29. 神さん
「やっぱそうか……こりゃあお手上げだな」
入室早々、紡がれた泰三の言葉に真琴は顔を青くした。
連れて来た飛鳥も、父の急な言葉に閉口している。
「お、お手上げって……」
「どういう事だよ、親父!」
説明を求め飛鳥を見つめるが、彼もまた泰三にそれを求めており、視線が交わる事はなかった。
「落ち着け。今から説明する。飛鳥、茶の用意だ」
自分の分のお茶が用意されるまで待つと、泰三は勿体ぶるかのように二人の顔を見回し、ゆっくりと口を開いた。
「まず、お嬢ちゃんは悪霊じゃない。これは確かだ」
「よ、よかったぁ……!」
安堵の色を見せる真琴。飛鳥は続く言葉にしっかりと耳を傾ける。
彼が分からなかった、成仏出来ない理由を聞き漏らさぬよう。
「そんでちょいと確認だが、お嬢ちゃん、最近神社に行かなかったか?」
「あ、昨日。えっと、大きな桜の……」
神社の名前までは分からなかったが、特徴を伝えると、泰三は合点がいったようで頷く。
「茶屋辻通りの七宝神社だな。飛鳥、お前行った事あるか?」
「……確か前に一度」
「その時何か感じなかったか?」
「……」
「あまり知られてねぇが、実はあの神社には二人神がいるんだ。一人は神社が祀っている石に。もう一人があの桜だ。ほら、昔から古い木には神が宿るなんて言うだろ? 今んとこ、注連縄も何もしてねぇから分かりにくいがな」
そこで、だ。
そう一度言葉を切ると、真っ直ぐに真琴を見つめた。
急な話の展開に首を傾げていたが、その真剣な面持ちに、ごくりと唾を飲んだ。
「嬢ちゃんはその桜の神さんに好かれたのよ」
「え……?」
「たまにあるんだよ。普通は生きた状態で気に入られるんだがなぁ……ほら、神隠しなんてのがそうだ。神さんがそいつを好きだから連れて行く。今回は霊体を気に入ってっからちぃと珍しいが……まぁ、簡単に言えばアンタは神の首輪がかかった状態だ。俺達も神にはおちおち手を出せねぇ」
首輪と聞き、無意識に自分の首を触るが、そこには何も感じないし、何も存在しない。
ただ、泰三によると纏う気に絡み付いているようなイメージなのだそうだ。
「どうやったら成仏出来るかっつー事だが……確か前に似たようなのがあった気がする。飛鳥、調べてやってくれ」
「お、おい! 調べるってあの過去リスの中からかよ!?」
「ついでに全部電子化してくれ。お前得意だろ」
泰三は簡単に言うが、泰三の言う過去リスト、南雲家が除霊師として働き出してからずっと書き続けてきた物で、その数は膨大。
日時、依頼者名、状況など、事細かに書かれているのだが、古い物だと変色したり虫に喰われたりと、読むのも難しい物もある程だ。
前から、電子化せねばと言っていたのだが、この機会に飛鳥に全て任せる気なのが見てとれた。
すぐ撤回しようと口を開くが、不安気に揺れる真琴の瞳が目に入ってしまった。
自身を落ち着かせる為、長く息を吐き、「わかった」と。
「だが俺の仕事の合間でだ。いつまでかかるか分かったもんじゃねぇぞ」
「あ……ありがとう! 悪霊じゃないって分かったし、気長に待つよ。私が言うのも何だけど、無理はしないでね」
来た時と違い、表情に余裕の出た真琴が、今度は気遣う色を見せる。
無理はしないでほしいが、だからといって調べてもらえないとなると困る。そんな微妙な感情を含んでいるのに気付いたのか、飛鳥は苦笑で返すと泰三と向かい合った。
「こっちは俺がするが、親父も周りに聞いてみてくれ」
「ああ。それくらいならお安い御用よ」
泰三が頷き、このまま閉幕かと思われたが、何かを思い出したように「あ、」と零した。
「そういえば、真中の野郎からいい酒貰ったんだった。嬢ちゃんも飲んでけ」
酒を探しに行った泰三と、せっかくだからと旭を呼びに行った飛鳥。
真琴は窓の外で咲き誇る桜に目をやり、柔らかく微笑む。春の風が花弁を一枚、はらりと室内へと運んだ。
いよいよ2016年も最後ですね。
皆さんよいお年をお過ごし下さい。




