48. 夏休み
大学二年の夏。
大学生活にも慣れ、就職活動等もない一番楽しい夏休みだというのに、山中葵は友達と遊ぶでもなく、週に三日あるファミレスでのアルバイトの日を除けば、家から一歩も出ない生活を送っていた。
例に漏れず、葵は今日も朝からエアコンのきいた部屋で、最近流行りのテレビゲームをしている。
実家にいたら母親から小言を言われること必至だが、一人暮らしの葵には関係のない話だ。
喉の渇きを感じお茶を飲もうとテーブルの上に手を伸ばすと、狙ったかのようにその隣の携帯が震え出した。
葵は画面に表示された文字を嫌そうに見て、テレビとの間で視線を彷徨わせる。
三、四度繰り返してもまだ震え続けるそれに、ついに観念して通話ボタンを押した。
「――はい、山中です」
「山中さん、お休みのとこごめんね! 川村さんが急に来れなくなっちゃって、突然だけど入れないかな!?」
「ええっと……はい、大丈夫です」
「ほんと!? 良かったあ! 一時間後の十一時からでもいい?」
「はい。分かりました」
通話を切って大きな溜息を吐く。
突然の代打要請は今日に限ったことでなく、いつも空いてるの葵に大抵白羽の矢が刺さる。
そして気の弱い葵は、いつも断れずに受けてしまうのだ。
万が一に備えてセーブを二回書いてゲームを消すと、最低限の化粧をする。
この暑さだと、バイト先に行くだけで化粧が落ちそうだ。ポーチに眉かきを突っ込んで、歩いて二十分のバイト先へと向かった。
◇◇◇◇
夕陽を受けて紅に染まる海を眺めながら、葵は家路をゆっくりと辿っていた。
その顔には疲労の色が見えるが、口元は上がり、心なしか満足気である。
葵が昼食を食べていないことを知った店長が、急に出勤してくれたお礼に、と遅めの昼食――もとい、早めの夕食をご馳走してくれたからだ。
ゲームの時間が少なくなったことも悔やまれるが、それよりも食費が浮いたことの方が嬉しい。
サーファーが波に揉まれるのを目撃し、口から小さな声が洩れる。
砂浜には、ビキニやワンピース型の水着を着た自分と同じくらいの若者が数名、楽しそうにビーチボールを投げ合っている。
最後に海で泳いだのはいつだろうか。
高校生……は、ない。
ならば中学二年の夏に、クラスの女子全員で来たのが最後か、と葵は自嘲気味に笑う。
年をとるのはあっという間だ。
コンビニに寄って、数食分のご飯を買い込もう。
今日浮いたお金で、久しぶりにデザートなんか買ってもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、海から進行方向へと視線を戻すと、さっきまでの自分と同じように海を眺める懐かしい顔が目に入った。
それこそ、今まさに思い出していた中学校のクラスメイトの――
「……咲枝、ちゃん?」
”ちゃん”は付けていただろうか。
久しぶりすぎて呼び方を忘れ、とりあえず付けて呼んでみる。
葵の声に反応して振り向いた咲枝は、葵の存在に驚いた声を上げた後、人好きのする笑顔で「久しぶりだね」と言った。
この話から夏後半です。




