悪友は変人
悲しい話が好きではないので、基本暗い展開にはなりません。悲恋ktkr勢の方はご注意を。
登場人物は数が多いと分かりにくいので、キャストは極力絞ります。人物が少なく感じるかもしれませんが、別にこの世界が過疎ってるわけではないので御了承下さい。
『I’m in the middle of a trip. The wind is blowing hard and it rains heavily here.』
歌が聞こえる。
透き通るような美しい声。僕を暖かい気持ちにさせてくれる、懐かしい声。
『But we have to take the first step. You can’t go back to the past.』
僕の頭を撫でる手をそっと掴む。すると、彼女は両手で僕の手を優しく包み込んだ。
「ごめんなさい、起こしちゃったわね。もう少し寝ててもいいのよ?」
僕はゆっくりと目を閉じる。手を伝う優しい熱が、全身にじんわりと広がっていく。
「まだちょっと眠いかな。あと10分だけ寝かせて」
今日は機嫌が良いのか、彼女は穏やかな笑みを浮かべる。
「分かった。おやすみ、ユダ。愛してるわ」
「おやすみ、リーシャ。愛してる」
遠のいていく意識。僕は微睡みに身を委ね、深い眠りの中に落ちていった。
ーー
ユダ=アストレア、これが僕の名前だ。
僕はこの忌々しい名前を一生背負っていかなければならない。そう思うと、先の見えない暗闇の中で、もがき続けているような気分になる。
ユダは祝福されない者、すなわち魔力を持たずに生まれてきた子供に付けられる名なのだ。
世界中を探しても、魔力のない人間など片手で数えるくらいしかいないだろう。
生まれながらにして不幸を背負った子供。それが、ユダ=アストレアという人間である。
「なあ、ユダ。そんな難しい顔して、一体どうしたんだ? 森に一人で入るなって言われてるだろ」
「ガッシュ、僕のことはアストレアと呼べって何度言えばわかるんだ」
「俺だって何度も言うがな、俺もお前も『アストレア』なんだよ」
声をかけて来たのは、ガッシュ=アストレア。僕と同い年だが、背が高く筋肉質な身体付きをしている。親友、というか悪友だな。
なぜ僕と家名が一緒なのかといえば、二人とも同じ孤児院で暮らしているからだ。
ガッシュはまだ赤ん坊の頃、両親に捨てられたらしい。戦争の絶えない今の時代、捨て子などさほど珍しくはない。
一方、僕の両親は貧乏だった訳でも、戦争に巻き込まれた訳でもない。むしろ、裕福な家庭でさえあった。
孤児院の院長に聞いた話だが、両親はこの国のとある貴族らしい。孤児院に赤ん坊の僕を連れてきた両親は、院長にこう言った。
「この子には魔力がない。孤児院に多額の寄付をするから、息子を預かって欲しい」
院長は迷った末、僕を引き取った。孤児でもないのに子供を引き取るのは道理に反するだろうが、申し出を断って僕が路上に捨てられるよりはマシだと考えたのだ。
だから、僕らの家名はアストレア。アストレアは、この孤児院の名前でもある。
「まあ、この話はやめにしようぜ。それより、お前は一体何をしてるんだ?」
「野草の調合だよ。僕はみんなと違って魔力が無いからな。その差を埋めるために頑張らないと」
原則、生きとし生けるもの全てに魔力が備わっている。だから、こうして野草を組み合わることで、魔力を持たない僕でも魔法を扱うことができるのだ。
森での野草研究以外にも、読み書きや計算、一般教養なども熱心に取り組んでいる。魔法が使えない時点で、最初から周りに遅れをとっているのだ。僕は普通に生きていくために、人一倍頑張らないといけなかった。
「魔力がないのを気にしてるのって、ここではお前だけだと思うぞ?」
「僕らはもうすぐ15歳になるんだ。そろそろ孤児院を出なきゃいけないんだし、魔法は必要だろ」
「まあ、それはそうかもしれないが・・・・・・」
15歳になったら、僕らはもう成人だ。大人なら一人で生活しなければならない。
魔法は生活の基本だ。仕事も家事も、魔法があるのと無いのとでは全然違う。だから、今のうちにできる限り自分を高めておきたいのだ。
「お前が勉強熱心なのは今に始まったことじゃないし、別にいいんだけどよ。たまには俺らを頼ってくれても・・・・・・なあ、それってまさかアークライトか? 」
「そうだよ」
アークライトとは、貴金属の一種だ。軽いのに硬いという便利そうな性質を持つが、超高温にしないと加工できないため、市場価値は全くない。故に、石ころ同様そこら中に転がっている。
「剣、だよな?」
「ああ」
「まさか、自分で変形させたのか?」
「まあな。金属を変形させる魔法を見つけたんだ。色々制約があるから何でも作れる訳じゃないが」
野草の持つ魔力はその種類ごとに違う。だから色々な野草を組み合わせれば、様々な魔法を発動させることもできるのだ。
野草の研究は5歳くらいからやっているので、発動できる魔法はそれなりの数になっている。
「・・・・・・頼ってくれとは言ったものの、お前が俺を頼るようなことは無さそうだな」
「そんなことないさ。重い物を運ぶ時はお願いしてるだろ」
「荷物運びは魔力関係ないだろうが! 単に面倒くさいから俺に押し付けてるだけだろ」
「で、お前用事とか無いの? 今研究で忙しいし、何もないならあっち行ってて」
「露骨に話をそらすな! もう荷物運びは手伝わないからな」
ガッシュが拗ねてしまった。
困ったな。ガッシュが荷物持ちをやらないなら、一体誰が僕の荷物を運ぶのだろうか。
「悪かったよ。お詫びにこの剣はあげるからさ」
僕はアークライト製の剣を差し出す。
剣とは言っても形を似せてあるだけで、刃が付いている訳ではない。ただ、頑丈な素材で出来ているから、これで殴ればある程度のダメージは与えられるだろう。子供の腕力で扱うなら、鉄製の剣よりむしろ使いやすいはずだ。
「いいのか?」
「ああ、僕はいつでも作れるからな」
原料はそこら辺に転がっているのだ。野草のストックさえあれば、いつでも製作できる。
「じゃあありがたくもらっとくよ。こんな上等な剣があれば、大人が相手でも勝てそうだぜ」
「自分の力を過信しすぎだ。お前は抜けたところがあるし、調子に乗ってると痛い目に・・・・・・」
「分かってるって。じゃ、俺は院長に頼まれてることがあるから行くわ」
ガッシュは本当に人の話を聞かない男だ。これじゃあ、孤児院の外に出てやっていけるのか心配になる。
「あ、そうだ。言い忘れてたんだけどさ、リーシャがお前のこと呼んでたぜ」
「は⁉︎ なんで今になって言うんだよ!」
リーシャも僕らと同い年の孤児だ。いつもガッシュと3人で悪さをしては、院長に説教されていた。
両親は異国出身だったそうで、容姿は整っているが、非常に短気で怒らせたら何をされるかわからない。
「悪い悪い。剣に夢中になっててな、つい」
「ふざけんなよ! あいつを怒らせたらどうなるか知ってるだろ!」
「まあ、俺が怒られる訳じゃないから別に・・・・・・おい待て、無言でつかみかかってくるな!」
僕はガッシュの襟を掴み、グイッと身体を引き寄せる。
こいつの間の抜けた性格は本当に不安になる。いっそ一発殴って分からせてやるしか・・・・・・。
「い、いいのか? 早くいかないとリーシャに殺されるぞ」
不本意だが、確かに今はこんなやつに構っている場合じゃない。リーシャは全国短気選手権があったらぶっちぎりで優勝しそうな女なのだ。
「なんなら、あいつにキスでもかましてきたらどうだ? さすがのリーシャでも、一発で黙らせられるぜ」
「喧嘩売ってるなら買うぞ? どうせリーシャに殴られるなら、その前にお前をボコボコにしてやる」
この国では、未婚の男女は口づけをしてはならない。逆に言えば、キスをしたら夫婦になってしまう。国教であるミトラ教によって、そう決められているのだ。
僕は神の祝福を受けられず魔力が無いわけだし、正直ミトラ神なんて信じちゃいない。だが、リーシャはみんなと同じくミトラ教徒だ。キスなんかしたら、掟を守るために嫌々結婚に応じるかもしれない。
リーシャは凶暴だが面倒見はいいし、魔法の実力も高い。加えて、この辺りでは珍しい真っ白な肌と金髪。黙っていれば、ため息が出るような美しさなのだ。黙っていればの話だが。
一方、僕は魔力を持たない落ちこぼれ。パートナーとして、明らかに釣り合わない。
今までなんだかんだ助けてもらっているし、僕はリーシャが好きだ。だからこそ、彼女を悲しませることなど出来る訳がない。
「この間も、リーシャと間接キスしたとか言ってはしゃいでたくせに」
「あ?」
不用意なことを口走るガッシュを睨み、襟を掴む手に力をいれた。
「ま、まあ待てよ。大丈夫だって。リーシャが本気で怒った時のために秘策があるんだ。お前しか使えないけどな。ちょっと耳を貸せ」
だったら最初から言えよ。ガッシュは悪知恵が働くやつだし、秘策と言うからには自信があるのだろう。
僕はガッシュの襟を掴む手を放し、顔を寄せる。
すると、ガッシュは耳元で、その妙案とやらをささやいた。
「・・・・・・それどういう意味か分かって言ってるのか?」
「ああ、これなら絶対許してもらえるぜ」
「いや、そういうことじゃなくて・・・・・・」
「大丈夫だって。あいつだってもう大人だしな」
そう言って、ガッシュは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
こいつが本当に分かって言っているのか定かではないが、正直気乗りしない。
「ほら、分かったらさっさと行け」
ガッシュに促され、釈然としないまま修道院に向かって歩き始める。
ガッシュは僕と反対の方向へと歩き出した。
「森を通るなら気をつけろよ! 魔獣が出ることもあるんだからな!」
あいつは油断することが多いから、念のために声をかけておく。
すると、ガッシュはアークライト製の剣を片手で上に掲げ、ふらふらと左右に振った。
「ヤバイ。他人の心配をしてる場合じゃないや」
僕は踵を返すと、野草と研究道具を抱えて走り出した。静かな森の中で、自分の足音だけが響いていた。
リーシャの日記
最近、ユダの様子がおかしいわ。朝早くに出かけたと思ったら、夜遅くにボロボロになって帰ってくるの。
ユダは何も言わないけれど、多分ハーディーの森に入っているんだわ。院長には入るなって言われているはずだけど・・・・・・。
早く成人して、ユダを守れるようになりたい。そして、2人でのんびり暮らすの。それまであと8年の辛抱だわ。・・・・・・8年はさすがに長すぎない?
大変よ! 街で冒険者に聞いてみたら、ハーディーの森はBランク以上の魔物がたくさんいるらしいわ。一番下がGランクらしいから、ユダじゃ絶対無理よ。早く助けに行かなきゃ!
急いで森に入ったはいいものの、ユダはどこにいるか分からない。探している途中で、魔物に出くわした。
ダメだわ。もう一歩も動けない。狼みたいな魔物に囲まれて、逃げ場もない。
一度でいいから、素直に好きって言えば良かった。そしたら、ユダはどんな顔をするかしらね。
最期に彼の名前を叫んでみたわ。もう二度と会えないけれど、不思議と心が落ち着く。
生まれ変わったら、今度こそ一生ユダの側にいよう。
狼が飛びかかってきたから、観念して目を閉じた。でも、身体に衝撃が伝わってこないの。
そっと目を開けたら、なぜか目の前にユダが立ってたの。死ぬ直前だから、最期に幻覚が見えたのね。彼の姿を見て安心したら、急に眠くなってきたわ・・・・・・。
気がついたら、目の前にユダがいたわ。どうやら、お姫様抱っこされていたみたい。幸せな気分。もうずっとこのままでいられたらいいのに。
初めは夢かと思ったけど、狼たちのことを思い出して我に返った。これは夢なんかじゃない。ユダが私を助けに来てくれたんだわ!
急に恥ずかしくなって、ユダに私をおろすように言ったの。けど、全然聞いてくれない。いつもなら、何でも言う通りにしてくれるのに。
そしたら「なんでこんなところにいたんだ? 心配させないでくれ」って言うから、心配したのはこっちよ! って言い返してやったわ。
ユダは困った顔で笑ってたけど、私は絶対許さないから。強くなって、次は私がユダを守ってあげるんだから!
まあ、今日は疲れたからこのくらいにしてあげるわ。明日から特訓して見返してやるんだから。それまで待ってなさいよね。
おやすみ、ユダ。
✳︎ リーシャの日記はユダがまだ7歳の時のものです。時系列は一致していないのでご注意を。
ありがとうございました。主人公と違い、作者はまだ駆け出し冒険者ですのでブクマ頂けると嬉しいです。