ゲームの世界に来たらしい
「おい、大丈夫か」
刺されて大丈夫な訳が無いだろと、言おうとして周囲の状況が一変しているのに気付く。
いや、そもそも刺されてこんな思考が出来るはずもなく、当たり前に返事をしようなどと思えるはずもない訳で。
「今日はもう終わりで良いぞ。最近忙しかったしな、疲れたんだろう」
混乱はしているが、それでも何とか応答し、ふらふらと店を出て行く。
オレはどうなったんだ。確か刺されて……それから分からないが、少なくともあれは瀕死かそれに準ずるぐらいの怪我だったはずだ。
そんなオレがこんなに平気なはずがないのに、怪我など元からしてなかったかのように、痛くも何とも無い。
街を歩きながら、ふと周囲の風景を見て愕然とする。
え、ここ、現実じゃない。
やっぱりオレ、あそこで死んだのか?
それにしては妙に、何と言うか、意識もはっきりしているし。
だけど現実じゃない世界だし、やっぱりこれは夢か走馬灯か何かのような……イテテテ。
頬を抓ったら痛かった。
いやでもありえないだろ、この町並みは。
まるでスフィアズ・ガルドニア・オンラインの中のような風景だ。
いや、まさにそのものと言うか、さっきの食堂はオレが勤めていた食堂だったはずだ。
そのままふらふらと広場のほうに歩いて行き、中央の噴水を覗き込む。
水面に顔を映してみると、やっぱりゲームでの顔だ。
オレはどうしてこんな事になっているのか分からないまま、インベントリを開けてみる。
スキルは使えるようだ。
金は食堂で働いているからかなり貯まっているし、調理道具も入っている。
何がどうなっているのか分からないまま、それでも確認しておきたい事がある。
確か、あいつのギルドホームはこっちだったな。
時々、呼び付けられて料理を作らされていたから、場所は分かっている。
ここが本当にゲームの世界なら、その場所にあるはずだ……あれか。
中の人にあいつの事を聞いてみる。
「ああ、あの子ね、引退したわ」
あっさりとそんな返事が返る。
でも、何かあるようで、詳細を聞いてみた。
「あの子ね、人を殺したみたいなのよね。全く、リアルと混同とか冗談じゃないわ」
人を……殺した。
誰を……殺した。
オレは、やっぱり殺されたのか。
ならどうしてここに居るんだ。
「なんかさ、従兄を手に掛けたらしくてね、全くとんでもない話よね」
「リアルと混同とか怖いですね」
「全くよ。まあ、元々、ちょっと変わった子ではあったけどね、まさかあそこまでとはね。いい迷惑よ」
「でしょうね」
「あれ以来、うちのギルドも変に言われるようになってね。あら、そう言えば君、あの子にちょくちょく呼ばれていた子よね」
「近所の子でした」
「そうなのね。なら、色々知っているんじゃないの? 」
「かつて、ですね。その前に引っ越したので」
「それじゃ分からないか」
「済みません」
「いえ、良いのよ」
「ではこれで、ありがとうございました」
「いえいえ、どう致しまして」
謎は解けないが、リアルでは事件になっているようだ。
殺したと言っている以上、ニュースにもなったんだろう。
つまりオレはゲームの中の世界に転生って、変な事になっているのか。
てかこの世界、本当に仮想世界なのか?
元々、妙にリアルな世界だと思っていたけど、もしかしたらここは異世界なんじゃなかろうか。
そう思わないと辻褄が合わないと言うか……まあ元々、転生自体があり得ない話ではあるんだけど。
壮大な走馬灯の可能性もあるけど、どうにかなるまで暮らしていくしかあるまい。
幸いにして仕事は持っているんだし、暮らしていくには不自由は無い。
そう思って今日はひとまず宿に行き……やっぱり半額なので25リアル支払って部屋に入る。
これで寝たらもう起きない可能性もあるけど、何時かは寝ないといけないんだ。
夢なら夢で、走馬灯なら走馬灯で。
そうしてオレは精神疲労なのか、ベッドに横たわるとすぐに眠気のままに熟睡になったようだ。
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(事件は8日の午後、ちょうど被害者が下校途中、後ろから彼女が包丁で刺し、出血多量で救急車の中で死亡を確認されたとの事です)
(いやぁ、怖い話ですな。仮想と現実の区別が付かないなどと、そんな事は実際にあるんでしょうか)
(いえ、普通はそのような事はありません。仮想世界から戻る時にはきちんと覚醒するようになっています。なので事件は個人の資質ですね)
(つまり、本人の精神の問題と言う事ですね)
(ええ、実は彼女は元々少し……)
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あれから数日が過ぎたものの、日常は至極当たり前に過ぎていった。
ただ、生理現象だけは発生したものの、NPC達にもそれはあるようで、ちゃんと厨房の隣の部屋にはトイレもあった。
いやもうNPCとは言えないな。
オレも同じくこの世界の存在になっちまったようだし、素直に住人と呼ぶべきだろう。
となればだ、もしかしてオレ、死んだらそれっきりになるんじゃないか?
確かにプレイヤーの頃は神殿での復活があったけど、住人になってしまったらもう無理なんじゃないか?
どうせ戦えない職なんだし、このまま食堂で働いていれば……このままここで暮らしていけば……
当面は現状維持の予定だったが、小金も貯まった事だし、調理道具を一新してみようと思い付く。
確かに文化包丁はコスパが非常に良い物だけど、所詮削れない物は切れ味が変わらないと言う事になる。
つまり、いくら研いでも変わらない切れ味に、満足しなくなったら終わりって事だ。
そりゃ出先での簡単料理にならまだ使えるが、繊細な包丁捌きには向かない包丁になる。
特にプレイヤーが来るようになって変わった食生活なのに、それに対応出来ないと店も巧くいかなくなる。
そんな事を考えながら、プレイヤーがやっている鍛冶屋のうち、生活用品に重きを置いている店を訪ねる。
「おっ、遂に包丁を新調する気になったか」
「ええ、いくらか貯まりましたので」
「それならな、こいつを見てくれ」
《包丁:魁》
攻撃 35
耐久 350/350
完全にプロ向きの品。
汎用ながら鋭い切れ味は様々な素材を生かす。
中々の品のようだ。
「いくらだ」
「とりあえずそいつはくれてやる」
「えっ? 」
「その代わり、腕を上げたら注文してくれよな」
「ああ、特注品を注文するさ」
「期待しているぞ」
「任せろ」




