首無しの武士 Ⅱ
男の名を莇野忠右衛門といった。
自己紹介を済ませ、早速本題にと口を開こうとするが、ある事に気付いてそれをやめる。
話し相手である真琴との距離だ。
最初に話しかけた時と比べれば近付いた方だが、その距離はまだ遠く、身の上話するには大きすぎる声で話さなければならないのだ。
他人に内緒にしなければならない話をするつもりはないが、大声で話して周りの霊が寄って来るのは困る。
何しろ、すぐ近くに水害で死に、この世に未練がある者が大勢いるのだ。
彼女の異質さに気付けば、我先にと縋り付く事だろう。
(とは言え、まさに今俺が縋っている最中なのだがな)
自嘲気味に笑うと、腰が引き気味でこちらを伺う真琴が、更に顔色を悪くさせた。
何が原因かは不明だが、このままでは話も聞かず立ち去られる事も考えられる。
忠右衛門は表情を引き締めると、引き止めるのも兼ねて口を開いた。
「この距離では話しずらい。今少し、近う寄ってはくれまいか?」
「…………投げてこない?」
「は?」
「頭」
指を差されたのは自身の抱えた頭。
何を好き好んで大事な頭を投げなければならないのかと怪訝に思うが、彼女の顔は真剣だ。
忠右衛門は一瞬呆気にとられた後、豪快に笑い声を上げた。
ひとしきり笑い、落ち着いた頃には、真琴の顔はすっかり引き攣り、心なしか涙目になってしまっていた。
「失礼。随分と久方ぶりに笑わせてもらった。安心せい。これは某の大切な頭。投げ付ける真似などせぬ」
「……本当に?」
「武士に二言はない」
それを聞いて安心したのか、真琴は恐る恐るではあるが忠右衛門に近寄り、その傍へとしゃがみ込んだ。
話しやすくなった距離に満足気に頷くと、今度こそ本題を話すべく口を開くのだった。
◇◇◇◇
「某を、連れて行ってほしい所がある」
そう告げた男の目を、真っ直ぐ見つめる。
男の腹部辺りを見つめる事になって、なかなかシュールな姿だ。
最初こそ生首が喋る姿に驚き、恐怖を感じたが、それが自身に危害を加えないとわかり、真琴はすっかり気を緩めていた。
そもそも、彼自身もずっと見上げなければいけないのだから、肩が凝りそうだななんて考えて、ふと首を傾げる。
――肩と繋がってない状態ででも、肩は凝るのだろうか。
脱線しかけた話を、頭を振って切り替える。
急に頭を振り出した真琴を不思議なものを見るように見つめていた忠右衛門だったが、その瞳の色はどこか楽しげだ。
「えーっと……一人で行けない所なの?」
「いや、何度か試したのだが、この場から動けぬのだ」
「それ、地縛霊……って事なんだと思う」
「じばくれい? 何だ、それは」
「土地に縛られた霊。そこで死んだ人や、その土地に思い入れがある人がなるらしいよ」
幽霊生活の中で、真琴も少し幽霊について学んだ。
ほぼ洋平からと飛鳥からの情報なのだが、成仏出来なかったと洋平に報告した時に爆笑されたのは少し根に持っていたりする。
話が逸れたが、彼等が話すものの中に、それはあった。
「地縛霊……」と、忠右衛門が口の中で繰り返す。
身に付けたばかりの知識を披露できて、真琴も心持ち満足そうだ。
「土地に縛られるって言うけど、全部思い込みなの」
「は? 思い込み、とは?」
「例えば――」
言葉を切り、川辺の団体を指差す。
「あの人達は水の事故で亡くなった。だから今も身体が濡れたまま」
「…………」
「死ぬ間際に水を見たんだろうね。水に触れたら濡れる。常識。だから錯覚してしまう。私達には濡れる身体はないのにね。……貴方もそれと同じ」
遠い目で語っていた真琴の視線が忠右衛門へと移される。
いつの間にか、雨は上がっていた。
「ここで死んだから、ここから動けない。首を切られて死んだから、今も首と身体が離れていると思い込んでる」
真琴は男の頭を掴むと、在るべき場所へと置いた。
高くなった目線に笑いかけると、自分の首を見せる。
「想像してみて? 首は元々繋がっているものでしょう?」




