もう一人のユダ
あらすじ
魔力を持たない主人公ユダと、ツンデレ娘から嫁にジョブチェンジしたリーシャは旅行中に盗賊を撃退した。
襲撃に遭った行商人が、積荷として載せていたのは
「・・・・・・子供か?」
リーシャに案内されて荷台の奥に行くと、人間が檻に入れられているのが目に入った。
辛うじて身動きがとれるくらいの小さな鉄製の檻。その中に、ねずみ色のボロボロな布を1枚だけまとった少女がいたのだ。
おそらく、彼女は商品として行商人に運ばれている途中だったのだろう。つまりは奴隷だ。
「早く出してあげたいんだけど、この子を傷つけないように檻を壊す方法が無くて・・・・・・」
リーシャは気まずそうにこちらを見る。僕は檻をじっくり観察した後、リーシャの肩を叩いた。
「大丈夫。これならいけそうだ」
ハーディーの森で使って以来、上着のポケットに入ったままだった薬品を取り出す。
「野草から抽出した魔力液なんだけど、金属を自由に変形できるんだ。早くここから出してあげよう」
僕は檻にありったけの魔力液をかけ、檻を無理矢理こじ開ける。鉄は面白いくらいにグニャグニャと曲がった。
「ほら、出ておいで」
檻が開いたのを見たリーシャは、すぐさま少女に駆け寄って声を掛ける。
しかし、少女は何を聞いても呆然と虚空を見つめるばかりで、目に光がない。
仕方なく、引きずり出すようにして少女を檻から出したリーシャは、彼女をおんぶして歩き出した。
「とりあえず、この子は家に連れて帰りましょう」
「分かった」
リーシャに続いて馬車を降りる。
彼女は焦っているのか、なんだか様子がおかしい。少し心配だ。
少女があまりにも薄着だったので、僕は着ていた上着を彼女に着せた。
「ありがとう。私も使い魔を出してみるわ」
リーシャは目を閉じ、魔力を高めている。
「気休めだけどね・・・・・・『召喚』」
すると、青白い光を放つ魔方陣が現れ、小さな獣が出てきた。
純白の毛に覆われ、4本足で地面に立っている。大きさは手で持てるくらいの小さな・・・・・・ってこれただの犬だよな?
「なあ、こいつって普通のい・・・・・・」
「この子は魔獣イッヌよ」
言いかけたところで、リーシャに遮られる。
「は?」
「イッヌよ」
「・・・・・・はい。イッヌですね」
そんなわけで、このモフモフした犬らしき生物は、魔獣イッヌということで落ち着いた。
「この子は修行中に森を彷徨っていたから拾って契約したんだけど、素早いだけで攻撃力が低いから実戦では使えないのよね」
「それってやっぱりこいつがい・・・・・・」
「イッヌよ」
意地でも魔獣ということにしたいらしい。契約してみたら実はただの犬で、ちょっと恥ずかしかったのかも知れない。
「イッヌ、この子の首に巻きつきなさい。首を締めないようにそっとよ」
「ワフッ!」
命令を受けたイッヌは、リーシャの身体をスルスルと登り、少女の首にクルンと巻きついた。
モフモフの毛は真っ白で毛並みもよく、さぞかし気持ちいいのだろう。後で僕もやってもらいたい。
それはともかく、僕らは少女を連れて家に戻った。
僕が再び暖炉に火を入れている間、リーシャは少女をベッドに寝かせる。
イッヌは少女の身を案じるように、側に寄り添って丸くなった。
「疲れて寝てしまったみたいね。一応回復魔法をかけておくわ」
リーシャは少女に手をかざし、呪文を唱えた。
『治癒』
少女の身体が淡い光に包まれる。表情が少し穏やかになった気がした。
「ひとまずこれで様子を見ましょう。後はこの子が起きた時のために、食事を用意しておかないと・・・・・・」
そう言って、リーシャは外に出て行こうとする。
僕はそんな彼女の腕を掴み、ぐいっと引き寄せた。そして、身体全体を優しく包むようにして抱きしめる。
「何⁉︎ いきなりどうしたの」
突然のことに戸惑うリーシャの頭をそっと撫でる。金色の髪はいつも美しく輝いているのに、触れてみると案外か細い。
「もう無理しなくていいんだ。リーシャは正しいことをした。だから、もうそんな顔するな」
「何言ってるのよ。そんなこと・・・・・・」
リーシャの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「あれ、なんで・・・・・・」
堰を切ったように溢れ出す涙。リーシャは僕の胸に顔をうずめ、背中に手を回す。
僕を抱きしめる力は弱々しいものだったけれど、離さないようにという必死さがひしひしと伝わってきた。
「・・・・・・私、初めて人を殺したわ」
「・・・・・・ああ」
リーシャはそれ以上何も言わなかった。僕の胸の中で泣きじゃくり、気付いた時には眠っていた。
疲れていたのは彼女も同じだったのだろう。
僕はリーシャをベッドの上に寝かせ、布団を掛けてやる。少女は身体が小さかったので、2人同時でも何とかベッドに収まった。
「イッヌ、2人のことを頼むな」
少女の横で丸くなっていた獣に声を掛ける。イッヌは目を開けて、
「ワフッ」
と小さく吠えた。もしかしたら、人の言うことが分かるのかも知れない。
イッヌはこちらを一瞥した後、再び目を閉じた。
僕は食事を調達するために外に出た。
扉を開けた途端、冷たい風が身体に叩きつけられる。今年の冬は厳しい寒さになりそうだ。
「・・・・・・あれ? なんだこれ」
突然視界がにじむ。自分の顔に触れてみると、泣いているのだと分かった。
そうだ。人を殺したのは、僕も同じだった。
旅に出ればこんなことも起こるだろうと考えていた。魔獣なら殺せるのだから、人だって同じようなものだと思っていた。
でも、両方の目から流れる涙は拭いても拭いても溢れてくる。
僕は全力で走り出した。誰もいない平原を、たった一人で。
凍えるような寒さが頬を殴った。それでも、がむしゃらに走り続けた。
3歳の時親に捨てられた時でさえ泣かなかった僕は、人生で初めて涙を流した。
ーー
少女を助けて1週間が経った。
一通り感情を吐き出したのが良かったのか、僕とリーシャはすっかり元気を取り戻していた。
そして、肝心の少女はというと・・・・・・。
「おかわり!」
「はいはい。ユーちゃんは本当によく食べるわね。たくさん食べて大きくなりなさい」
「うん!」
少女は天真爛漫な笑顔を浮かべ、出された料理をとても美味しそうに食べていた。
「身体はもう大丈夫? 痛いところはない?」
「へーきだよ。パパとママが助けてくれたからね!」
心身共に酷い状態だった少女は、リーシャの献身的な介護により凄まじい回復を見せていた。
リーシャの方も少女を娘のように可愛がり、彼女に向ける慈愛の表情など、まるで本当に母親であるかのようだ。
だが、この少女には一つ問題があった。
「なあ、ユー。この間の話、もう一回聞かせてくれるか?」
「いーよ。 パパとママの言うことなら何でも聞いちゃう!」
食事を終えた少女に話しかけると、元気のいい答えが返ってくる。口元にソースが付いていたが、タオルを持ってきたリーシャがすかさず拭った。
「まずは、ユーの本名を教えてくれ」
「ユーの名前は、ユダ=アルブレヒトだよ!」
そう、彼女の名前はユダ。つまり、彼女もまた魔力を持たない存在なのである。
僕と同じ名前なので、『ユー』と呼ぶことにしたのだが、彼女は僕らが知らなかった『ユダ』に関する情報を色々と知っていた。
まず、なぜ魔力を持たない僕達は差別されているのか。その理由を、彼女は母親から詳しく聞かされていた。
「ユーの中には悪魔が眠っているんだってお母さんが言ってたよ。だから、みんなそれを怖がってるみたい。ユーたちが魔法を使えないのも、悪魔のせいなんだって」
「じゃあ、魔力が無いわけじゃないんだな」
「うん。生きていくのに必要な分以外は悪魔が食べちゃうけど、魔力はちゃんとあるよ」
僕の中に悪魔がいるらしい。そんなことを言われてもピンとこないが、生き物全てに魔力があるというルールを前提に考えると、無い話ではなさそうだ。
「じゃあ次の質問。ユーはどうして捕まってたの?」
「ちょっとそれは・・・・・・」
ユーの隣に座っていたリーシャが、心配そうに口を挟んだ。
まだ幼いユーには酷な話だが、これからに関わる重要なことだ。それに、もし彼女が嫌がるようなら、無理に聞き出すつもりはない。
「大丈夫だよ、ママ」
ユーはリーシャの手を握り、優しく微笑む。まだ6歳らしいが、他人思いで聡明な子だ。
「ユーの住んでた村はちょっと特別だったの。コーガ村っていうところなんだけど・・・・・・」
「え? ユーはコーガ村から来たの⁉︎」
本で読んだことがある。アストレア修道院があるマルドス帝国のずっと東にある小さな村。
一見普通の村なのだが、なんでもスパイを大勢輩出しているらしいのだ。ほとんどが謎に包まれた秘境。それがコーガ村である。
「そうだよ。でも、2ヶ月くらい前にマルドス帝国の兵士が突然攻めてきたの。村の仲間はみんなバラバラに逃げたんだけど、ユーは途中で力尽きて捕まっちゃった。それからは・・・・・・」
段々とユーの表情が曇っていく。
捕まった後どんな酷い目に遭わされたのかは分からないが、これ以上聞くのは酷だ。なにせ、数日は生きているかも怪しいほどに心を病んでいたくらいだ。
「もう大丈夫だよ。話してくれてありがとう」
僕はユーの頭を優しく撫でる。
肩くらいまで伸びるサラサラの黒髪。リーシャの金髪もいいけれど、これはこれで素晴らしい。
それにしても、マルドス帝国か・・・・・・。一応僕らの故郷ということになるんだけど、正直あまりいい噂は聞かない。
王侯貴族が圧政を敷いてるとか、戦争に明け暮れて重税を課してるとか。幸い孤児院は免税されているので、王様がどうだとかあまり気にしてなかったが。
「で、最後の質問なんだけど・・・・・・なんで僕らがパパとママなの?」
連れて帰った当初は心を閉ざしていたユーだったが、一緒に暮らすうち、次第に心を許してくれるようになった。そして、いつの間にかそう呼ばれていたのだ。
「パパがなんでパパなのかなんて、てつがくてきなことユーは分かんない」
「哲学なんて難しい言葉よく知ってたわね。ユーちゃん偉いわ」
「えへー」
ユーの頭を撫でながら褒めちぎるリーシャ。彼女はすっかりユーの可愛さにほだされて、完全にアイデンティティーがクライシスである。
「いいじゃない。ユーちゃんの呼びたいように呼ばせてあげれば。ねー、ユーちゃん」
「ねー!」
「ママはユーちゃんのこと大好きだよ」
「ユーも大好きー!」
ユーに抱きつかれ、顔が蕩けまくっているリーシャ。まあ2人とも楽しそうだし、別にいいか。
まさか、15歳で6歳の娘を持つことになるとは思わなかったが。
「じゃあ改めてよろしくな、ユー」
「よろしくー!」
リーシャの元を離れ、僕に抱きついてくるユー。身長差が大きいので、しゃがんで彼女を抱きとめる。
ついでに両手で抱えあげてから、肩車状態に移行した。
「おー! たかーい!」
「良かったわね、ユーちゃん」
慈愛顔で少女を眺めるリーシャ。なんだか急に、からかいたいという衝動に駆られた。
「これからもよろしくな、ママ」
「・・・・・・っ!」
その勇気ある挑戦の後、ユーのいない所で僕がボコボコにされたことは、言うまでもない。