてもらうけど、それって卑怯じゃね?」
「ほんと、気遣いってものが出来ないままだねゼンは」
「いやだってそうだろ。俺は結婚してないしもちろん子供だっていないからあんまり偉そうなこと言えないけど、でもお前だけじゃなくて相手にも責任あるだろ。卑怯って言ったけどちょっと違うか、フェリは卑怯じゃなくて悲劇のヒロインぶって酔ってるだけじゃね?」
「食い逃げ犯にならないよう、代金を立て替えた人間に言う言葉じゃないよね。ついでにいま奢られてるって言うのに」
「それはそれ、これはこれ。
え、ひょっとして健気だね偉いねって言われたいの?」
「うっわ、ムカつくー」
「お前にも責任感無さすぎ。ヤったら出来る。これ常識だろ。避妊用具や避妊薬だって完璧じゃないんだぞ」
「わかってるよ」
「わかってないから言ってんだよ。お前さ父親の分まで生まれてくる子供を大切にするとか言ったけど、そう言った母親の半分以上が子供を育てられずに見殺しにするか育児放棄するか捨てるかしてるんだぞ。
ペットを飼うのとは違う。いまの時代片親や孤児は珍しくない。
ましてや、金があってもいない父親の愛情は買い与えることなんて出来ないんだぞ」
「それは、そうだけど」
「お前さ、子供っていうお荷物かかえて夢を掴めると、叶えられると本当に思ってんの?」
「やけに今日は突っ掛かってくるんだね」
「妹分が、後先考えず馬鹿なことしたのを叱ってんの。
お前さ、そんなんでちゃんと子供のこと愛していけんの?
相手の面影を重ねて、子供を相手の男の代わりにしないと神に誓えるか?
もしくは自分を投影して押さえつけないと誓えるか?」
「そんなこと」
「自分や相手の男の代わりにする可能性があるなら、子供が一番不幸なことになる。
それと、お前。仲間のこと信じて無かっただろ。だから逃げ出した」
「決めつけないでよ!」
思った以上に大きい声が出てしまったが、しかし溢れ出した感情は止まらなかった。
「ゼンに、お兄ちゃんに何がわかるのさ!
私がどんな気持ちだったか、なんにも知らないくせに!」
感情的なフェリとは対照的に、ゼンは冷静だった。
「わかるわけねーし、知るわけねーじゃん。俺、お前とは違う存在、他人だぜ?
俺はお前じゃないからな」
「こんの、クソ兄貴!それが妹に、友達に言う言葉!?」
「じゃあ、逆に聞くけど」
どこまでも冷静に、ゼンは聞いた。
「お前は、遊びで寝たら子供出来ちゃったてへへ、だからお兄ちゃん私頑張って一人で育てるよ!なーんて久しぶりに顔を見た妹に言われた兄貴の気持ちがわかるのか?
当然、わかるんだよな?」
そこで、初めてゼンは妹を殺さんばかりの気配を纏って睨んだ。
その殺気にフェリは体をビクつかせる。
「わ か る ん だ よ な ぁ ?」
その殺気に当てられた他の客も黙る。
ざわめきが消える。
葬式か墓場みたいな何とも言えない沈黙に支配される。
すっかり忘れていた。
この兄はポンコツで普段は優秀な面すら欠片も見せないダメ魔法使いだが、それでもその実力は本物で、敵であった魔王軍から引き抜きの打診がきたことがあるのだ。
その威圧にフェリは喉がひくついてうまく声が出せなくなる。
それでも、なんとか声を絞り出した。
「ご、ごめんなさい」
これでは、さっきと逆になってしまった。
短編【母さんの誕生日にプレゼント買うための資金稼ぎにきた】がこの話の後日談となっております。