⑬玄武崩落
「西虎国とられちゃったけど、よかったの?」
「ええ、かまいませんよ。コントンと俺が国を落とせば勝ちですから。正直、トウコツは四凶として、勝ちはなかったと思います」
「身内に厳しいね」
「いいえ、事実を述べたまでです。それに、彼女の能力は不自由すぎるんです。ですが、トウコツ個人としては勝ちでしょう。あそこまで、西虎に思われれば、トウコツは一人勝ちです」
「トウテツの最後の言葉、聞こえてた。ボクはバカだけど、個人じゃなくて、四凶として必ず勝つよ。それが、ボクがここにいる意味だから。トウコツの分まで。だから、トウテツも必ず勝つと約束して」
「俺は必ず勝ちます。越えなければならない壁は高いですが」
「ボクは、きっと、トウテツと会えるのは、最後だ」
コントンの顔は、悲しみに歪んでいた。あと少しで涙が落ちそうだ。
「健闘を祈る!」
コントンは涙目のまま、笑顔を作って拳を突き出した。トウテツも拳を突き出した。拳同士がガツンと鳴った。
「健闘を祈っています」
トウタクは優しく笑って、闇に溶ける。
「きっと、この世界でも、現実世界でも、会えるのは最後です」
小さくつぶやいた呟きは闇にかき消されていた。
コントンは、霊亀に言われた通り、ショウズとヒキに玄武城地下の隠された部屋の捜索をさせることにした。
「ねえ、玄武。今日は気になって歌えないんだ」
「何があった!」
「地下の迷宮に間違って入っちゃったんだけど、開かない扉を発見したの。あの中に何があるか、知りたいの。あの、二人がいたよね。ショウズとヒキだったよね? ボクは会ったことがないけれど。あの扉を探して開けてもらえないかな?」
「私が探そう」
「玄武が危ない目にあうのはイヤだよ」
「しかし、家臣にそのようなことをさせるのは……」
「玄武が探しに行ったら、歌わない。命令して。あの二人に。お願い……ダメ?」
「いや、そこまで言うのなら。ヒキは代々、地下の迷宮の管理を任されている一族だ。彼女なら、その扉がどこにあるかわかるだろう。二人がその扉を探して開けたら、また歌ってくれるね?」
「うん!」
コントンは、玄武の後ろ姿になぜか、悲しくなった。
「……ボクはバカだから良くわかんないけど」
呟きは風の中に消えた。
「地下にある開かない扉を開けて、ほしいんだ」
「はい、なぜでしょうか?」
ヒキが怪訝そうな顔で聞いた。
「開かない扉があるのが不思議でならないんだ。無理なのかい?」
「いいえ。ただ、王が地下のことを気にするのが意外だったものですから」
少女といってもいいほどの小柄な少女は、玉座に座る主を見上げていた。
「では、二人に頼んでもいいね?」
「二人? いえ、王、わたしの一族は代々地下の管理を任されているので、平気ですが、ショウズは……」
「いいえ、王の命令とあれば、やらせていただきます」
「ショウズ!」
そこにいたのは、年端のいかぬ少年だった。
「王、火急の要件とのことで、お呼びが入っておりますが」
「今、行く。ショウズ、ヒキ、頼んだよ」
『はっ』
玄武の背中が消えるのを見届けると、ヒキがショウズを責めはじめた。
「ショウズが地下に入れば死ぬわよ! なんで引き受けたの!」
「おれだって、手柄を立てて、王に認めてもらいたいんだ!」
ショウズは幼少であるがために、補佐としての役目をあまり果たすことができなかった。それは、ヒキも同様で、補佐としての役目は、二人の親に委ねられていた。
「あと十年は無理よ!」
「それでも、早く認められたいんだ!」
「わたしは知らないわよ! ちゃんと忠告したんだからね!」
そして、二人は、地下へと行くことになる。ヒキは、こなさなければいけない公務があった。ショウズがすぐに地下に行く決意をしているなどとは思わなかったのだ。だから、ショウズを止めることができなかった。後に、これをヒキは心の底から後悔することとなった。
「~~~♪」
ショウズは美しい歌を聞いた。まるで操られるように引き寄せられた。地下の空気は毒素を含んでいる。ショウズが地下を歩き回るには、息を止めるしかなかった。今日は、ヒキにも黙ってきてしまった。そんなに長居をするつもりがなかったのだ。だが、歌が全てを狂わせた。歌の元を捜して歩き回ってしまったのだ。結果、少年は、息の限界がきてしまった。しかし、ショウズはそんなことにも気づかなかった。命を左右する重大なことなのに、だ。
「君はもう息をしているよ」
言葉を放たれた時でさえ、その美しい声と、外見に思考を奪われていた。自分が倒れたことにさえ気づいていないようだ。
(綺麗な歌。美しい人。天使が迎えにきたのかもしれない)
最後の力で、そう思考する。
「さようなら、哀れな少年、ショウズ」
圧倒的な美しい響きで君臨する人物、コントンだった。
少年の息がどんどん弱くなっていく。だが、濁った瞳でコントンを見つめる顔は安らかだ。ショウズを見ながら、コントンは力の限り歌った。鎮魂歌のように。
「……なぜ、この少年が死ななければならないの?」
少年に何の罪もない。ただ、ゲームの駒として生まれてきてしまっただけだ。
「……ボクは……ボクは……人殺しなの?」
コントンの瞳からは、涙が滝のように流れていた。なぜ、彼が四凶として、ゲームのプレイヤーなのか、誰も知らない。その運命を受け入れて、実行する以外に彼の存在意義はない。だから、四凶としてこの世界で生きることと役目を果たすことは強制だ。彼はそれを望まなくとも、行動しなければならない。
「……誰かボクに教えて」
「ショウズがいなくなった、というのですね」
玄武は難しい顔をしていた。
「はい、もしかして、地下に入ったのかもしれません……ショウズは……わたしのように毒に抵抗がありません。なんらかの要因で、地下の空気を吸い込めば、命はありま…せん」
ヒキの顔は暗かった。生きていてほしいと思う。だが、状況は絶望的だ。小さな少女の胸は張り裂けんばかりに痛いだろう。
「ヒキ……捜索をお願いできないだろうか。私では迷ってしまう……情けないことだけれど」
「いいえ、私がやらなければなりません。あの時、止めておくべきでした」
「辛い役目を押し付けることになってしまう。力不足な私を許しておくれ」
「王が力不足なわけではありません。これがわたしの役目というだけです」
辛い顔をして、少女は地下に潜る。見送る玄武の顔は悲しみに満ちていた。
「玄武国の運命は、ヒキ、君にかかっているんだ。私自身には止めることなどできはしない。それが、私の望みでもあるのだから。そんな重い役目を任せてごめんね、ヒキ」
彼は、本当に悪いと思っているのだろうか。それとも、彼はとっくに王座に飽いてしまっていたのかもしれない。だから、自ら手を下すことなく、流れに身を任せたのかもしれない。彼の心中を知る者はいなかった。
「~~~♪」
歌が聞こえる。なぜかわからないけれど、酷く心を揺さぶられる歌だった。美しい旋律。だが、ヒキには何を歌っているのか言葉を理解することができなかった。
「まるで……ショウズの死を悼んでいるみたいな歌」
そう、確かに歌主コントンは、悲しみの歌を歌っていた。英語で。
パコッ。
静かな音を立てて、落とし穴が発動した。ヒキには理解できなかった。罠の場所は全て把握しているはずだ。
(なぜ、こんなところに落とし穴があるの?)
玄武城の地下の落とし穴の下は、全て剣山のような針山になっている。
(ああ、そうか。)
任に見放されたんだ、とヒキは理解した。毒が効かない者は血筋の中でも生まれてくるのは稀だ。自分以外に毒素に染まらなかった死んだ母親の声が聞こえる。玄武城の地下が管理できなくなった時、それは、玄武城から任を解かれた時なのよ、と。そうして、母も命を落とした。
(早かったな)
ヒキは笑っていた。思っていたよりとても早い結末だった。
(あの歌ってた人が悲しまないといいな)
彼女の身体は闇に消えた。
その瞬間、玄武国の領土が突如消えた。消滅したのだ。
「終焉か」
霊亀が目の前の者に尋ねた。霊亀のいる部屋だけは、決して消滅することはない。彼女が特別だからだ。核シェルターのように、そこだけが残る。
「ええ、そのようです」
そこにいたのは玄武だった。コントンが見つけられたのだ。玄武に霊亀を見つけられないわけがなかった。
「望んだ結果か?」
「進んで望んではいなかった。けれど、ずっとこの世界にいるわけにはいかないでしょう。選択を委ねただけです。どちらが勝つか。私の負けですね。ある意味勝ちかもしれませんが。霊亀、あなたの望んだ結果ですか?」
「否。私は別にこの結果を望んだわけではない。ゲームは終わる時は終わる。コントンだけが心配だが」
ガチャ、扉が開いた。この扉を通れるのは、霊亀以外のプレイヤーだ。霊亀はこの扉の外に出ることはできない。代わりに、過去に起きたことを一秒前でも知ることができる。彼女に知り得ないことはない。コントンが酷い悲しみの果てにいることも知っている。
「二人は知り合いだったんだ」
コントンだった。滂沱の涙を流していた。
「ボクの勝ち……四凶の勝ち。だけど、全然、うれしくないんだ。ショウズは死ぬ必要があったの?」
玄武も霊亀も何も言うことができなかった。
「ボクと変わらない人間に見えた」
「忠告を聞かずに会ってしまったんだな」
霊亀が眉を顰めながら言う。
「……対価を言って。ふさわしいだけの対価を。霊亀」
「ああ、前に言っていた……答えは決まっている」
「私は、現実世界でも御前の歌が聴きたい。私に届くくらい有名になれ」
「先に聞いておけば良かった。そんな約束しなかったのに。これじゃあ、何が何でも有名にならないといけないじゃないか」
コントンは泣き笑いという不思議な表情をしていた。そして、次の瞬間、倒れた。まるで、糸が切れたマリオネットのように。玄武が慌てて駆け寄る。
「眠っている……」
「コントンの歌うための対価が、眠ることなんだ。ずっと眠っていなかったから、このゲームが終わるまで、起きることはないだろう」
「彼は……コントンは現実世界で歌ってくれるだろうか?」
「さあ? 私は歌う者じゃないからわからないが、もし、彼に才能があって歌い続けることを望むなら、必ず私のところまで声が届くだろう」
「そう、ですね」
玄武は曖昧に笑った。
「彼の歌声は、四凶としての能力だったのでしょうか?」
「だとしても、玄武である御前には、その能力は効いていないだろうな」
なぜか、玄武の顔は曇った。
「現実世界で会いたくないですね。現実にあんな声があったらと思うと少し怖い気もします」
「嫉妬か?」
「……そうかもしれませんね。私は歌う人間ではありませんが、あそこまで圧倒的だと、羨んでしまうかもしれない」
「私は、良いモノが良いモノとして受け入れる。そういえば、御前も私に対価を払う必要があるんだったな。国の立ち上げの時に散々アドバイスした」
霊亀は意地悪く微笑む。
「御前はコントンが有名になれるように、現実世界で必死に動け」
そして、私にその歌が届くようにしろ、と言う霊亀の笑みは全てを従わせる王者の笑みだった。玄武の答えは決まっていた。