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四凶   作者: Ppoi
16/17

⑯リアルワールド

 四凶の世界での数年は、現実世界での何時間だったようだ。彼らの四凶での数年は、うとうとしているうちに終わっていた。驚くべきなのは、彼らは同じ時間に四凶の世界にいたわけではない。時間差が発生しているのだ。ある人物は、四凶の世界に行った後なのに、ある人物は、まだ行っていないので、これから四凶の世界に行くというように。その時間差のために、全員が、四凶の記憶を共有できるまでには、何年かかかっていた。だが、全員が記憶共有ができたわけではない。会えなかった者達も多い。




「え?」

 現実世界に戻った白竜は驚きの声を上げた。

「婚約発表……」

 そこには、若手ながらも実力派の俳優と女優の婚約の様子がニュースで流れていた。

「キュウキと朱雀だ……」

 幸せそうに笑う二人の外見はキュウキと朱雀そのものだった。

「無事に戻れたんだ。二人が、テレビでいつでも見れる人だとは思わなかったよ」

 白竜も嬉しくなって、涙目で微笑んだ。

「あたしも、やらないといけないことを、やらないと」

 今日は、鳳凰と赤竜と初めて会う日だった。特に頑なに拒み続けていた赤竜と会う約束をしていた日だった。


 公園の噴水の前だった。天気が良くて、人はまばらだ。あまり有名な公園でなく、小さい上に立地も不便なことから、人通りは少ない。この公園の鳳凰と赤竜はそこにきていた。実は、鳳凰と赤竜は会ったことがあった。他の仲間も集まったことがあったのだ。二人のフットワークは軽いので、そういう集まりに顔を出したりしているうちに、顔なじみになった。だが、白竜だけは違った。彼女だけは、絶対にそういった集まりに来ることはなかった。ゲームの中で会ったとはいえ、あれが実際にあったことか、半信半疑な二人は緊張していた。初めて会う相手なのだ。インターネット回線を通じてあんなに話しているのに、会って話すのが緊張するというのも可笑しな話なのだが。

 赤竜は、白竜が白竜であることにすぐに気付いた。外見がゲームの中と同じだったからだ。しかし、一つだけ違うことがあったこに驚き、同時にどうして今まで会ってくれなかったのかわかった。

「車椅子……」

 そう、白竜は車椅子だったのだ。

「今まで黙っていてごめんなさい」

 白竜は複雑な顔をしていた。

 赤竜も鳳凰も、何を言ったらいいかわからない顔をしていた。

「あのゲームの存続を一番願っていたのは、あたしだったと思う」

 自由に動き回れる足を持っていることに感激していた。

「本当は、ずっとあのままゲームの中にいられたらいいのに、って思った」

 白竜の哀しい笑みに、赤竜は自分まで哀しくなった。赤竜が白竜に近づく。ゲームの中でやっていたように、肩を抱く。ごく自然な動作だった。二人に何の違和感もない。

「青竜の会社グループは、あたしの父のグループと敵対しているの。もちろん、敵対しているのは、青竜の会社グループだけじゃない。父は容赦のない人でたくさん酷いことをしてきたわ。だから、父に恨みを持った人にあたしたち家族を乗った車に細工をしたの。母は帰らぬ人となって、父は助かり、あたしの足は動かななくなった。だから、赤竜。あなたに迷惑をかけたくないの。赤竜と話せるのは楽しいし、嬉しかった。でも、もうこれで終わりにしたいの。あたしがあの人の娘である限り、あなたに害しか及ぼさないわ」

 白竜はやんわり赤竜の腕を外した。彼女の瞳にあるのは、諦めと絶望だ。

「親とか関係あるの? 関係ないじゃないか!」

 赤竜が冷静じゃない様子を初めて見た。ネットで話していた時もここまで取り乱すようなことはなかった。

「一緒にいたいだけじゃダメなの? 問題なんて、片づければいいだろ?」

 公園の噴水の淵に座っている鳳凰は楽しそうに二人を眺めている。だが、二人に気付く様子はない。

「ダメじゃないけど……あたしは、車椅子だし、家のことだってそう簡単にはいかないのよ?」

「わかってるけど、一緒にいてほしい。君がすきなんだ!」

「……え?」

 二人の世界を作り出したので、鳳凰が止める。ここは公園だ。

「その続きは公の場じゃないところでやりなよ。いろいろ大変だけと思うけど、二人なら大丈夫だろう」

 アタシは腹が減った、と鳳凰が騒ぎ始めた。どこにいても、鳳凰は自由だ。

「どっかお店に入ろうか」

 赤竜が呆れたように言った。

「この近くに、いいお店があるの。そこに行きましょう……ここは、あたしの家の近所なの。だから詳しいわ」

 白竜が、笑顔で言った。その笑顔に曇りはなかった。それを見て、鳳凰が言う。

「答えは、たっぷり焦らしてやりな。赤竜はヘタレっぽいからビシビシ鍛えてやんな」

 鳳凰が自信たっぷりに言った。白竜はクスクス笑い、赤竜は渋い顔をした。




「本社から転勤してきたんですって」

「こんな地方の支社に? 左遷でもされたの?」

「なんでも、見分を広げたいから、いろんな支社を回ってるらしいわよ」

「本社のエリートなんでしょ、なんでそんなことする必要があるのかしらね」

「噂では、お嫁さんを捜しているらしいわよ」

「お嫁さん?」

「運命の相手を、って言ってたらしいわよ」

「じゃあ、この支社の女性は浮足立って喜んでいるんじゃない」

「でも、その人は、もう決まっているんですって」

「どういうこと?」

「会えば一目でわかるんです、って言ってたわ。相手もわかると思うって!」

「何それ? 昔会ったことがあるってことなのかしら?」

 彼女の胸の中で、何年か前に起こった夢のような出来事が頭をよぎった。あれは、自分ひとりの夢だった。そう結論づけている。他に覚えている人を知らないからだ。何にせよ、その男には、近寄らないようにしよう、と彼女はしみじみ思った。今日のお昼は、外に食べに行こうと、部署の外に出た時だった。

「トウテツ!」

 後ろからいきなり響いたその声に、彼女は覚えがあった。だから、全速力で逃げた。

「トウテツだろう!」

 彼女は、絶対に自分が見つからないと信じていた。信じていないことが起こったので、認めたくなかったのだ。だから、全速力で走った。だが、すぐに追いつかれ、腕を捕まれた。

「違う! 私はそんな名前じゃない!」

「否定するってことは、やっぱり、トウテツだ!」

 そう、そこにいたのは、忘れたくて仕方のない人、西虎だった。彼に呼ばれたのは、間違えなく、トウテツだった。

「変な人が変なことを叫びながら追ってきたら、誰でも逃げるわ」

「ねえ、トウテツ、オレの名前、呼んで。それにしても、現実世界では外見も、声も違うって言ってたけど、同じじゃないか。とっても綺麗だ」

 オレはあっちの世界でも外見が大体同じだったから、おかしいと思ってたんだよね、とぼやいている。気分が高揚しきっている西虎は、頬が紅潮している。会えて本当に嬉しいのだ。

「知らないって言ってるでしょ」

 トウコツも怒りのために真紅に染まる。

「やっぱり会えた! オレの勝ちだね。トウコツのことを見つけたら、オレのことを信じるって約束したよね」

「わかったわ、西虎。あなたの勝ちだわ。言ったことも信じる。だけど、今後、私に話しかけないで。さようなら」

 まだ社内だ。会社の人間の目が気になる。言い合っている二人は異様に目立っている。

「そんなことできると思ってるの? 信じてくれるって言葉は嘘だったの?」

 西虎の笑顔は限りなく優しい。だが、逆にそれが恐い。

「とりあえず、嘘じゃないって証明に一緒にお昼に行こうか。いいよね?」

 西虎の声は有無を言わなせない強い強制力を持った声だった。トウコツはしぶしぶついていく。だが、胸にこみ上げてくるものは、あの世界での同志に会えた嬉しさと、何ともいえない甘い気持ちだった。




「お嬢様、どうかなさったんですか? 嬉しそうな顔をして」

「今日、CDが届いたんだ」

「歌い手のお名前が混沌……? 珍しいお名前ですね」

「待ちに待っていたのだ」

「そうそう、ジャケットのイラストはお嬢様が手掛けたとおっしゃっていましたよね」

「そうだ。あの美しい歌声が、この世の人全てに届けばいいなと思っている」

「あら、是非、聴かせてください。早く、かけましょう!」

 茶器を手慣れた様子で扱いならが、霊亀専属のメイドが言った。霊亀は、働かなくても暮らしていけるよな莫大な財産を相続している。趣味で働くくらい勤勉ではないので、彼女は優雅な暮らしをしていた。時々、趣味で絵を描いて暮らしていた。その財力で玄武を捜し、コントンを捜した。コントンは捜したというよりも、約束を守り自分で出てきた。このCDは、玄武国で行われたことへの贖罪だった。タイトルも『贖罪』だ。

「あの世界は最早ない。だが、そこにいた者達は確かにいた。それだけで、いいのだ」

 コントンは今も歌い続けている。

 あの世界で歌っていた時のように、自分の歌声は美しくはない、と言っているが、才能があったのだろう。人を魅了する歌を紡ぐことができる。そして、外見も美しかった。

四凶世界のまま。だが、出会った当初は前髪を異常に伸ばし、顔を隠していた。彼は、学生だからその髪型を許されていた。美しい顔を隠すのは、もったいない、と霊亀は思うのだが、顔を出して歩くのは、酷く煩わしいことが多いそうだ。昔、顔を出していた頃は、変な人に誘拐されそうになったことが何度もあったそうだ。

 ジャケットの絵は彼そのものだ。霊亀はそれで満足している。そして、コントンは、今も前髪で顔を隠している。だが、彼はたくさんの人に見られるだろう。だから、いい。

 中国を思わせるような、二胡の音色が聞こえ始める。霊亀の心は、あの世界へと戻る。自分は、玄武城地下にしか思い出はないが、彼女は、過去にあった出来事をどんなことでも知ることができた。コントンの見た思い出の光景を知った。玄武国の美しい夜明けの景色。永久凍土でもある山々や大地には雪が積もり、人が住めないため誰一人として存在しない。コントンは初めて玄武国の土に足を下ろしたのだ。四凶としての称号を与えられたプレイヤーである彼は、その寒さを感じることはない。その静寂と大自然の力を目にして、コントンは何を思ったのだろう。無表情の顔から、何も読み取ることはできなかった。彼の生い立ちは、複雑だ。彼は、父親がいなく母親に育てられた。だが、母親は、あまり育児に熱心ではなかった。母親がお金持ちの年配の男性と再婚したが、父親や兄らと折り合いが悪く、彼は、いつも一人だった。悪い仲間とつるんだり、たった一人で遠くへ行ったりした。寂しさだけを抱えて。コントンは、悪に染まることはなかった。だが、頭は良くなかったので、利用された。愛された。その孤独な環境と、性格と、美しい外見。彼に歌がなければ、道を誤っていたかもしれない。四凶というゲームは、何のために存在したのだろう?

「現実世界に影響を及ぼさないはずの仮想世界が、現実世界に影響を及ぼしている」

 霊亀の独り言は、コントンの美しい歌で、誰の耳に届くこともなかった。

「あの世界は、本当に滅びたのか?」

 その言葉は、玄武にも伝えた言葉だった。

「滅びていないかもしれませんが、私達の手をもう離れました。私達があの世界に戻ることはないと思います。それは、滅びたも同じでは?」

 驚くことに彼は、盲目だった。四凶の世界で、視界があるということを酷く新鮮に感じたと、笑っていた。死ぬほど耳がいい彼は、CDを形にした。約束を守ったのだ。

「……何が正しいかは、解らないが、これで良かったと胸を張って言えるのだから、これが正しかった」

 独白は、永遠に残る。彼女の記憶の中に。



『何か大事なことを忘れてる気がする』

『心にぽっかり穴が開いたみたい』

 黒と黄色の光に包まれた満月の夜、空を見上げながら、そう考える二人がいた。



「何も覚えていないの?」

「ええ、そうなの」

 そこには、病院のベッドから起き上がった状態の黒竜と、スーツ姿の青竜がいた。

「だけど、夢の中でとっても大事なことを言われた気がするの、子供の頃に会ったきりの妹に」

「……もしかして、彼女も四凶の世界に来ていたのかもしれないな……」

「どうしたの?」

「いや、会いにいかないのかい?」

「今更、どんな顔をして会えばいいかわからないし、正直、両親は、私も妹も別々のところに捨てたも一緒な気がするの……なんていうか……上手く言えないんだけど、会いに行っていいかわからないの」

「俺が一緒に行くよ」

「一緒なら……行ってみようかしら……」

 眠った状態から一週間、目が覚めなかった黒竜はずっと入院していた。そして、四凶の世界であったことを一つも覚えていなかった。自分が刺されたことも、四凶の世界に存在していたこと全て覚えていなかった。青竜は四凶の世界に存在したことを覚えていた。もし、黒竜の妹も四凶の世界に存在していたのなら、覚えているかもしれない。弟である赤竜も覚えていた。憶測だが、四凶の世界で死を迎えた者は、世界があったこと自体を覚えていないのかもしれない、と青竜は考えた。


「じゃあ、君も覚えているんだね、四凶の世界のこと」

「ええ、覚えている……と思います」

「思います?」

「いたっ……所々記憶が抜けている気がします。思い出そうとすると、頭痛がして……」

 黒竜は妹を前にして、全く話をすることができなかった。代わりに青竜が話していた。黒竜には、全く意味のわからない話だった。

「最後はどうやって終わったの?」

「自分の胸を刃でついて、あの世界は終わりました。あの世界の存在の鍵は私でした。だから、青竜国が滅んだ時に、私は、この世界を終わらせるべきだと思って……いたっ」

「無理しなくてもいいよ。また、お姉さんとくるから」

「貴女がが覚えていないなんて!」

 麒麟は、苛烈な瞳で黒竜を睨み付けた。怒りをぶつけていた。麒麟にしてはめずらしい所業だった。黒竜は、いつもの強気な姿勢が嘘のように、動揺して、後ずさった。そして、足がもつれて後ろ向きに転倒した。

『私たちの未来を救ってください』

 麒麟の必死に懇願する顔がフラッシュバックする。そして、その願を、助けを求めた麒麟を拒絶した。ああ、私の罪はこれだ。黒竜は、悟った。罪は償えるだろうか?

「大丈夫か!」

 青竜が顔色を変えて、駆け寄った。

「これ以上、心配させないでくれ」

 四凶の世界で黒竜を守れなかったことを悔やんでいるのだ。

「……麒麟……私は、あなたの未来を救うわ。待っていて」

「思い出したの?」

「記憶が光ったみたいに戻ったの。思い出した。未来と守る……それくらいしか出来ないけれど、たくさんの希望に溢れる子供の未来を守る」

「……前と言っていることが全然違うんだけど?」

「そうね、変わらないと。あなたは、こんな成長した。すごく変わった。時はどんどん流れていくけど、私だけその流れから取り残されるのはいやだわ。それに、不幸なのは、私だけじゃなかった。いえ、不幸って言葉を自分に当てはめるのも良くなかったわ」

 協力してほしいの、と黒竜は青竜に言った。

「一端、帰るわね。また来るわ」

「ありがとう……お姉さま!」

 麒麟は、初めて感情的に話した。十七歳という年齢に相応しい笑顔だった。


「トウテツ!」

 そこには、赤竜がいた。トウテツの家の近くのコンビニで待ち合わせをした。こうして赤竜と会えたのも、青竜が必死になって、トウテツを捜したからだ。四凶の世界で捜さないでと言ったのだが、今となってはこうして捜し出してくれたことに、感謝している。

「どうも」

「トウテツが学生だなんてね。高校三年生? 頭いいんだってね。兄さんと同じ大学に行くって聞いた。奨学金で」

「ええ、おかげさまで」

「全然、俺のおかげじゃないけどね。あ、兄さんはちょっと仕事が忙しくてこれないんだって」

「そうですか」

「にしても、十八年ぶりのロマンスっていいね」

 今、トウテツの母親と、赤竜の父親が会っているのだ。父親は、青竜とトウテツの父親でもあるが。

「母も喜んでいて、意外でした。本当は、会いたかったのでしょうね」

「……そういえば、四凶の世界の最後ってどんな感じだったの?」

「いたっ……」

「大丈夫?」

「思い出そうとすると頭痛がすることがあって」

「無理に思い出さなくてもいいけど」

「いいえ、確か自分の胸に刃を刺しました。そうすることで世界が終わったと記憶しています」

「あれ? 俺、麒麟が最後の鍵だと思ってた」

「麒麟?」

「知らないの? 麒麟が滅べば、この世界が滅ぶと思ってたんだ。確かそういう設定だったんだけど。麒麟とトウテツも繋がってて一緒に滅ぶんだ。二人は一心同体だから。どんなに麒麟が存在を望んでも、四凶のトウテツが青竜に負けで滅びれば、四凶の世界は終わる。鍵はトウテツもだよ」

「いたッ!」

「さっきからどうしたの?」

「何か大事なことを忘れている気がするのに、思い出せないんです。そこだけぽっかり穴が開いたように」

「なんだろうね。あ、そういえば、西虎に会ったよ。西虎は、俺のこと知らなかったけど、俺は知っていたから。俺と同じ会社で働いてたんだ。トウコツを見つけたって大騒ぎしてた」

「トウコツを? それはすごい執念ですね」

「あんまりにも可哀想だから執念とか言わないであげて」

「皆、四凶の世界をいいものとして受け入れているですね」

「俺が知っている限りでは、皆そうだよ」

「世界を滅ぼした責務を背負って生きていかなかなければなりませんね」

「それは、トウテツだけが背負うものじゃないよ」

 トウテツは、諦めたように笑った。結局の咎は、自分にあると肯定したようなものだ。そんな笑い方だった。

「そろそろ、失礼します。青竜によろしくお伝えください」

「はいはい」

 優男風の見た目に反して結構、頑固で強情、と赤竜はつぶやいた。

 帰り道、美しい歌声がCDショップから聞こえた。

「コントンの声?」

 店の中に入り、確かめる。一枚のCDを取り、満足そうに微笑んだ。あの美しい声はたくさんの人に聞いてもらいたいとトウテツも思っていた。きっと、コントンは、あの世界で一番、歳が近くて、一番理解できていた人だったと思う。純粋に嬉しかった。


「ハンカチを落としましたよ」

 男性と女性が道を歩いていた。女性の方がハンカチを落とした。それを拾って女性に声をかけた。

「麒麟?」

「え?」

 男性の方が振り向いて、すごい勢いで話しかけてきた。

「やっぱり麒麟だ! 声がまんまだもん」

「西虎?」

「そうだよ! トウコツもいるよ。お嬢様学校の制服だね。なま女子高生だ!」

 西虎をトウコツは冷ややかな目で見た。

「お久ぶりです。いや、はじめましてでしょうか。変な感じですね」

 そんなことには気づかずに、のんびりと麒麟が言った。

「どっちでもいいわよ。それより、トウテツに会えたの?」

「……トウテツ? いたっ」

 麒麟は頭を押さえた。

「トウテツよ! あんなに恋焦がれていたじゃない!」

「恋焦がれる……? 何か大事なことを忘れている気がするんだけど、思い出せないの……頭痛がして、思い出せないの」

 西虎とトウコツは顔を見合わせた。西虎は携帯電話を取り出し、ちょっと外すと言い、ある人に電話をした。

「本当に覚えてないの?」

 トウコツは心配そうに麒麟に話しかけた。頷く麒麟は幼い。高校生なのに、小学生と言っても疑われないような容姿をしていた。

「携帯持ってる? 連絡とれるようにしよう」

「あ、持ってないの。ごめんなさい。孤児院の電話番号を教えるから、そこにかけてもらえるかな?」

 トウコツは堪らないという顔をした。

「私の家に遊びにきて。この近くなの。孤児院から許可を取れば大丈夫かしら? 一緒にご飯でも食べましょう」

「ありがとう」


「え、トウテツ携帯持ってないの?」

『そうなんだよ。だから、家まで行って呼んでこないといけないんだ。家の電話もないっていうんだから……』

「アナログ生活してんの?」

『うん、まあ。それより、何したの? いきなり』

「麒麟が見つかったんだよね」

『麒麟が?』

「なんかトウテツの記憶だけがなくなってるっぽい」

『四凶の世界の記憶自体はあるってこと?』

「そ、だから、二人を会せたらどうかなって思って」

『わかった。なんとか都合つけてみる』


トウテツは、たまたま、今日に限ってバイトが入っていなかった。工事現場、新聞配達、高校生ができることは何でもやった。バイトが入っているため高校から直接の帰り道はめずらしい。世界は橙色に染まっている。日暮れがもうすぐだ。湖面が綺麗な色に染まっている。周りに人気はない。めずらしいな、と思いながら歩いていた。母親の病院に寄って帰ろうとしたところだった。前から、金色の光を纏った少女が歩いてきた。目が離せなくなった。実際には、彼女は金色の光を纏ってはいなかった。彼には、確かに金色の光が見えた。二人がこの場にいたのは、偶然だった。麒麟は、孤児院に戻りたくなかったので、遠回りをして帰ろうとしていたところだった。


 瞳と瞳が合う。


 二人の記憶がフラッシュバックする。

 

 トウコツは、高校の情報処理室にいた。その日の放課後は、パソコン部員だけじゃなく、誰でもパソコンが使えた。

 インターネットの画面が開き、画面がいきなり、真っ黒になる。

『四凶

 あなたは、選ばれました。

 今の生活に満足していますか?

 あなたをこのような目にに遭わせる世界を、人々を見返してやりたいとは思いませんか?

 選ばれた世界で、あなたは夜の支配者です。

 何でもできます。その資格があなたにはあります。

 もし、この世界に行き、成すべきことを成せたら、大事な人を守れるかもしれません。

 それを成せるかは、あなた次第です。

 慎重になり、可能性を捨てるか、決意し、可能性に賭けるか、選択権はあなたにあります。


 四凶というゲームに参加しますか?』


『はい』


『いいえ』


 トウテツは、少し悩み、『はい』のボタンを押した。トウテツは粒子になり、パソコンの画面に吸い込まれた。意識はブラックアウトした。

 母親は、父親の勧めで、絶対に受けようとしなかった難しい手術を受けることにしたらしい。海外で受なければならないし、トウテツを思い、手術を受けることができなかったのだ。だが、父親が説得した。生きる可能性があるなら、賭けてほしいと。もし、母に何かあっても、父親がトウテツに関して責任を持つと言ったのも大きい。そう、四凶というゲームは、本当に大事な人を守ってくれたのだ。手術は成功するだろう。

 

 麒麟は、施設のパソコンの前にいた。シスターが忙しくてできない処理を手伝っていた時のことだ。突然、インターネットの画面が、発光し開いた。

『四凶

 あなたは、選ばれました。

 今の生活に満足していますか?

 あなたをこのような目に遭わせる世界を、人々を見返してやりたいとは思いませんか?

 選ばれた世界で、あなたは人々の希望です。

 何でも知ることができます。

 もし、この世界に行き、あなたがある人物に会うことができれば、あなたの周りの環境を変えることができるかもしれません。

 それができるかは、あなた次第です。

 慎重になり、可能性を捨てるか、決意し、可能性に賭けるか、選択権はあなたにあります。


 四凶というゲームに参加しますか?』


『はい』


『いいえ』


 麒麟は迷わず、『はい』を選らんだ。この状況から抜け出したかったのだ。麒麟は粒子になり、パソコンの画面に吸い込まれた。


 二人が目を開けるとそこには、黄麟国の塔で、向かい合って、トウテツと麒麟のお互いがいた。夕暮れが終わるか終らないかの時だった。そこから始まったのだ。そして、今も、日暮れがほぼ終わったような公園で同じように向かい合い、二人の思い出が甦る。


 麒麟はへたりこみ嬉し涙を流す。


「会えないと思ってた」


「私も」


「会えたね」


「うん」


 トウテツは、麒麟を持ち上げ、抱き合った。

 彼らの未来が明るい、というわけではない。彼らには、困難が幾重にも立ちはだかるだろうし、彼らを取り巻く現在の環境は厳しいし、簡単に変えられるわけもない。しかし、彼らの経験や思いは決して消えない。永遠に。














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