⑦玄武国(北凍土のローレライ)
玄武国は永久凍土が北の半分以上を覆う国だ。絶対零度の寒さは、人々を委縮させる。だが、玄武国の民は、寒さには負けなかった。南下すれば、広大で居住できる場所が広がっている。その厳しい寒さから他の国ほど人口も都市も多くはないが、それに負けないおおらかさが玄武国にはあった。元首の玄武が住む玄武城は、四国一大きな城で頑強だった。雪や寒さに負けないために、地下が発達した城だった。迷路のような造りの地下は、玄武国の自慢の建造物の一つだった。
玄武は、夜に城の中を歩いていた。寒さが身に染みる。空気が澄んでいて、満月が綺麗に見えていた。
「美しいな……今日は特に満月が大きく見えるようだ」
つぶやく声は鳥のさえずりのように清々しい響きを持っていた。
「こんな日には、歌が聞きたくなる。この世界には私好みの歌がないことが惜しい」
ふっと足を止めた。玄武の耳が何かを感じ取ったのだ。
美しい旋律が流れていた。玄武は最初それが、歌声だとは気付かなかった。人の声だとは思わないほどの美しい音響。彼の瞳から、涙が溢れていた。音楽の女神が何かの間違いで、この世に降り立ったかのような旋律。涙はとうとう溢れ落ちた。彼はその歌声の方向に走った。月明かりの窓辺にその者はいた。玄武に気が付くとその者は歌をやめた。
「はじめまして、玄武。ボクは四凶の一人、コントンだよ」
歌声とは、少し違う声だった。声を出すところが違うのだろうか、というような違和感があるが、彼が歌っていたことに間違いはない。
「もう一度、もう一度歌ってくれないか?」
玄武は必死にお願いした。
「今日は、もう気が削がれちゃったからイヤだよ」
「どうしたら歌ってくれる!」
玄武が声を張り上げて、渇望する。
「明日になったら歌ってあげる」
蠱惑的な笑みを浮かべ、月明かりを浴びるコントンは掛け値なく美しかった。
「ボクは玄武国を滅ぼすことになるんだよ? 明日まで置いておくつもりなの?」
「関係ない。客人として迎える。毎日、私に歌ってくれないか」
玄武は、彼が四凶であることは、全く関係ないようだ。涙を拭くことも忘れ、懇願する。
「いいよ。玄武の望み通り毎日歌うよ」
歌っている時でないにしろ、美しい声で放たれる言葉は、玄武の心を捕えて離さなかった。
玄武は、現実世界で音楽関係の仕事をしていた。彼は、コントンの声が、稀にみるほどの資質が秘められていることを感じた。彼はもう、現実世界でコントンの声を耳にすること以外は考えられなくなっていた。
「やっと見つけた! ハジメマシテ?」
「ああ、コントン。初めましてだ」
そこは、玄武城の地下、最も深いところだった。重く大きな扉を開けると彼女がいた。
「霊亀だよね?」
「ああ、如何にも。私の名は霊亀だ」
「ボクはバカなんだ。一緒に玄武国を滅ぼす方法を考えてくれないかな?」
「なんと、面白い! 分かった。協力しよう」
霊亀は腹を抱えて笑っていた。
「私は、人物のキャラクターデザインをしたのだ。だから、四霊の一人、霊亀となったようだ」
「つまりは、このボクの外見も霊亀が考えたってこと?」
くるっっと回るコントンは美しい容姿をしていた。
「あなたの描いたキャラクターはみんなキレイ! 霊亀もキレイ! もちろん、玄武も。トウコツもキレイだった」
「私が一番力を入れたのは、四凶だ。なんせ主役だからね。特に力を入れたのは、コントン、御前だ」
「どうして?」
「トウコツは目立ってはいけない。影のイメージで黒が基調だからだ。キュウキは存在自体が薄い。優男という設定だが、あまり派手に描けなかった。トウコツは魅了の力があるけれど、容姿自体は凡庸にしてくれと頼まれた。コントンだけは、思い切り描けたのだ。美しい歌声で人々を魅了するローレライのように。勿論、四人とも基本的に美人だがな」
霊亀は立ち上がり、コントンの頬を手で包むように触れた。そして、感嘆の溜息をつく。
「大きな瞳、青と銀の混じった髪。金色の瞳。小柄な肢体。等身の整った肢体。平面ではなく、立体で本当に動いているところが見れるとは思わなかった」
にんまりと笑う。それは、創造主の笑みだ。苦労して作り上げた作品を見る創造主。そして、コントンの頬を撫でた。母親が子供にするような優しい手つきだった。
「自分がデザインした顔が目の前にあるというのは、嬉しいものだな」
「霊亀がうれしいなら、ボクもうれしいよ」
「では、この玄武国の話をしよう。この国を滅ぼすためのヒントだ。正解は決して教えない。自分で答えを出し実行しなければ、御前が四凶である必要はない。私が四凶でもいいことになってしまう。試すぞ。それでも御前はいいのか?」
「ボクはこの世界を滅ぼすためにここにいるんだ。あなたがその知識を持っているなら、借りる。滅ぼすお願いをしたのは、ボクのほうだよ。逆に、それを教えてもらうための代価が必要なんじゃないの?」
「そうだな、それは考えておこう。では、話す。一度言ったことは二度と言わぬ。忘れぬようにしておけ」
霊亀は意地の悪い笑みを浮かべた。
「まず一つ、この部屋を探させよ。補佐の二人に」
「ショウズとヒキに?」
「ああ」
「どうして?」
「それを教えたら、私がコントンを名乗るぞ」
「自分で考えろってこと?」
「ヒントをやろう。御前は気付かなかったと思うが、この部屋も含めて玄武城の地下の空気には毒素が含まれている。効かないのは、先天的に毒素に抵抗のある者とプレイヤーのみだ。慣らされた者は現在一人しかいない。この毒素を吸えば早くて数時間、保って数日で死に至る。そして、この部屋の扉はプレイヤーしか開けることができない。さあ、寝る間も惜しんで、そのない頭で考えよ」
凶悪な笑みを浮かべる彼女は悪役のようだ。彼女の立場は中立だ。しかし、中立であるが故に問われたことに対しての助言をすることができる。コントンはその特権を最大限に利用したのだ。
「もう一つ、これは忠告だ。御前は、決して補佐二人とは会うな」
今までの悪辣な顔からは想像できないような真剣な顔だった。コントンは、この忠告だけは必ず守ろうと思った。