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さくらのはな  作者: 日縒 千夜
間章
38/59

首無しの武士 Ⅵ


 再びこの町に戻って来た時には、既に山に登る体力もなく、望月の事は次第に記憶の底へと沈んでいったのだった。

 問われた事で浮上してきた思い出に、大作の瞳に光が灯る。


「おお! 作兵衛様に間違いない! 大作殿、どこでお会いしたのだ!?」


 ――そしてそれは忠右衛門も同じだ。

 大作が話している間も、ずっと噛み付きそうなくらいに興奮していたのだ。そんな忠右衛門を宥めつつ、真琴はその先を聞き漏らさないよう耳を傾ける。


「せっかちじゃのう……あっちじゃ。ほれ、ついて来い。山の事なら儂に任せておけ!」


 不安も残るが、場所を知るのは大作ただ一人。

 心配して様子を見に来た大和と合流し、大人しく彼について行く事に決めた。


 

「じいちゃん、本当にこっちなの?」


 森に入って数十分。

 右へ左へと道なき道を進む大作の案内に、不安気な大和が問うた。

 足がないため疲れる事はないが、もうすぐもうすぐと繰り返す割に、一向に目的地に着かない事に焦りを感じていたのだ。

 それは大作のすぐ後ろに着く忠右衛門も同じで、今にも一人で突き進んで行きそうである。


「もうすぐじゃって。確かここを……ほれ、見えてきた」


 一際大きな杉の木を曲がると、見えたのは古びた切り株。随分と前に枯れたのか、朽ちて大地へ還ろうとしていた。

 その後ろにあったのが、話にも出てきた大きな岩。そして――その傍らに、ひっそりと佇む男。

 忠右衛門よりも後に死んだ筈なのに、その男の体はとても薄れており、注意深く見ないと分からない程だ。

 忠右衛門が駆け寄ると、それに気付いた男は目を見開いた。


「お、おお……っ、忠右衛門か? そうであろう? 忠右衛門なのだろう!?」

「忠右衛門でございます! なかなか馳せ参じる事が出来ず、誠申し訳のうございます!!」

「良いのだ。……私こそ、お前を守る事が出来ず……お前は、お前だけはずっと私の味方であったというのに」

「そんなっ! 某の事など良いのです!」


 本当に申し訳なさそうに頭を垂れる作兵衛を慌てて止める忠右衛門。

 そんな二人の間に、空気も読まず入って行くのは大作だ。

 孫の大和の静止も聞かず、二人に並んだ大作は皺の刻まれた顔で豪快に笑うと、作兵衛の肩に手を置いた。


「また会ったのう、兄ちゃん」

「……お主……もしや何時ぞやの少年か!? おお、懐かしや……お主も覚えていてくれたか!」

「当たり前じゃ。約束したじゃろうが!」


 作兵衛と向き合う大作が、歯を見せて笑う。

 次の瞬間には、老人ではない――作兵衛と会ったあの頃の姿へと変わっていた。


 そんな祖父の変化に目を見張る大和を落ち着かせるため、真琴が笑いかけた。


「おじいさんの若い頃、大和くんにそっくりだね」

「そ、そうかな? ていうか……じいちゃん若返ったの!?」

「……みたいだね」


 大和から目を逸らす真琴。

 首がくっ付く、血の跡が消える等、自分の想像で変わる事は分かっていたのだが、まさかそれに若返りも含まれるとは思わなかったのだ。


「少年よ、お主のおかげでまた忠右衛門に会う事が出来た。感謝する」

「友達なら当たり前じゃろ!」

「ふふ、そうであったな。……忠右衛門、どうやら私はそろそろ限界のようだ。お前はどうする。まだやり残した事はあるか?」


 作兵衛は透き通った自身の指を見て自嘲気味に笑うと、忠右衛門へと向き直る。

 逝くぞと一言言えば、忠右衛門は断れない。勿論忠右衛門自身断るつもりもないのだが、無理強いしないための配慮だった。


「いえ、共に参りまする。ただ……暫しお待ち下さらぬか?」


 忠右衛門がチラリと真琴を見た事に気付き、頷く。

 

「その程度、待つ内には入らぬよ」

「かたじけない。では……真琴殿!」

「はい!?」


 大和と成り行きを見守っていた真琴は、急に話を振られて驚いた。

 居住まいを正し、真剣な顔の彼を見る。


「お主のおかげで某は……っ、また作兵衛様にお会いする事が出来た。この恩、末代まで忘れぬぞ!」

「いいって」

「……新右衛門を討つまでは死んでも死に切れぬと、そう思っておった。実際、河原を出るまではその事で頭がいっぱいであった。ただ……作兵衛様にお会い出来た今、露も気にならぬ」

「そっか……うん。それがいいよ」

「今にして思えば、彼奴を怨んでいたからこそ、再びお会い出来たのかもしれぬな」


 苦虫を潰したような表情になった彼の肩に、作兵衛が手を添える。その姿は古くからの友の様。


「とにかく、お主も達者でな!」


 照れた様に言い捨てた忠右衛門は、真琴が頷いたのを確認すると、作兵衛と共にそのまま薄れていき、消えた。

 完全に姿の消えた二人に、残された者は自然と顔を見合わせた。

 それぞれが安堵の色を浮かべる中、少年姿の大作が透け出した。


「え、おじいさん!?」

「あの二人を見ていたら、何だか羨ましくなってのう。昔遊んだこの地で逝けるのなら、それも良い」

「……死ぬなら故郷でって、引っ越すくらいここが好きだったしね」


 生前の祖父の姿を思い出して苦笑する大和も、彼に寄り添い透けていく。


「お? 大和、お前ももう良いのか?」

「うん。元々じいちゃんが心配で残ってただけだから」

「ほっほ、そうか。そりゃあ悪い事したのう。それじゃあ嬢ちゃん。儂らは先に逝くでの。元気での」


 満足そうに消えていった二人。

 二組共、最後の言葉が他人を思いやる言葉な事に気付き、ほっこりとした気持ちになる。


 視界の隅で木の葉に付いていた雨粒が落下した。

 傍の岩を見ると、そこに文字が刻まれている事に気付く。


 ――望月家最後の当主、望月作兵衛ここに眠る、と。


 

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