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四凶   作者: Ppoi
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⑤朱雀国(南国のネヴァン)

 いや、嫌、イヤ。


 もう嫌。無理。限界。助けて。辛い。痛い。傷つけないで。優しくして。私をみて。私を理解して。理解できなくても、少しでも努力して。お願いだから。


 たくさんの言葉は心の中に沈殿する。


 発されることもなく、雪が積もるように音もなく、その深さも一見わからず、ただただ深く深く溜まっていく言葉達。心は冷え、感覚がどんどんなくなっていく。感覚がなくなった心は傷ついても痛みを感じない。心が致命傷になっても気づかず、壊れる。壊死する。


 いやだ、嫌だ、イヤダ。


 壊れてたくない。生きているのに死にたくない。


 助けて!


 彼女は限界だった。もう、心が崩壊する寸前だった。望まぬ状況に、合わぬ環境に身も心もズタズタになっていた。だが、彼女は存在する限り、運命から逃げることは許されなかった。逃げることは、すなわち、自我の崩壊。心の死しか残されていなかった。耐えても耐えても、終わることのない事実が彼女を更に追い詰める。


「助けてあげましょうか?」


 彼女は顔を上げた。そこには、存在のぼんやりとした男が立っていた。

「だけど、ただ助けるなんてつまらない。そこまであなたを傷つけた者達に復讐しましょう。あなたには、その権利がある。あなたを壊すなんて、許せない。あなたを壊そうとしたもの全て、完膚なきまでに叩きのめします。無傷な皮膚に刃と突き立て、血の報復を」

 彼女の生気なき瞳に、たちまち強い光が宿る。

「壊して。この国総てを」

 しかし、すぐその瞳は光彩を失った。

「それが、あなたの望みならば、私は喜んであなたの下僕となりましょう」

 その男は、泣き濡れて髪が張り付いた頬に手を触れる。

「あなたは、何も悪くない。悪いのは全て私です。あなたは英雄のまま、この国を壊しましょう。悪いのは私と……君を傷つけ続ける彼だ……彼には、最高の結末を」

 倒れこみ泣き続ける彼女の称号は朱雀。朱雀国の国家元首。『彼』は朱雀を抱き止め胸に収める。朱雀が不思議そうな顔でその男の顔を見る。

「……あなたの名前は?」


「四凶のキュウキといいます」


 その名は四凶の一人、全てを壊す者の名だった。


 これが、朱雀とキュウキとの出会いだった。




 朱雀国は温暖な気候で一年を通し過ごしやすい国だ。人々は豪胆で鷹揚。だが、それは同時に、気が荒く、暴力に訴える人間も多いということだ。朱雀国元首は女性だ。無骨な者達をまとめていくのは並大抵のことではない。だが、朱雀は性別をも超え、勇ましく国を治めていた。表向きは。裏では、部下の一人、ガイシがほとんどの実権を握っていた。朱雀は祭り上げられた、ただの傀儡だった。自分の意の沿わないことを無理に言わされ、彼女本来の女性らしい振る舞いは禁止された。勇ましい言葉遣い、男らしい振る舞い。それを求められたから、何も知らなかった彼女はそれを享受した。実行できる器用さも持っていた。だが、それが不幸の始まりだった。彼女の無理は限界にきていた。ガイシは残虐な性質を持っていたからだ。それを実行させられるのは、朱雀だ。心優しい朱雀は、目の前でガイシに陥れられた者を断罪することが苦痛で仕方なかった。絶対的君主は朱雀であるはずなのに、ガイシは制度を盾に、狡猾に朱雀を導く。だが、朱雀国を統治する方法がそれしかないことも、朱雀は刷り込みによって知っていた。四国主には、必ず二人の腹心がいる。その腹心を四国主は自分で選ぶことができない。むろん、任を解く決定権も四国主は持っていない。それが、このゲームのルールだ。もし、そのルールを否定するば、朱雀の精神が崩壊する。ガイシは狡猾で残忍だ。人々がそのことを見えなくなるのは、美しすぎる外見のせいだ。彼はこの世の者と思えないほど美しかったのだ。彼は、その外見で全てを魅了し、自分の意のままに朱雀国を創っていた。朱雀がいるにも関わらず。ガイシが光なら、もう一人の腹心、シュンゲイは影だ。目立たないのだ。凡庸な容姿に凡庸な考え方。ガイシにいつも馬鹿にされていた。シュンゲイだけは、ガイシの魅力に堕ちることはなかった。彼女は、ガイシに初めて会った時から、好意を持っていなかった。その美しすぎる外見に惑わされることがなかったのだ。だからこそ、ガイシもシュンゲイが嫌いだった。自分の思い通りにならない女がいる。ガイシはシュンゲイに自尊心を傷つけられたのだ。朱雀はどちらの腹心も嫌うことはなかった。だが、それが結果として、二人にいい顔することになってしまったのだ。ガイシの意見だけでなく、凡庸で堅実なシュンゲイの意見も取り入れようとする朱雀に、ガイシは敵対心を持つようになってしまったのだ。もちろん、朱雀がガイシの外見に惑わされるようなことはなかった。それもまた、ガイシが朱雀に敵対心を更に抱かせる結果になった。シュンゲイはガイシを受け入れることはなかった。シュンゲイはガイシを邪険に扱う。朱雀は、その理由をシュンゲイに尋ねたことがある。

「だって、あの人、心の色が汚いんです。どんなに外見がきれいでも、あんなに心の色が汚たない人の側には寄りたくないわ」

 シュンゲイは、人の心が色として見えると言った。生まれつきだと。

「朱雀さまの心の色は見えません。私の力不足でしょうか?」

 彼女は、そう言って、自分のことを恥じた。ガイシと比べられ、凡庸と罵られた彼女は卑屈にならざる得なかったのだ。

「本当は、私、こんなところに来るような人間ではなかったのです」

 そう言って、シュンゲイは泣いていた。その気持ちが痛いほどわかる朱雀は、シュンゲイに好意を持っていたが、それを言うことはなかった。

「そのようなことを言うな。シュンゲイは私の大切な部下だ」

 それをガイシに聞かれいるなどとは、思わなかった。心優しい朱雀は、その場にガイシがしたとしても、ガイシも同じことを言い、ガイシも大切な部下だ、と言っただろう。そういう人柄だ。ガイシはそれを良くわかっていた。

「優柔不断なだけだ! なぜあんな人が朱雀なんだ! 中途半端な優しさは、人を傷つける!」

 ガイシは捨てられた子だった。その美しさを恐れた親はガイシを眠っている間に山に捨てた。そして、ある人間に拾われた。彼は、奴隷商を営んでいた。稀な美しさから、手元に置かれ、教育され、客を取らされた。彼の美貌は、

一晩で大金を稼いだ。逃れたかった。だから、客のツテを使い、朱雀国の腹心にまでなった。彼は、自分の美しさを武器にのし上がってきたのだ。だから、シュンゲイや朱雀を見ていると腹が立つ。何の苦労もせずに、のうのうと生きていることが。自分の権限が及ぶ限り、ガイシはシュンゲイと朱雀を追い詰めていった。

 まず、シュンゲイには薬を使った。依存が強い薬だった。幻覚を見て、人格が壊れていくのを見て、ガイシは至上の喜びを味わった。何より、今まで忌み嫌っていたガイシにシュンゲイは薬をくれるなら何でもするから、と縋ってきたきたのだ。しかし、彼女の人格が壊れている時間が長くなるにつれ、つまらなくなってきた。理解してしまったのかもしれない。シュンゲイが羨ましかったことに。彼女のように凡庸に生まれてきたかったのだ、自分は。そして、憎んでいると思っていたのに、シュンゲイが好きだったのかもしれない。彼女だけだったのだ。自分を否定したのは。拒絶し、嫌っていたかもしれないが、シュンゲイはガイシに笑顔を向けてくれたのだ。皆、ガイシを見ると、目の色が変わった。ガイシが欲しいという欲望しかなくなるのだ。彼の言うことは全て叶えられた。だが、笑顔を向けてくれるような人はいなかったのだ。醜い心を持った、ありのままの自分を見てくれた人は、シュンゲイが初めてだったのだ。理解するのが遅かったかもしれない、と思った。シュンゲイが夢うつつの時に、ガイシに言った。

「あなたは、ただ、悲しい人。あなたには何も罪はないの。その心の色だって、あなたが、他の人の汚い心を受け入れただけ。あなたの心は純白だったのに」

 そうシュンゲイが涙を流した時、全てを悟った。シュンゲイはもう長くない。薬で体も心もボロボロになってしまった。自分がそうした。

 そして、朱雀も衰弱していった。ガイシが冤罪をかけた者を何人も断罪して処刑させた。冤罪の証拠がなく、朱雀に処刑を止める方法はなかった。法にのっとり、罪を与えるしかなかったのだ。日に日に頬は痩せこけ、精神的に追い詰められていることがわかった。ガイシは自分がこの国を破滅に追いやったことを知った。

「あなただけが、悪いんじゃない。止められなかった私も悪いんだわ」

 シュンゲンがボロボロの体を引きずり、泣きながら言った。

「あなたが、たくさんの人の汚い心を受け入れたように、私もあなたの心を受け入れれば良かった」

「違う……悪いのは俺だけだ。なんでこんなことになってしまったんだ」


「その罪を償う方法をお教えいたしましょうか?」


 音もなく現れたのは、誰だっただろう。酷く存在が虚ろで、良く見えない、ぼやけた存在だった。

「終わらせればいいのです。朱雀さえいれば、この国は滅びることはありません。ガイシ、貴方がシュンゲイの命を奪い、貴方も自決すれば良いのではありませんか。そうすれば、次の腹心が決まり、朱雀国は存続します。貴方は責任を取らねばならないのではないですか? 貴方達は祖国である朱雀国を滅ぼすのですか?」

 悪魔の囁きだ。

 朱雀国の城下町では、こんな噂が流れていた。腹心であるガイシが、同じ腹心であるシュンゲイを害し、反乱を企てていたと。朱雀の手によって、反乱は治まった、というような噂がまことしやかに囁かれていた。












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