主人公は鈍足
あらすじ
魔力を持たない主人公は、旅の道中で少女を助けた。嫁の献身的介護により復活した少女もまた、魔力を持たない人間だったのだ。
森と言えば野草、というのは常識だと思うが、この森では野草どころか低木さえも見当たらない。
視界に入るのは空へと突き出した針葉樹。そして、辺り一面を埋め尽くす雪だけだ。
「ゆきー!」
「あんまりはしゃぎすぎると怪我するわよ」
僕らは予定通りデーン王国へ向かうべく、歩を進めていた。
色々あって遅れてはいるが、ユーが完全復活してからは順調に旅程をこなしている。
というのも、ユーは6歳児にしてはかなり体力があるのだ。僕らが普通のペースで歩いてもちゃんとついてくるし、多少疲れても次の日にはすっかり回復している。
戦いの才能もあるようで、ワイルドウルフを普通に瞬殺していた。得物は例の盗賊が持っていた短刀を拝借したのだが、彼女にとって一番の武器は圧倒的なスピードだ。
僕とリーシャでさえギリギリ捉えられる速さで動き回り、敵を背後から的確に倒していく。これでは、さすがのワイルドウルフもなすすべが無い。
だが、体力を消耗する戦い方なので、長期間追っ手から逃げるようなことは難しかったのだろう。こんな強いにも関わらず捕まったのは、多分そのせいだ。
「イッヌ、後で雪だるま作ろー!」
「ワフッ!」
それにしても、子供というのはなんでこんなに雪が好きかな。見飽きているはずの雪景色に毎回はしゃぎまわっている。
「そろそろデーン王国との国境だな。早く温泉に入りたいよ」
「そうね。もう10日くらいお風呂に入ってないわ」
リーシャがさりげなく自分のにおいを嗅いでいる。
大丈夫。ずっと側にいるから、においとか全然気にならないし。
「ママー、変なにおいがするよー」
「ワフッ!」
すると、先を歩いていたユーとイッヌがこちらに戻ってきた。
「こら、ダメだぞユー。女の人に臭いとか言っちゃ」
「・・・・・・コロス」
なぜかリーシャが僕へと殺気を放っている。せっかく庇ってあげたのに・・・・・・。
「違うよ。だってママはいいにおいだもん」
そう言って、ユーはリーシャに抱きついた。急にこられてよろけるリーシャだったが、さすがの体幹で倒れず踏みとどまる。
「そうよね。むしろ、旦那様の方が臭うわよね」
「パパちょっとくさいー」
僕は消臭効果のある野草から抽出した魔力水を黙って取り出し、全身にくまなく振りかけた。
「それで、さっき変なにおいがするって言ってなかったか?」
「・・・・・・話をそらしたわね」
リーシャが耳の痛いことを言ったが、僕には何も聞こえなかった。
「そーなの。なんかあっちの方から檻みたいなにおいがするの」
ユーが向こうの丘を指差して、不快そうな表情をした。
「檻? 鉄のにおいってことか。・・・・・・まさか」
嫌な予感がする。今回は予想が外れてくれるといいが・・・・・・。
「リーシャ、ユー。先を急ごう。2人とも戦いの準備をしておいてくれ」
「分かったわ」
「はーい」
リーシャは虚空から剣を取り出し、ユーは肩にイッヌを乗せてから短剣を抜いた。
僕も銃を上着から取り出しておく。
「よし、行くぞ」
僕が声を上げると、リーシャが呪文を唱えた。
『走行補助』
「イッヌ、全力で走るからしっかりつかまってね」
「ワフッ!」
僕の合図とともに、2人はあっという間に遠ざかっていった。
失念していた。僕はこの中で、誰より足が遅かったということを。
ーー
『地獄の業火!』
『Gyaaaaaaaaa!』
「えーいっ!」
『Guaaaaaaaaa!』
丘を越えると、小さな村を見つけた。
どうやら魔獣が暴れているようだったので駆けつけたのだが、すでに最後の2匹をリーシャとユーが倒し終えたところだった。
リーシャの魔法で全身を焼かれたドラゴンフライが森の方へ墜落していく。
一方ユーもワイルドウルフを倒しきったようで、辺りには魔獣の死体がいくつも落ちていた。
「ユー、リーシャ、大丈夫か?」
「うん。それより、ママすごかった! 飛んでる敵を魔法で全滅させたんだよ!」
「そうだな。ママはちょっと怖いけど頼りになるよな」
リーシャがわなわなしている。
てっきり怖いと言ったことに怒っているのかと思ったが、そうではなかった。
「あんな魔物がいるなんて聞いてないんだけど!」
「いや、言ったよ。ドラゴンが出るって」
しかも、その時は自信満々に
「ドラゴンフライは問題ないわ」
って言ったじゃないか。宣言通り難なく倒したんだし、何を怒っているんだろう。
「あんたが言ったのはドラゴンじゃなくてドラゴンフライでしょ⁉︎ なんでトンボじゃないのよ!」
「は? トンボは関係ないだろ」
「ママ、疲れたなら休んだ方がいーよ?」
「うっ」
ユーにまで気遣われたのが効いたのか、リーシャは静かになった。
それにしても、なんでトンボだと思ったんだろうな。ドラゴンフライなんだから、少なくともドラゴンだってことくらい分かるだろうに。
そんな話をしていると、建ち並ぶ家の中からわらわらと人が出てきた。村民たちは魔獣が死んでいるのを見て、歓喜の声を上げている。
「魔獣を倒してくださりありがとうございます。メルロ村を代表し、私がお礼申し上げます」
50歳くらいの男性がこちらに近寄ってくると、深々と頭を下げた。村の代表ということは、この人が村長か。
「いえ、旅の途中にたまたま通りかかっただけですから。それで、村に被害はありましたか?」
リーシャが、
「お前は何もしてないだろ」
みたいな視線を送ってきたが、無視して話を進める。
「幸い死者は出ませんでしたが、皆が家の中に避難するまで足止めをしていた数名の男が酷い怪我を・・・・・・」
村長が険しい表情で口ごもる。その男たちがいたからこそ、他の村民は無事で済んだのだろう。
「村長、彼らのところに案内して下さい。リーシャも一緒に来てくれ」
「分かったわ」
怪我人は村長宅に寝かせてあるというので、僕は回復魔法を使えるリーシャとそこへ向かう。
ユーには大人しく待っておくように言っておいた。
「こちらです」
通された広めの部屋には、5人の負傷者が横たわっている。周りには手当をしている何人かの女性と、怪我人を担いできたと思われる仲間の男性がいた。
『治癒』
リーシャが怪我人に治癒魔法を掛けていく。青白い光を放って魔法が発動すると、怪我人の表情が少し和らいだ。
だが、治癒魔法は万能ではない。傷を塞ぐことはできても、どうしても傷口は残ってしまうし、流れ出た血は元に戻らない。
僕はリュックから包帯と野草の抽出液を取り出す。そして、液を染み込ませた包帯を患部に巻いていき、傷の処置は完了である。これなら傷口から化膿することもないだろう。
「なんと!」
全員の治療を終えると、村長が驚きの声を上げる。周りの人々からも、口々にお礼を言われた。知らない人に礼を言われるなんて慣れないことだったから、リーシャと僕はすごいドギマギしていたけれど。
村長を含め3人で家を出ると、いつの間にか雪が降り始めていた。まだ11月末だというのに、今年は異常に寒いな。
「本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいのか・・・・・・」
「気にしないでください。それより、この村は普段から魔物に襲われたりするんですか?」
苦々しい表情をする村長。顔に刻まれた数々のシワが、度重なる苦労を感じさせる。
「この辺りは魔獣がよく出るので、村の男は普段から敵に備えて鍛えております。しかし、最近魔獣の動きが活発になっているようで、我々だけでは対応しきれず困っておるのです」
「なぜ活発に?」
「ここから西に半日ほど歩きますと、アクロポリスという小さな山があるのです。アクロポリスは魔獣たちの拠点となっているのですが、どうやらそこに高位の魔族が住みついたようで・・・・・・」
なるほど。強い魔族が引っ越してきたから、魔物の動きが活発になっていると。
普段はダラダラと仕事しているくせに、上司が来ると途端にやる気になって働きだすみたいな感じか。
「騎士団に救援要請は出したのですが、なにぶんここは辺境でして・・・・・・。討伐にはしばらく時間がかかると思いますので、皆様旅の道中はお気をつけ下さい」
「ありがとうございます。では、私たちはこれで」
イッヌと雪だるまを作っていたユーを呼び戻し、僕らはすぐに村を出た。
お礼をさせて欲しいと言われたのだが、村の状況を見るに余裕がありそうではなかったので先に断っておいた。
それを聞いた村長はホッとした表情をしていたし、村の財政はかつかつなのだろう。そもそも、報酬を受け取って村民を経済的に苦しめるのは本末転倒である。
「なあ、リーシャ。勝負した時に言ったよな。目的地は全部僕に任せるって」
僕は雪道を歩きながら、隣にいるリーシャに声をかけた。
「ええ、そうね」
「じゃあ、途中で行き先を変更することは可能か?」
「旦那様が決めた目的地なら、私が口を挟むことではないわね。大人しく従うわ」
「ユーもしたがうー!」
いや、リーシャは北に行こうっていう僕の指示に反対したばっかりだから。
「よし、行くか」
僕らは、新たなる目的地へと足を進めることにした。
もちろん、行き先は魔の巣窟ーーアクロポリス山である。
ブックマークが10になりました。どちゃくそ嬉しいです。
インフルエンザが流行っているみたいなので、皆様ご自愛ください(今更感)