23. 遅めの反抗期
反抗期も何も、真琴の存在を感じられるのならいいじゃないか。
そんな事を考えながら渋々脱いだ服で体を拭き、着衣した大輔。
扉を開けた彼は、声を失った。
頭には防災時のヘルメットを被り、片手にモコ、もう片方にはティーカップを握った彼女。
立ち尽くす大輔を見ると、不安気に視線を彷徨わせた。
「やっぱり、武器も持たなきゃダメかしら。娘だから、そんな物は持ちたくないのだけど……」
「いや……そもそも、その格好は何だ?」
「え? 物が飛んできたら危ないでしょう? こっちは、気分を落ち着かせるカモミールティーよ」
「あ、ああ。カモミール……」
「とにかく! あなたもこれを被って! まずは落ち着くよう説得して、要求を聞き出すのよっ」
真琴も優希も真っ直ぐに育ち、目立つ反抗期を迎えなかったのだ。元々の天然気質に拍車をかけ、弥生は完全に迷走していた。
そんな弥生に呆れた視線を向けるものの、大人しくヘルメットを被る。
真琴が死に、最近の弥生はすっかり落ち込んでしまっていた。
そんな妻が元気を取り戻したのだから、理由は何にせよ、夫として彼女を白けさせる事は言いたくなかったのだ。
足音を立てないように慎重に階段を上っていく。なみなみに注がれたカモミールティーが溢れ、床に落ちていく。部屋に入る前に後ろの大輔に目配せする弥生は、さながらドラマの警察官のよう。
壁に体を寄せたまま、部屋の入口へとティーカップを置いた。随分と量が減ってはいるが、彼女は満足そうに頷く。
「真琴、そこにいるのはわかっているのよ。抵抗は止めて、大人しく出て来なさい!」
「………」
出て来られると言うのなら、二人にとってそれが一番嬉しい事だろう。
暫く、そのまま娘の反応を待った二人だったが、彼女がひょっこりと顔を出す事は無い。二度と、無いのだ。
分かっていた事とはいえ、現実を突き付けられ、気落ちした二人。
先程までの姿が嘘のように意気消沈した妻の肩を抱くと、大輔は部屋の様子を確認する為、一歩踏み出そうとした。
「お、おい。お前……」
思わず、肩を握る手に力が入った。
何も。何もしていないのに、独りでにカップが倒れ、中身が溢れたのだ。
「あなた! 真琴よ! 真琴が返事をしてくれたのよっ」
「っ……!」
急いで駆け寄り、部屋の中を確かめるが、そこに娘の姿は見えない。
感極まった弥生の瞳から頬に落ちた涙をモコが舐め取るが、止めどなく溢れ出てくる。
ふと、大輔は部屋の隅に積まれた荷物へと視線を向けた。床に落ちている物は、どれもそこから崩れ落ちたように見えたからだ。
弥生を心配するようなモコの鳴き声が耳に入った時、大輔は悟った。
――これはモコの、いや、自分達の為なのだと。
「……弥生。真琴の部屋を片付けるぞ」
「片付けるって……っ、イヤよ! あの子が使っていたままで残しておくんだから!」
「もしも、ここにモコがいる時に、これが落ちてきたらどうなる?」
「………」
「真琴は、俺達に後悔しないでいいように教えてくれたんだ」
「でも……あの子の思い出が……」
「それでモコが死んだら本末転倒だろう! ……俺達も、少しずつ前に進んでいこう」
「あなた……そうね。わかったわ。真琴もそう望んでいるのよね」
部屋の隅から手を付けた二人に満足気に微笑むと、真琴はひっそりと部屋を出たのだった。
◇◇◇◇
「――って事で、自分の荷物見られるの恥ずかしいし、逃げて来た」
「へぇ、そんなもん?」
山頂付近の岩に腰掛け、街を見下ろす真琴と洋平。茜色の夕日が瞳に入り、眩し気に細めた。
「あぁあ。部屋を片付ける気になってくれたのは嬉しいけど、今回は失敗したなぁ」
「物動かしてるとこ見られたってヤツ?」
「それもだけど、お茶溢しちゃったのがね……。中身が気になって見に行ったら、引っかかっちゃって。存在感じちゃったら悲しむと思って、ひっそりと暮らそうと思ってるのにー!」
心底残念がる真琴に、苦笑を浮かべる洋平。そう心掛けるのはいいが、彼女の事だ。何だかんだ気付かれてしまうのだろう。
すぐに想像が出来てしまい、吹き出した洋平に恨めし気な視線を向けた。
友達の結婚式に出席して来ました。
凄く幸せそうで、こっちまで嬉しくなりました。




