首無しの武士 Ⅲ
「想像できた?」
今度こそはと真琴が忠右衛門の頭へと手をかける。
そのまま、上へと力をかけ……頭は、すんなりと持ち上がった。
「あ……」
どちらともなく、声が漏れた。
真琴に引き抜かれた頭が、ばつが悪そうな表情を向ける。
幾度と繰り返される失敗の中で、忠右衛門はすっかり弱気になってしまっていた。
そもそも、忠右衛門としては首が別れたままでも構わなかった。
しかし、真琴としてはそういう訳にもいかない理由があった。
――周囲の目だ。
これからどこに向かうのかは知らないが、生首掲げた落ち武者と肩を揃えて歩く姿を見られる訳にはいかなかった。
見られたが最後。人の口に戸は立てられないのだ。
つかないと連れて行かないと告げられ、青い顔で臨む彼に、真琴は小首を傾げる。
そこまでして行きたい所とはどこなのだ、と。
「連れて行ってほしいって言ってたけど、どこに行きたいの?」
「……某には果たさねばならぬ事があるのだ」
「果たさねば?」
「――某は武士であった」
今更な告白に虚を突かれるが、話を促すべく頷いてみせる。
忠右衛門もまた、それに頷き返すとぽつり、ぽつりと言葉を零し始めた。
「我が莇野家は代々、望月家に仕えておったのだ。……当主、望月作兵衛様はとてもお優しい方であった――」
十六の年に望月家当主となった作兵衛。
長男という事で家督を継いだ作兵衛だが、彼は身体が弱かった。
いつも伏せがちで頼りない。それが家臣達からの印象だ。
対して弟の新右衛門は、気力旺盛で武術にも心得があり、「生まれてくる順番を間違えた」など
と話す、心無い者もいた。
そして新右衛門もまた、そう思う者の一人であった。
次男だからという理由で当主になれなかった彼は、常日頃から兄を疎ましく思っていたそうな。
「確かに、作兵衛様はお身体が弱い。だが家臣を思いやる、清き心をお持ちだ。……しかし彼奴はいかん。己が欲の為ならば、他者の事など露も気にかけぬ」
作兵衛を思い懐かしむ瞳が、忌々しげにすぅっと細められた。
その視線は、ずっと彼が睨んでいた方角へと向けられている。
「先代の作之進様が亡くなられて、新右衛門はついに行動を起こした。…………作兵衛様を暗殺しようとしたのだ」
「暗殺……」
物騒な言葉に、真琴は眉を顰めた。
今の時代では考えられない事ではあるが、忠右衛門の時代だとそれが随分と身近にあったのだ。
「不穏な動きを感じとった某は、奴に徹底的に張り付いた。そして……奴が作兵衛様の御膳に毒を仕込む、決定的な瞬間を目撃したのだ」
作兵衛の口に入る前に発覚したのなら、彼は助かったのだろう。
肩の力を抜いた真琴に、苦々しい顔が向けられる。
「勿論、某もすぐに報告した。が、それすら彼奴の計算の内であった。……某が毒を盛ったのだと、先に報告されておったのだ。ただの家臣である某と、曲がりなりにも当主の弟……周りは、彼奴についた」
「……作兵衛さんも?」
「作兵衛様はッ! ……作兵衛様は最期まで某を信じて下さっていた。だが三日後の晩、作兵衛様が寝込まれた隙に某は――」
その時の無念さを嘆くように、頭を垂らす忠右衛門。
そんな彼の姿に、真琴は小さく声を上げると、その頭を引っ張った。
「く、くっ付いているでござる!」
「よ、よかったあ……!」
接着された首で空を見上げ、安堵の息を吐く忠右衛門。
ざんばらだった髪も、気が付けば元のように綺麗に結われている。
それに内心安堵しているのは真琴の方なのだが、そんな事は彼には知る由もない。
首が繋がった事による驚きで、いつの間にか先程まで浮かべられていた憎悪の色はなりを潜めていた。




