⑩創造者
「どうして……」
そこには泣き崩れる女性がいた。
「君のせいじゃない……」
傍らには、同じ年頃の青年が寄り添っていた。
目の前のスクリーンのような物に映されていたのは、朱雀国陥落の瞬間だった。それと、同時に、女性と青年の前にぼやけた二つの人影が出現した。突然、空中に現れた。普通に起こりえることではない。だが、女性も青年も驚いた様子はない。自分達が今いる以上に驚くようなことはないと思っているからだ。
「あら? ここはどこかしら?」
「現実世界……じゃ、なさそうだね」
「朱雀とキュウキですね」
青年が、前に出た。
「あなたは?」
キュウキが朱雀を守るように前に出た。
「俺のここでの名前は、赤竜といいます。現実世界での名は、言うことが禁じられています。それを言えば、この世界での消滅と、現実世界での自我の崩壊を意味します。なので、これからも、あなた達二人を朱雀とキュウキという称号で呼ばせていただきます。俺のことも赤竜と呼んでください」
彼は、疲労困憊しているようだった。目に覇気がない。
そう、赤竜が言う通り、この世界に入った時、役割を与えられる。それは、強固な刷り込みとなって縛られ、守ることを強制される。もし、刷り込みである規律を破れば、自我が崩壊するという場面を見せられる。それは、この世界であったり、現実世界での自我の崩壊である。それを頭の中に刷り込みされれば、規律を破った場合、そうなるという恐怖に縛られることになる。もし規律を破っても、自我の崩壊をしないかもしれない。しかし、崩壊するかもしれない。リスクを冒してまで規律を破ろうとするものは、よっぽどの馬鹿だ。それか、自我の崩壊覚悟で実際にやってみればいい。論より証拠だ。それをやった者はいない。いたとしても、ここにいる四人には預かり知らぬところだ。
「あたしの名前は白竜と言います」
泣きはらした目をこすりながら、女性が立った。
「あたしたちはこのゲームの製作者なはずでした。ここは、いうなれば、このゲームのスタッフルーム。関係者以外立ち入り禁止というような場所です。この場所の名を応竜島といいます」
泣きはらした目は痛々しい。だが、彼女の所作は堂々としていて、瞳には強い光が宿っていた。
「このゲーム『四凶』は製作者である、あたしたちの手を離れてしまいました。作ったのは、確かにフリーのネットゲームでした。こんなに凝った設定でもなかったし、ましてや、本当に人間が入るゲームなんて作れるわけない!」
白竜の瞳からは、はらはらと涙が零れ落ちている。
「早く、このゲームから全ての人間を解放したい! けれど、あたしには、その力がないの!」
そんな白竜の肩を赤竜が抱き止めた。
「この応竜島に来たということは、あなた達は、もうゲームの登場人物としての役目が終わったということでしょう。傍観者になったということです」
「傍観者……じゃ、結局、このゲームがエンドになるまでは、解放されないってことなのね」
朱雀が不満そうに言った。これが本当の朱雀だ。朱雀国にいる時の朱雀は異常な状態だったのだ。無理に役目を演じさせられていた。そんな世界に一秒でもいたくないという嫌悪感がありありと感じられた。
「気を悪くしないでね、赤竜に白竜。僕たちには、現実世界で生活があるものだから。早く帰りたいんだ」
キュウキがフォローするように言った。自分のせいで朱雀がここにきたということを負い目に思っているのだ。
「いいえ、何もできずに見てることしかできないから、早く帰りたいのは、あたしたちも同じです」
白竜ははっきり言った。
「ずいぶん、歯に物着せぬ言い方ね。あなたには責任をとるつもりがないの?」
朱雀もはっきり言った。ゲームに巻き込んだという責任から逃げているように聞こえたのだ。このゲームに招かざる客であった朱雀は、『朱雀』であることで嫌な思いしかしなかった。尚更、この世界、ゲームを作った白竜が嫌でたまらない。
「ごめんなさい。そういうつもりじゃなくて、このゲームを終わらせたいだけです。早く皆が解放されることを望んでいるんです。それは、さっきあなたの言ったことと同じじゃないんですか?」
白竜は勘違いされたことに焦って言った。朱雀はずいぶん、素直な子だな、と思った。なんでこんな子がこのゲームを作ろうと思ったのだろう、とふっと気になった。このゲームはいわば、四凶と四国主の戦争だ。白竜は、一見おっとりした子で、悪く言えばおとなしいく見える子で、その素直な言動からも、過激なルールのゲームを作るようには思えない。
「それに、俺たちも巻き込まれたにすぎません。製作者であるはずなのに何の決定権も持っていないのですから。ただの役立たずです」
「役立たずって……君にはプライドがないの?」
自分のことを役立たずと言うことが、キュウキには信じられなかったのだ。自分で役立たずなんて言ったら、おしまいだ。自分を卑下することがキュウキは嫌いだった。
「そのプライドは今、必要ないですよね。持ってるだけ無駄なプライドはいらいないんじゃないですか? だって、事実です。俺たちの責任は、ここでただ指を咥えて見てることです」
赤竜は悔しそうに言った。赤竜の言っていることは間違ってはいない。だが、キュウキは赤竜のことが好きにはなれなかった。根本的な違和感を感じたからだ。赤竜には何かがある、とキュウキは思った。
その時、窓がカタンと鳴った。
「全く。あんたらだけだと碌な考えにならないねぇ」
そこにいたのは、ベリーショートの茶髪の女性だった。印象を簡単に言うならば格好いい、だ。
「鳳凰!」
「初見だね、あんたたちが朱雀とキュウキか? アタシは鳳凰。そこにいるネガティブシンキング二人組と一緒にゲームを作った者だ」
豪快でさっぱりした女性だった。
「アタシはゲームをプログラムしたんだ。白竜は物語を、赤竜は音楽や全体構成を。他にも協力者はいるけど、どうやら、役者とはみなされなかったみたいだねぇ。アタシの能力は、飛べることだ。鳳凰の姿になってこの四凶中の上空を飛びまわれる! アタシに相応しい能力だと思わないかい?」
その豪快な言い回しに、朱雀とキュウキは驚いた。こんな自由な人間がこの世界にいるんだ、と。
「鳳凰はずるい……あたしには何の能力もないのに」
白竜はしょんぼりと、下を向いた。これが白竜が鳳凰にネガティブシンキングと言われるが所以だ。
「麒麟、霊亀、鳳凰、応竜は四霊と呼ばれている。アタシが覚えている限りでは、四霊はこの四凶の世界を構築する者達だろ? 白竜も赤竜も竜だ。この応竜島にいるから、応竜ってことだろう? 四霊は存在していることに意味がある、そう決めたのは白竜じゃないか」
「そうだけど……」
「話がわからないから、一から説明してくれる? 聞いていて不快なんですけど」
朱雀が気だるげに言った。
「赤竜、白竜、鳳凰。僕らは詳しく話を聞く権利があるんじゃないかな? 赤竜が言ったように、指を咥えて見てることしかできないなんて言わせないよ。君たちの言い分に合わせると、発端は君たちで、そのせいでこの世界にいるんだよ、僕達は」
キュウキのこの言葉は半ば脅迫だ。底知れぬ迫力を感じる。これに眉を顰めたのは、鳳凰だ。
「あんたには、この世界に来るのに選ぶ権利があったんじゃないのかい? 確かに発端はアタシ達だ。だけど、それを選選らんだのは他でもない、あんた自身じゃないのかい。そこにいる、朱雀さんは知らないけどさ」
鳳凰は正しい。だが、正しいことが人間関係を円滑にするわけではない。鳳凰の発言は、キュウキの心の傷を抉る言葉だった。キュウキは悲しい顔になった。彼は大人だからか、性格なのか、怒ることはなかった。
「今は、そんな話してないわ! 自分で選んだにしても、私達は酷い体験をしてきたわ。その体験をしていないあなたに何がわかるの? 自由に飛び回れる翼を持つあなたに! ただ、成行きを話してほしいっていう私達の願いも叶えられないの!」
代わりに朱雀が烈火のごとく怒った。赤竜が割って入った。
「落ち着いてください。そんなんじゃ、話せません。あなた達にとっては失礼な話かもしれませんが、鳳凰はあなた達に何があったかわかっていないのです。朱雀国であなた達二人に何があったか見ていたのは、俺と白竜の二人だけです。なぜ鳳凰には見れなかったかというと、彼女にはその力がないからなのです。その力はないですが、鳳凰の姿に変身し、四国中を物理的に見渡せる力を持っています。でも、俺たち二人には翼はありません。だから、大事なことがスクリーンに写るように見えるのです。鳳凰は、そのスクリーンを見ることができません。万能な存在は、このゲームにはいません。存在したら、ゲームが面白くなくなってしまうでしょう?」
「あの……もう、怒らないでください。あたしたちはどうやったらゲームが面白くなるかしか考えていなかった。だって、本当の人間が意思を持って自由にシナリオを変えられるなんて思っていなかった。だから、ゲームに出てくる人物の性格や育った環境、その人物にできることを考えたの。そして、シナリオも作った。けれど、そのシナリオがこんな形で無視されて進むなんて思わなかったの。設定は、赤竜とあたしとで考えました。赤竜が戦った方が面白いし、ゲームとしてはそういうのじゃないといけないって言われて、シナリオを考えたの。でも、今回の朱雀国のシナリオは、私が考えたものとは違う。朱雀は、キュウキと戦うの。過去を変えられたことを知って、怒り狂ってキュウキに戦いを挑むの。勝ち負けは、今まで朱雀とキュウキのどちらかをプレイヤーがどれだけ努力してステータスやレベルを上げられるかに既存するの。キュウキはものすごく強いけど、過去を変えた代償で時間制限があるの。どんなにキュウキが強くても時間がオーバーすれば、朱雀の勝ちになる。そういうシナリオを作ったのに……。一番裏切られているのは他ならぬ、あたしです。苦労して作ったシナリオに何かの意思が強制介入してる。それは、製作者であるあたしにとって一番許せないことです」
白竜の瞳からは涙が溢れていた。本当に許せないのだろう。白竜の肩に鳳凰が手を置いた。
「それは、アタシも一緒でさ。それなりに苦労して作ったシステムや決まりをこうもあっさり無視されたんじゃ、作り手としてのアタシ達の立場がなくなるじゃないか。確実に『何か』に利用されている、としかアタシには思えないんだ。それも、利用しているのは、悪意の塊だろうね。いろいろ見てきたけど、各国では、無機物じゃなくて画面の中で繰り広げられるようなゲームでもない、人と人とが意思を持ち、生き残りをかけて謀略、策略を巡らせ合い戦っているよ。朱雀国は多分、イレギュラーなんじゃないかい? だからこんなに早く終わった。もしかしたら、使命と生き残りを懸けて片方がこの世界で自我の崩壊を起こしていたかもしれないよ。そうならなかっただけ良かったと思うよ。だけど、事情も知らないのに悪かった。キュウキを責めたことだけは詫びる。この世界から歓迎されていないのに朱雀は大変だっただろう。能力が上手く使えなかったんじゃないか?」
朱雀は、能力という言葉に反応した。興味を持ったようだ。
「私の能力ってなんだったの?」
「知りたいか?」
鳳凰はにんまり笑った。
「ええ、知りたいわ!」
「じゃあ、ゆっくり話してやる」
鳳凰と朱雀は、案外気が合うのかもしれない。
「じゃあ、あたしお茶を入れてきます。そっちにテーブルがあるからゆっくり話しましょう」
女性三人がテーブルについて話している時、男性二人は、離れた場所で真剣な面持ちで話をしていた。
「赤竜。君は何か知っているんじゃないの? 鳳凰が言う悪意について」
「……知っているかもしれないけど、確実なことじゃないから言えない……俺のことだけじゃないし……後々明らかになるんじゃないかと思う。これから出てくる人達のことだから。今、言ってもキュウキには理解できないことがたくさんあるんだ。今すぐ知りたいの?」
「知りたいけど、教えてくれないだろうな。見かけの人の良さと中身が違うタイプだから、君は」
「まさか。善良な市民を捕まえて何を言ってるの。それに、それが本当に悪意なのか、俺にはわからない。悪意であってほしくもない。こんな状態になったのは、偶然であってほしいと願ってるんだ。大体、こんな超現象は、人の悪意だけで起こることじゃないでしょう?」
「普通の人間には、起こせないし、こんな体験をしました、って言っても頭がおかしいとか夢じゃないかと言われて終わる事態だろうな」
「うん、だから、ここで起こったことは夢でいい。俺はこれがいい方向に進めばいいと思ってるんだ。この状況は、完璧に後ろ向きな状況なんだ。だけど、それを乗り越えたり、その後に待っているものは、前向きなものだって信じたい」
「そんな風に思えるのはすごいな。君について、ちょっと思い違いをしていたのかもしれない。ただ、悪意が存在するのは事実だから、と言っても、僕達は何もできないんだったね。これは、本当に悔しい」
「ちょっとキュウキ! 一緒にお茶飲みましょう!」
「今行くよ」
「赤竜、その時がきたら話してくれ」
キュウキの言葉に赤竜は頷いた。