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さくらのはな  作者: 日縒 千夜
間章
37/59

首無しの武士 Ⅴ


 汗の吹き出すような暑さに大人達が滅入っている中、子供達は長期の休みに舞い上がっていた。


 田舎故レジャー施設もなく、子供達は思い思いの遊びを興じている。

 涼みを求めて学校のプールへ行く者や、扇風機の回る家で真面目に宿題に取り組む者、暑さなどものともせず外を駆けずり回る者――


 大作(だいさく)がそうであった。

 友達と捕まえるカブト虫の大きさを競い合うため、近くの山へと向かうのがここ最近の日課だった。


 宿題をしろと小言をこぼす母親の目を掻い潜り、自転車を飛ばす。


 友達(あいつ)より先に大きいのを捕まえ、驚かせよう。

 朝は用事があると言っていた友達の悔しがる顔を想像し、口の端が緩んだ。



 お気に入りの場所からの帰り。

 行きとは違う、伸び放題の草木を掻き分けて進む。

 ふと、足を止めた。

 進む方向へと視線を向けると、どこか遠くを眺めている若草色の着物を着た男が昨日と同じ場所に佇んでいる。

 大物を捕まえ、後は友達に自慢するだけの大作は特に急ぐ必要もない。

 いい気分であった事もあり、あくまで気楽に、その男に話しかけたのだった。



「――なんでそんな所にいるんだ?」

「…………ん? 私か?」


 大きな岩の傍ら、佇む男に声をかける。

 近寄れば、夏だというのに肌寒い。

 先まで煩かった蝉の鳴き声が遠のいた気がした。


 変な男がいる。

 そうは思っていたが、近寄り話しかけた事で、確信した。

 もっとも、その時には遠くを見ていた男の瞳がしっかりと自分に向けられていて、引くに引けない状況であったが。


 大作が話しかけた事を少し後悔している間、男は自身に話しかけてきた少年を物珍しそうに見つめていた。

 返答を催促するような目を向けられ、男は苦笑する。


「人を、待っておるのだ」

「いつ来るんだ?」

「わからぬ」

「約束はしてなかったのか?」

「約束、か。……いや、私が勝手に待っておるだけだ。それに……」


 言葉を詰まらせる男に、大作は首を傾げる。


「ここで待ち始めて随分と経った。もしや、既にあちらにおるのかもしれぬな。不甲斐ない私の事など忘れて――」

「……なんかよく分かんねぇけど、友達の事忘れる事なんかねぇんじゃねぇの?」


 大作の言葉に呆気にとられた男だったが、すぐにそれが本気で言っているのだと分かると、ふっと笑みを零した。


「そうか。友か……。ならば忘れる事などありはせぬな」

「う、うん?」


 急に笑い始めた男を訝しむように大作は眉を顰めた。

 一歩後ろに下がってしまったのは、仕方がない事だろう。


「少年よ、私は望月(もちづき)作兵衛(さくべえ)だ。お主も、私の事を忘れてくれるなよ?」

「ま、まあ覚えててやるよ! じゃあそろそろ帰んねぇと! また来っからな。兄ちゃんも俺の事覚えとけよ!!」


 言外に友達だと言われ、恥ずかしさから早口になる。


 それから数ヶ月後。

 引っ越す事が決まった大作がその場を訪れたが、そこに男の姿はなかった。


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