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さくらのはな  作者: 日縒 千夜
夏は花火に海水浴
39/59

30. 呪いの家


「ママー! あのおうち、すごくりっぱだねえ!」


 辺りから夕食の匂いがしだす頃――

 幼稚園からの帰りだろうか。黄色い帽子を被った女の子が、母親の手を握っていない方の手で指したのは昔ながらの日本家屋。

 建てられて随分と経っているのだろうそれは、所々の壁は崩れ、伸び放題の草木が絡み付いていて元の色が分からなくなっている。

 確かに、建てられた当初は立派だったのだろう。もしかすると、建築に明るい者が見たら今でもそう思うのかもしれない。

 だが、それを言ったのは幼稚園児だ。

 近辺の住宅よりも大きいから。単にそれだけの理由なのだろうが、異質な雰囲気を放つそれを見て目を輝かせる娘に、母親は顔色を悪くさせた。


明来(あきら)! ……絶対にあの家には近付いちゃだめよ!?」

「なんでー? こわいおじさんが住んでるの?」

「そうよ。……すっごく怖い人が住んでいるんだから」



 ◇◇◇◇



 夜の帳が降り、街が寝静まる頃。一台の軽自動車が道路脇に停まった。

 昼は喧しい程鳴いている蝉も、夜になれば鳴りを潜める。そんな静かな夜に、車から漏れるラップ調の音楽を遮るものはない。


 助手席から降りた若い男が、トランクから出した懐中電灯の明かりを付ける。浮かび上がったのは、一軒の建物。

 人の手を離れ荒れ放題のその家の玄関前に、立入禁止の看板が設置されたのはいつだろうか。


 車から降りた明来は、記憶より古びたそれに顔を引き攣らせた。


「や、止めとこうよ……」

「あ、あたしも怖い、かも」

「大丈夫だって。なぁ、リュウ」

「そうそう。この前先輩達が来たけど何も無かったって言ってたし」


 車から降りたのは若い男女。遅れて運転手の男がエンジンを切り車から降りると、それまで流れていた音楽が止み、辺りを静寂が包んだ。

 それまで馬鹿騒ぎしていた男達も息を呑む。

 目の前の――いや、辺り一面の闇が自分達に襲いかかって来るようなイメージが頭の中に浮かんだ。


「やっぱり帰ろうよぅ」


 男に身を寄せ、縋るようにして美紀が口を開いた。

 ウェーブのかかった髪が肩まで届く、ふんわりとした雰囲気の女だ。

 対してもう一人のショートカットの女――明来は、怖がりつつも気丈な様子で彼女を励ましている。


「せっかく来たんだしさ、中入ろうぜ?」

「そうそう。まぁ、怖かったら俺に掴まってたらいいからさ」


 そう言い、自身にしがみつく女に笑いかける男の表情には、下心が充分に透けて見えた。

 しかし怖がっている彼女達は気付かない。


「アキラちゃんも怖かったらこっちおいで?」

「わ、わたしは大丈夫」

「そっか。じゃ、ミキちゃん行こうか」

「ええ!? 無理だって」


 離そうとした腕を逆に掴まれ、ずるずると引きずられる形となった美紀。

 明来はそんな彼女達の後ろを付いていく。


「ここね、前に住んでいた人が殺されたんだってー」

「やめてよぉ! もう帰るっ」

「まぁまぁ。じゃあ、あと五分だけ。そしたら帰るから。ね?」

「うぅ……」


 ひとつ、ふたつと部屋を見て回る。

 他に来た者達に土足で踏まれたのだろうか。畳は経年劣化と言うよりは、人為的な劣化を感じさせた。

 部屋の中央には囲炉裏があり、テレビでしか見たことのなかった彼らを興奮させた。


「ね、見て見てアキラちゃん! すげぇー」


 タクヤと言っただろうか。美紀に着いていない方の男が指をさした方向を見ると、壁一面に本棚があった。

 普段から本を読むのが好きな明来はぱっと目を輝かせたが、すぐにその異様さに気が付いた。

 本来なら、ぎっしりと詰まっていたであろう本は、半分以上が床に散乱しており足の踏み場を無くしている。

 そしてその一角をライトで照らした時に見えた――黒い、シミ。

 元は淡い色だったと分かるカーペットに付いたそれに、明来は目の前が真っ白になった。

 ――そして、もう一つ。


「この部屋……」

「ん? って、リュウ! 何してんだよ!!」

「あ? だってこの置物、高そうじゃん?」


 リュウと呼ばれた男が手にしているのは、外国製と思われる陶器製の小さな天使の置物。

 照らされたそれは埃で汚れていながらも、存在感を放っていた。


「きっとすげえ価値があるぜ、これは」


 確かに高価な物だと思うが、友人の取った行動にタクヤはぎょっとした。

 自身の鞄に突っ込んだそれを元に戻すよう訴えるも、金に目が眩んだリュウは聞く耳を持たない。


 ――瞬間、部屋の温度が下がった気がした。

 そして軋む音を立て、閉まった部屋のドア。


 その音に驚いた美紀は「ひぃっ」と情けない声を上げた。


「な、なんだよ!?」

「おいやべえって! リュウ、早くそれを戻せ!!」

「バカか! んなことより早くここを……っ!?」


 リュウの声にならない悲鳴に、全員に緊張が走った。

 全身の筋肉が固まるような感覚を覚えながら、恐る恐るその視線の先を辿る。

 それは部屋の奥――入口に向かうようにして置かれた重厚感あるデスクからはみ出るようにして蠢いていた。


「やっ……!」


 やばい。そう告げる前にリュウは駆け出していた。 すぐ傍にいた美紀を押し飛ばして。


「美紀!」

「あ、ああああきら……っ」


 腰が抜けた美紀は、恐怖に染まった顔で明来へと手を伸ばす。

 明来の後ろでは、開かないドアをドンドンと叩く音と、何かを叫んでいる声が聞こえていた。


(助けなきゃ! 私が美紀を……!)


 そう頭では考えるものの、まるで自分の身体で無くなったかのように上手く力が入らない。

 そうしている間にも、それは美紀へと近付いていく。

 あと一メートル。明来にはスローモーションに思えた。黒いモヤのような物が美紀の前で止まった。

 目の前の闇の中に何かを見た美紀は悲鳴を上げ、そして倒れた。

 それに満足したのか、闇は直進を再開する。

 目指すのはドアの前にいるリュウだ。

 明来の口から悲鳴が洩れる。隣にいるタクヤも口を震える手で押さえ声を上げないようにしていた。


「た、助け……!」


 リュウが黒いモヤに囲われる寸前、彼と目が合った気がした。

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