4. 職場へ
翌日、泣き疲れた家族が寝ている間に向かったのは生前勤めていた職場だ。
昨日あれから電話があり、今日の昼間には海から引き上げられた遺体と家族が対面することになったのだ。
真琴としては自分の遺体と対面するのは、あまり気持ちのいい事ではない。自分の身体だとしても、死体等人生の中で出来る事なら見たくない。それでその場にいないことを選んだのだ。
皆何しているのかなーなんて考えながら職場へ向かうと、ちょうど仕事が始まる直前だったようだ。
朝礼のために集められた職員達の前に、部長の上田が立つ。
皆、真琴が死ぬ原因となった事件を知っているらしく、いつもと違いざわざわと騒々しい。
「おはようございます。今日は皆さんに大切なお話があります」
「あ、私の話かな」
「もう知っている人もいるかと思いますが、昨日、桜庭真琴さんがお亡くなりになりました。そこで桜庭さんに黙祷を捧げようと思う。皆さん、黙祷」
「おおお。ありがたい」
真琴は黙祷してくれている同僚達に頭を下げた。
気付かれることはないが、ありがたいことには変わりなかった。
「それでは、業務に入ろう」
部長のその言葉を皮切りに、それぞれが話し始める。
その中でも、いつも真琴にネチネチと嫌味を言ってきていた先輩の田中が、やたらと大きな声で話し始めた。
「でもさぁ、正直迷惑よねぇ。この忙しい時期に」
「本当よねぇ」
「死人でもいいから仕事してって感じ」
田中と、その取り巻き達が頷いて笑い合う。
その言われように一瞬ムッとした真琴だったが、この時期忙しいのは本当だからと怒りを鎮める。
そもそも昨日から三日間休みを貰っていたため、今日の業務に影響はないはずなのだが真琴は気付かない。
「むぅ……このブラックめ!」
毒を吐きながらも、手伝えるものなら少しだけでも手伝ってみようとパソコンへと手を伸ばした。
その瞬間、バチッと大きな音がしたかと思うと、室内が真っ暗になった。
触ろうとしたパソコンだけでなく、天井の電球を含む部屋中の電子機器が灯を消したのだ。
驚き、変な格好のまま固まった真琴は、誰にも見られないというのに恥ずかしさから照れ笑いを浮かべた。
そんな中、突如響いたのは悲鳴だ。
咄嗟にそちらを振り向くと、真琴の触れたパソコンを指差して怯えるOL、日向の姿があった。
「今、画面に桜庭さんの顔がっ! 田中さんがあんなこと言ったから怒ってるのよ!」
「は? 嘘言わないでちょうだい! 私を怖がらせようとしてそんなことを……」
パソコンの画面に映る真琴の顔を見たという言葉に、先程まで威勢の良かった田中とその取り巻きが目に見えて怯えだした。
元々“自称見える人”だった日向。
いつもならば「何を馬鹿なことを」と跳ね除けるはずの田中も、先程の言葉があるからか今回は本気にしたようだ。
今も「貴方の横にいるわよ!」と日向に告げられ震えている。
全く違う場所にいる真琴からするとそれが虚偽だとすぐにわかるが、生きている人間からしたら“見えないこと”が怖いのだろう。とにかく、変な表情を見られていなくて安心した。
「こうなったら、除霊してもらいましょう! 私、知り合いに専門の人がいるから電話してみるわ!」
数分後、知り合いとやらとの会話を終えて戻ってきた日向が、上機嫌で同僚達を見回した。
話を聞くに、どうやら彼女の知り合いの神社の紹介で、有名な除霊師が来ることになったそうだ。
「すごくツイてるわ! あそこは二年待ちで有名なの!」
「へえー」
「今回は息子さんが来て下さるのだけど、すごくイケメンだって有名だし!」
「……イケメンでもなんでもいいが、ちゃんとした奴なんだろうな?」
二年も待てるなら大して困ってないのでは、と思ったのは真琴だけではないだろう。
そして続いた日向の言葉に、こっちが狙いかと部長の上田は頭を抱えた。
「勿論ですよ、部長! 一時間もあればこちらに着くらしいです」
「……そうか」
複雑な表情で真琴のパソコンを見つめた後、上田は事の発端である田中を睨み付けた。
今回は騒ぎになってしまったため除霊という手を使うを得ないが、本来ならば今まで一緒に働いてきた仲間を祓うというのは避けたいところだった。
真琴だって死にたくて死んだ訳ではないのだ。そんな彼女のことを悪く言いこのような結果を招いた田中が、部長としても人間としても上田は許せないようだ。
(除霊なんて滅多に見れるものじゃないし、私も見学していこう)
対して、本人の真琴は自分が除霊されようとしているのに、呑気にそんな事を考えていた。
結果として驚かせることになったが、悪いことをしたつもりがないのだ。
急遽出来た待ち時間に、いつもの通り自分の席へと座る。
急に揺れた椅子を見て、周囲から悲鳴が上がった。




