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さくらのはな  作者: 日縒 千夜
間章
31/59

閉じ込められた男 Ⅱ


 時計の針が日付を跨ぐ頃、携帯の電子音が鳴り響いた。

 実家に遊びに行った妻からかとディスプレイを見るが、そこに表示された懐かしい名前に、男の表情が驚きに変わる。


「村田か? 久しぶりだな! 元気か?」

「お前こそ。結婚して家買ったんだろ? 林から聞いたぞ」

「アイツか。人の情報ペラペラ話しやがって」

「まあまあ。俺今こっちに帰って来てんだけど、また集まろうぜ」


 高校卒業後、上京した友人からの電話に、自然と笑みが浮かぶ。

 最後に会った時からの話や、何時が暇かと予定を合わせていると、不意に村田から気遣わし気な声が掛けられた。


「――なぁ、こんな時間に電話しといて何だが、今電話して大丈夫なのか? 奥さん怒ってないか?」

「は? 妻は今実家に帰ってていねぇよ」

「そうか? じゃあ誰か……客でも来てるのか?」

「はあ? 何なんだよ。時間考えろよ。こんな時間に客がいる訳ねぇだろ!」

「……今ザッ――お前一人――ザッ――か……?」

「だから何だよ!? つーか電波が……もしもし? 聞こえるか?」


 急に遠くなった声に、男が窓辺へと寄る。

 カーテンを開け、通りを眺めると、ぼんやりと光る街灯に蛾が集まっているのが見えた。


「――ザッ、今――ザザッ――にげ――」

「は? 聞こえねぇって。どんな山奥にいんだよ」

「ザザッ……うし……こえ――」

「もしもし? もーしもーし……何だよ」


 砂嵐だけが聞こえ、完全に声が届かなくなる。

 かけ直そうと耳から離し、動きを止めた。

 スピーカーから声が漏れている。


「おーい、村田? 聞こえるか?」

「……ろ…………」

「は?」

「…………けろ……」

「悪ぃ、もう一回言ってくれ」

「開けろ」


 街灯の明が消え、ガラスに室内が映る。

 ――携帯を持つ自分と……その後ろに映り込む男の姿が。


「開けろ」


 もう一度。今度は携帯越しではなく、直接耳に届いた。

 男の口から声にならない声が漏れる。

 それに気付いた瞬間、男は駆け出していた。

 靴も履かずに家から飛び出す。

 勢い余って玄関先で躓き、盛り塩の乗った皿をひっくり返したが、それどころではない男は気付く事なく、そのまま走り去って行った。


「お、ラッキー」



 ◇◇◇◇


 

「遅ぇよ! 何で朝だよ。普通霊って夜行性だろ!?」


 次の日の朝、再び男の元を訪れた真琴は面食らった表情で足を止めた。

 男が家から出ていたからだ。

 真琴の姿を認めて声を上げた男に、驚きつつも返事をするため口を開く。


「そ、そうなの? 夜になったら帰らないといけない気がしてたんですけど」

「陽の光が眩しいんだよ、クソッ」

「……そういえば、どうやって脱出したんですか?」

「あ? ああ、ちょうど電話で話し中だったから、機械を通してみたら何とかチャンネルが合ってな。話しかけたら驚いて、皿ひっくり返して行きやがった」

「わ、ラッキーですね!」

「おうよ! 携帯って不思議だよなぁ……って事で、無事出られたからその報告だ」


 グッと親指を上に向けて出した男の顔に、やっと笑みが浮かぶ。

 彼女が夜通し考えてきた案が使われる事はなかったが、その様子に真琴もつられて笑顔になった。

 

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