殺されたらしい
それからもゲームに参加はするし、言われるままに料理は作った。
相変わらず召使いのつもりでいるようで、何かしら命令をしてくる毎日。
オレは生来、ある特技があったんだけど、それを今まで隠して生きてきた。
引き取られて普通に暮らせるなら、そんな特技に頼る事も無いと思っていたからだ。
でも、立ち位置が判明した以上、早急に特技を使って独り立ちをする必要がある。
尊厳も何も無い下僕な扱いなど、オレが耐えられないからだ。
そうかよ、最初からそのつもりで引き取ったのかよ。
いやはや、すっかり騙されたな。
にこにこと善良そうなツラして、娘の下僕が欲しかっただけだったのか。
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普段は料理人としてNPCの食堂に勤めながら、命令があれば料理を作りに出向く。
そんなゲームとも思えない状態をひたすら続けながら、リアルでも召使いの立場に甘んじていた。
けれども特技の活用は始めており、足場は少しずつ強固になっていった。
特技……それは予知能力の如く、先が分かる能力。
変装必須だけど場外車券売り場での金稼ぎは順調で、隠した預金額はひたすら増えていった。
何時かあっさり独立して、スッパリと縁を切る為に、オレは密かに努力していた。
そんなある日の事、久しぶりに叔母さんが家に訪れ、オレに話があると言う。
「あの子、少しは家事もやるようになったかしら? 」
「あれ、オレは召使いなんでしょ。なら、女主人がやる必要は無いでしょ」
「えっ、何よそれ」
「彼女、言ってましたよ。元々、召使いが欲しいから引き取ったんだって」
「そんな事がある訳が無いでしょ。もう、あの子ったらそんなデタラメを」
「いえ、それで得心がいきました。遠い親戚なのに、どうしてかと思っていたんですが、娘の下僕が欲しかったんですね」
「違うと言っているでしょ」
「もう良いんですよ。ちゃんと給与代わりに学費と生活費をもらっているんですから」
「それもあの子なのね。どうしてあんな子になったのかしら」
「オレはもう召使いは止める事にしました。なので縁を切ってください」
「えっ……」
「独り立ちします。お世話になりました」
「ちょっと待ってよ、ねぇ」
「もう命令される生活に疲れたんです」
「あの子、そこまでなのね」
「お願いします。精神が破綻する前に、縁を切ってください」
「そう、そこまでなのね。それなら仕方が無いわね」
「荷物は纏めてあります。すぐに出ていきますから」
「生活はどうするの? お金はあるの? 」
「問題ありません。なので預かっている両親の生命保険のお金は今までの養育費として引き取ってください」
「それはいけないわ。あれは預かっているだけなんだから」
「問題ありません。なのでどうぞ」
「ちゃんと生きていけるのよね」
「当たり前じゃないですか」
「そう……分かったわ」
どうして大人はこうなんだろうな。
欲しくて欲しくて堪らないのに、こうやって手離すような事を平気で言う。
あれでオレがそれならって言ったら、どうするつもりだったんだろうな。
引き取って真っ先にやった事は、親の財産の保全とか、今から考えたら分かりそうなものじゃないか。
金目当てに引き取ったと言う事が。
親の財産と生命保険合わせて億を超える額。
僅か5年の養育費にしては破格だと思うだろ。
だからオレの申し出を素直に受けて、とっとと縁を切ってくれな。
それでオレは自由を手に入れる事が出来るんだからさ。
詳しい事はプロに任せようと弁護士に依頼して手続きをしてもらう事になった。
正直、億を超える財産を得ておきながら、その息子を召使い扱いしていた事に弁護士は驚き、起訴も可能だと言われたけど、縁が切れるならそれで良いと断った。
それでも正当以上の着服は世間体にかなり影響したようで、金の為に遺児をないがしろにした夫婦というレッテルは貼られたようだ。
そしてその娘も。
かくしてオレは自由を手に入れ、改めてVRゲームを体験する事になる。
今度こそ自由に遊んでみたいと思えたからだ……戦えないけど。
「どうしてよ、どうして出て行ったのよ」
「召使いはもう辞めたんだ。命令口調は終わりにしろよな」
「そんなの許さないわ。戻りなさいよ」
「2億4547万、こいつがうちの親が残した財産だ。そいつをそっくりくれてやるから、縁を切るって事になったんだ。文句があるなら金を返せよな」
「そんなの知らないわよ」
「まずは親に聞けよ。それで金を返すなら戻ってやるさ」
「ええ、ちゃんと返すように言うわ。だから戻りなさいよね」
さて、金が残っていれば良いけどな。
商売が巧く行かないとか愚痴っていた叔父さんの事だ、手に入ったらすぐに補填に回したに決まっている。
そもそも公的証書で縁を切っているんだし、それでも強引にするならそれこそ法律の問題になってしまう。
異世界じゃあるまいし、この法治国家で奴隷は無理だから諦めろよな。
ゲーム内でのやり取りの後、あいつは親と揉めたようで、それから戻れとは言わなくなった。
やはり使い込んだようで、返すに返せなくなっていたんだろう。
そもそも、風聞がかなり悪くなっているから、商売には致命的で赤字も嵩み、ますます補填になっているんだろうが知った事ではない。
それにしても、噂って簡単に広がるんだな。
『市場調査研究所』とか、こんな名称で噂の取りまとめをしていると誰が気付くだろう。
そこに資金を出しているオレだけど、まあこれも役得になるのかな。
契約して早速の仕事で、中々に良い仕事をしてくれたからまた追加で資金を提供したんだけどね。
あいつらとは場外で知り合った仲になる。
確かに元々は市場調査をやる会社みたいだったらしいが、需要が尽きてギャンブルに走るというのもどうかと思うんだがな。
んでまぁ、あんまりガックリしているから、軽く話を聞いてみたらそんな会社とか。
噂の調査もしているようで、広げるのも可能ってところから思い付いた作戦になる。
資金提供の代わりに広めてもらいたい噂があると水を向けたらふたつ返事。
余程、困窮していたらしく、それはもう上機嫌で契約になったんだ。
そして精力的に動いてくれたらしく、すぐさま噂は広がっていったようだ。
もっとも、それっきり調査からは手を引いて、広める方向に業務転換になったらしい。
その手の需要のほうが多そうだと言うのがその理由だが、実際に仕事は色々と舞い込んでいるらしい。
やっぱり作戦には事前準備が必須だよな。
現実の問題が片付いたので、すっかり気分も明るくなっていった。
今住んでいるのはワンルームマンションの分譲で、成人までは管財人として弁護士に依頼してある。
身元保証人も兼ねているので、買うのもすんなりとやれて幸いだった。
学校へは住所変更の届けだけを出し、詳細は言わなかったけど恐らく噂で真相を知ったのか、先生は深く追求しなかった。
元々あいつは女子高だったので関係無かったが、共学だったら今頃は転校の憂き目に遭っていた可能性もある。
その点は良かったな。
なんて事を思いながら帰宅途中、いきなり背中が熱くなる。
それと共に眩暈のような現象に遭遇し、足元がふらついて……これは、一体。
足元に何かの液体が……あれ、これって、妙に、赤い……
よろよろと後ろを向くと、真っ赤な包丁を握り締めたあいつが立っていた。
おいおい、何のつもりだよ。
「アンタがいけないのよ、家を出て行くからよ」
くそぅ、こいつ、ヤンデレだったのかよ。
何か言ってやりたかったが、そのまま意識が遠くなり……周囲の悲鳴の中、オレは何も分からなくなっていった。