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四凶   作者: Ppoi
12/17

⑫偽装

 西虎とトウコツが飛ばされた場所は、塔の中だった。二人は、気を失っていた。ほとんど日が入ることない薄暗い塔の中だった。真ん中が吹き抜けのような形になっていて、円形に合わせて螺旋階段がある。階数ごとにしきりのような床がある作りのようだ。西虎は血まみれの着衣のままだったが、螺旋階段を登り、窓を見つけて扉を開けた。まぶしい日の光が入ってきた。ほこりが舞い、外から新鮮な空気が入ってくるのがわかった。

「この眺めは……西虎国がみえる。朱雀国があった場所なんだろうか……何も見えない。大きな穴のような闇があるだけだ」

 トウコツはその声には全く反応しなかった。西虎は逆の窓の扉を開けた。

「たぶん、東にあるのが、青竜国、北にあるのが玄武国だ。ここは、黄麟国の塔の中ということか?」

 そう、この世界の真ん中に位置する黄麟国に存在する塔の中だった。最上階には、麒麟がいるはずだ。トウコツが座り込んでいるすぐ側に都合のいいことに、服と食糧があった。西虎は、トウコツがいるにも関わらず、血の付いた服を投げ捨て、新しい服をきた。投げ捨てた服を、箪笥のような物入れの中に突っ込んだ。

「トウコツ?」

 トウコツの肩をゆさゆさと揺さぶった。

「……首が痛いから、そんなに揺すらないで」

 西虎はほっとしたように息を吐いた。

「顔にも血が付いているわ。あなたからは見えないだろうけど、私は不快よ」

 トウコツは、立ち上がり、瓶の中に入っている水を柄杓ですくい、持っていたハンカチのような布を濡らした。西虎の顔を拭いていた。

「私を好きって本当なの?」

 丁寧に優しく頬を拭う。

「本当だよ」

 迷いがない、熱い口調で言った。

「ねえ、鏡を見たことある?」

「そりゃ、あるよ」

「現実世界での顔と、今の顔って全然違うわよね」

「そうだね。ゲームのキャラ設定の顔になっているみたいだね」

「ずっと考えていたの。私たちは皮を被っているような状態なのよね」

「そうだね、ゲーム用の綺麗な顔の皮を無理やり被せられている状態だね」

「本当の私を知らなくても、あなたは、私が好き?」

「それは、外見って意味だよね。オレは、トウコツの外見を知らなくても、好きだよ。好きな気持ちに偽りはない」

「それは、嘘だわ。私は、現実世界で、こんなに綺麗じゃない。声だって違うわ。西虎は、現実世界での私を好きになんてならないわ」

「現実世界で会ってほしい」

「好きになるわけないってわかってるのに、会わないわ」

「それって、オレの気持ちが迷惑ってこと?」

「違うけど……もう、西虎とは会わないわ。だから話す……私は自分に自信がないの」

 トウコツは決意したように、大きく息を吸い込み、それを吐き出した。

「私ね、高校の時、いじめられてたの。仲間はずれにされて、無視されて、仲よくしてくる人もいたけど、自分を完全否定されて生きてきたの。その人たちからは、人間扱いなんてされなかったわ。ドッチボールのボールを顔にぶつけられたこともあった。バッグで誰にも見えないように殴られたこともあった。嘲られたし、酷い中傷を受けてきた。その人達と仲が良かったことなんてないし、話をしたこともなかった。私、何も言えなかった。そんな人たちから敵意を向けられる意味もわからなかったし、そんな人たちいたことを気にする価値もないと思ってたの! 本当は、人を嘲るような人たちと闘わないといけなかったんだわ! でも、その時の私は、酷く傷ついていて、そんな気力も、理解者もいなかった……闘えなかったの。何も感じないふりをしていたの。今でもそれが悔しくて悔しくて仕方ないの。私は、それを越えないと、きっと人間になれない。自分の人生に価値がないの」

 泣いていた。トウコツはハラハラと涙を零していた。

「このこと、はじめて話した……過去はまだまだあるのよ? だから、わかるでしょ? それでも、私を好き? 自分を好きじゃない私は、あなたを好きになる余裕なんてないわ」

 トウコツの声はカラカラに擦れていた。泣きすぎて、鼻がつまって苦しそうだったし、酷い鼻声だった。その顔は、いくら皮を被っていても美しいものではなかった。

「一目惚れで、トウコツを絶対、オレのものにするって決めたんだ」

 西虎の声には、迷いがない。笑顔が涙ににじんだ眼前に見える。

「トウコツが辛い目にあったことで、今のトウコツがここにいるなら、オレはそれでいい。オレが好きなのは、今のトウコツだし、これから、オレと一緒にいるトウコツだよ」

 トウコツは立ち上がった。

「じゃあ、現実世界でも、私を見つけられたら、西虎の言ったことを信じる。大体、この世界での出来事を現実世界で覚えていないかもしれない。私を見つけることは、無理だと思う」

「どうして無理だなんて決めつけるの?」

「私の外見も住んでる場所も知らない。どうやって見つける気なの?」

「絶対、見つけてみせる!」

「ご自由に、どうせ見つかりっこないんだから」

 半ば怒鳴り合いになっていたところで、コンコンっと上から音が聞こえた。

『不毛な押し問答はその辺にして上に登ってきてくれないかしら?』

 透き通るような綺麗な声だった。

『本当は、下にいきたんだけど、私は塔の上から離れることができないの』

 西虎とトウコツは、最上階まで登ったと思ったが、彼女の姿はなかった。

『これより更に上があるの。でも、私がいるところへ来る道はないの』

 天井から声がした。

「あなたは、それで困らないの?」

 トウコツが不思議そうに天井に話しかけた。

『私、麒麟は、睡眠も食事も必要ないの。だから、何も困らないわ』

「そういう意味じゃなくて、さびしくないの?」

『……ある方が会いに来てくれていたから、さびしくはなかったわ。でも、もうこないわ』


 麒麟は涙を流しながら、前日の夜にあったことを思い出した。

「麒麟。俺はここにくるのが最後になりそうです。君は、一人ではなくなるのです。だから、大丈夫。俺のこと、その千里眼で見ていてください」

「なぜ、ですか、トウテツ! 一人ではなくなるからと言って、私と会えなくなる理由はないはずです!」

「ゲームエンドの者がこれから来ます。君はその対応を迫られるでしょう。俺は、まだ現役のプレイヤーです。プレイヤーでなくなった者達に会うことはできません」

「いやです! トウテツ!」

「もし、また逢えたら、きっと、敵同士でしょう。君と俺はそういう運命です」

「そんな!」

「君が幸せになることだけを祈っています」

 トウテツは闇に掻き消えた。優しい笑みだけを残して。


「麒麟? 泣いてるんですか?」

『いいえ、ちょっと思い出してしまって。大丈夫よ。あなた達より辛い思いをしたわけじゃないわ。私は、あなた達に起きたことを知っています。そして、この世で起きていることで、私がわからないことはないわ。なんでも聞いて』

 ぐ~~~。

 間の抜けた音がした。西虎のお腹の音だ。

「はずかしい」

 トウコツが赤い顔をして、横目で西虎を見た。

「下に食糧があったはず。麒麟、食べ終わったら、また来ます」

『ええ』

 西虎とトウコツは一番下の階に戻った。

 二人は都合良く用意された食事を食べていた。

「トウコツ……? 涙?」

 西虎が言った。

「いいえ、私は泣いていないわ……西虎こそ泣いているの?」

 トウコツは頬っぺたを差した。

「上から?」

 ピシャっと頬に何かが当たる感覚に、西虎は上を向いた。

『トウテツ……』

 それは、麒麟の涙だったのだ。

「麒麟に会いにきていたのってトウテツだったんだ」

 トウコツは悟った。階段を駆け上る。

「ねえ、麒麟の思い人はトウテツなの?」

『……思い人と呼べるかどうか』

「好きなの?」

『わからないわ。わかるのは、もう会えないことぐらい』

「会えないの?」

「オレ達がここにいれば、トウテツはここにはこないでしょう」

「私たちのせいなの?」

『否定はしないけれど、そもそもトウテツが私のところに来ることがおかしなことだったんだと思う』

「現実世界でもトウテツに会いたいと思いますか?」

『……考えたことはないわ』

「考えてください。自分の思いがどの程度なのか」

『……私は現実世界でも檻の中なの。トウテツに会いに行くことなんてできないわ』

「それは、関係ないと思いますよ。あなたが、どれだけの思いを持っているかによってそれは変わりますよ。檻を破っても会いに行きたいか、それとも、それだけの思いがないか。ちなみに、オレはトウコツを絶対に見つけ出します!」

「無理だから」

「こんな言葉じゃ、オレを止めることなんてできません、ってくらいの思いが必要なんだと思いますよ」

『そうね……でも、今できることは、ないわ。それよりも、朱雀国が滅びたところからお話ししたほうが良いかしら?』

 麒麟の声は沈んでいたが、二人は事の真相を知りたかったために頷いた。

「話してください」

西虎が言った。声を出さないと、麒麟には伝わらない。麒麟の表情さえ、二人にはわからないのだ。彼女は、神のような存在であるから、孤独なのだ。




 西虎は塔の窓から空を見上げていた。彼に似合わない憂鬱な顔をしていた。

「どうしたの?」

 こんな状態の西虎を見たことがない。トウコツは心配そうに尋ねた。

「……どう、つぐなえばいい?」

「え?」

「オレは、どうつぐなえばいいんだと思う?」

「……何を?」

 トウコツは嫌な予感がした。これから話されることには、自分も深く関わっていて、どうしようもできないことだと感じた。だからこそ、西虎の言葉を絶対に聞かなくてはならない。

「……ホロウのこと」

 西虎は、重い口を開いた。トウコツはその言葉に心臓を貫かれた。とっさに、西虎を抱きしめた。西虎によって慣らされた体温。酷く身近なものになっていた。西虎はずっと悩んでいたのだ。それを表に出さなかっただけで。

「……わからない。これが現実なのか、そうじゃないかもわからない。つぐない方なんてわからない。ごめん、私も同罪だわ」

 トウコツは泣いた。息が苦しくなるほど泣いていた。逆に西虎は無表情だった。

「一生……忘れない。オレは忘れないでいようと思う。それで、ホロウが救われるかはわからない。オレの罪が償えるかわからないけど」

「わった…しっも……わすっれ…ない」

 あの強い瞳も、強気な発言も、彼女がここで生きていたということも。もちろん、ヘイカンのことも。

 一気に泣きすぎて苦しい状態で嗚咽まじりになりながらも、トウコツは言う。

 ここであったこと全てを忘れないだろう。

 夜の闇だけが、彼らを包んでいた。



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