46. 心霊物件
その日、西園寺家の前に車が停まっていた。
フラワーエステートと社名の入ったその車には男女が乗っているが、二人とも一向に降りる気配はない。
窓から見える荒れた家と、手元の資料を見比べること数十回。
そしてその度に出る溜息。
フラワーエステートの社員・津辻愛子は、この状況に頭を痛めていた。
それもこれも隣に座りぶるぶると震えている萩尾衛のせいで。
依頼の電話を受けた萩尾は、次の日早速依頼者の飛鳥の元を訪れた。
駆け出し故に、緊張して待ち合わせ場所に向かった萩尾だったが、飛鳥の人当たりの良い笑顔と話術ですっかり緊張も解け、その日の内に契約を済ませた。
初めて自分だけで契約を結んで来た萩尾は、意気揚々と社長の花菱に報告した。
――そこで、発覚したのである。
話が進むにつれて徐々に顔が曇っていく花菱の様子に、理由は分からないながら萩尾はこう思った。
何か、とんでもないことをしたんじゃないか、と。
どうしようかと視線を彷徨わせ、視線が重なった。
「つ、津辻せんぱぁいぃ……っ!」
「なぁっ!? 私!?」
遠巻きに話を聞いていた社員から笑い声が上がる。
自分が呼ばれなくてよかった。そんな心の声がありありと見てとれる顔で「頑張れよ」と肩を叩いてきた同僚をキッと睨みつけた。
「昨日は入れたんでしょ?」
「昨日は何も知らなかったからッ! 知ってしまった今は一人でなんて無理です!!」
一人で行けと圧力をかける津辻に縋り付く。
明るい内にと、朝一に出たはずの部下が戻って来ないことを心配した花菱から何度か電話があったが、むしろそんなに心配ならこの役を代わってくれと津辻は言いたい。
もっとも、彼女の気持ちを察知して、無事を確認したらすぐに通話を終えるのだから、素晴らしき危機感知能力だろう。社長という肩書きも伊達ではない。
「……はぁ。昨日入ったとき、何かおかしいことは起こらなかった? 物が壊れるとか、声が聞こえるとか」
「い、いえ。何も……」
「入ったら気分が悪くなる部屋とかは?」
「ありませんでした。どの部屋も窓から光が入って……少し埃っぽい気はしましたが、掃除したばかりだと言ってたので」
「……じゃ、行くわよ」
重い、かなり重い腰を上げた津辻を、萩尾がギョっとした顔で見つめる。
どうにか行かなくていい理由を見付けようとした萩尾だが、そんなに都合の良い理由など思い当たるはずもなく、悲しいかなサラリーマンは渋々仕事に向かうのだった。
◇◇◇◇
物件を調査する際、紙に書き込むだけでなく、カメラを利用する。
この家はきっと取り壊しがされるだろうから写真などいらないと思われるが、念を入れて、だ。必要になったからもう一度行ってくれと社長から言われるのも、無きにしも非ず。
よって今、萩尾の手にはしっかりと使い捨てカメラが握られている。
デジカメが主流なこの時代、それを津辻に渡されたときは困惑した萩尾だが、写ったモノをその場で見なくていいと説明を受けて何度も頷いていた。
フィルムを巻く音が響き、毎度驚かされるが、視てしまうよりはいい。確実に。
普段生活していたら身に付かない知恵を披露した津辻は、左手に御守り、右手には金属製のバールといった、これまた調査には相応しくない格好で歩いていた。
へっぴり腰で調査すること十分。
最短時間で済まされたそれは無事に終了した。
風呂場のドアを開けた瞬間にあった、花菱からの着信には驚きのあまり二人して悲鳴を上げてしまったが、何事もなく終わり、二人は一種の連帯感を感じていた。
いわゆる吊り橋効果というやつだ。
二人の無事に祝杯を上げようと、会社に戻る前に喫茶店に寄った二人の姿を、そこの店主が何度も目にするようになるのはもう少し先の話。




