22. 荷物の山
真琴が死んで、一月が経った。
彼女の家族はふとした時に悲しげな表情を見せるものの、段々とその頻度も少なくなってきていた。
ただ、愛犬のモコが入り浸っているからか、未だ心の整理がつかないからか。二階にある真琴の部屋は手付かずの状態のままの状態だが。
一人暮らしの部屋に置いていた私物が山積みにされた部屋の隅を見て、真琴は溜息を吐いた。
大物の家具は処分したにしても、一軒分の荷物が一部屋に詰め込まれているのだ。それはいつ、崩れ落ちてくるかもわからない。
このままだと、真琴に会いに来る愛犬が犠牲になる可能性も有り得る。
モコをこちら側に連れてくる訳にはいかない、と真琴は一人決意を固めると、その時を待った。
◇◇◇◇
――土曜日の夕方。この日は散歩後に、モコをお風呂に入れる日だ。
洗うのは父、乾かすのは母という連携プレーで、手際良く愛犬を洗っていく。普段は厳格な大輔がこの時ばかりはその仮面を外すのだが、それを知るのはモコと、外でタオルを手に待ち構える弥生だけだ。
風呂場のドアが閉まる音を、真琴は自室で今か今かと待ち構えていた。
作戦はこうだ。
まず、確実にモコが部屋に来ないその時を狙う。モコがいつでも入れる様に、部屋のドアは開け放たれているからだ。その時を待ち、部屋の荷物を散らかす。
簡単だが、これが作戦の全貌だ。これで、この状況が如何に危険なものであるか気付くだろう。
そして――その時はやってきた。
カチャリとドアが閉まる音。
それと同時に、真琴は全神経を目の前の山へと注いだ。安竹眞弓が使ったあれ《・》をしようというのだ。
「おおおお!」
気合いを入れる為、掛け声を叫んでみる。もし周りで見ている者がいれば、それが逆にやる気を削がれる様なものであったとわかるが、残念ながらそれを証明する者はいない
結果として、それが原因で階段を駆け上がってくる足音に気付けなかったのだから、それは間違いなく失敗だった。
山の頂点に鎮座していた目覚まし時計が、狙い通り宙に浮かぶ。そしてそれに続き、本やぬいぐるみも浮かべていく。あとはそれを崩れ落ちたように見せる為、足元へと降ろすだけだ。
壊さないよう集中し、それらをゆっくりと移動させていく。そしてそれがドアの前を通り過ぎた時、彼女は気付いてしまった。
廊下から驚愕の表情で母が覗いていた事に。
「う、わわわ!?」
驚きから、集中を切らせた真琴。コントロールを失ったそれが、勢いよく床へと叩き付けられた。
鈍い音を立てて壊れた目覚まし時計から電池が飛び出し、コロコロと弥生の足元へと転がっていく。それが彼女の足先に触れ、止まった時。弥生は弾かれた様に駆け出していた。
「……あっ、あなたー!!」
転がるように階段を下りると、風呂場へと直行する。勢い良くドアを開け放った弥生に、目尻の下がりきっていた大輔は不意をつかれ、肩が跳ねた。
「なっ!? 何事だ!?」
「大変なの! 真琴が……真琴がっ………!」
只事じゃない妻の様子に息を呑む。急いで来たため、息の切れた弥生を気遣う余裕も無く、ただその続きを待った。
「反抗期なのよぅ!」
「……はぁ?」
がっしりと肩を掴まれ放たれた言葉に、思わず口をついて出たのは間の抜けた声だった。
「見ちゃったの! 物を投げていたわっ! 一大事よ!!」
「真琴が、居たのか?」
「あの子の部屋に他に何が居るって言うのよ! 姿は見えなかったけど、あの子に間違いないんだから!」
「わかった。わかったから、タオルをくれ。上に取りに行ったんだろう?」
二階へ引っ張って行こうとする弥生に待ったを掛ける。彼女の剣幕から、緊急事態だとはわかったが、濡れたまま、しかも全裸で歩き回るのは避けたかった。二階に娘がいるというのなら、尚の事だ。
「それ所じゃなかったの! これで拭いて! 早く!!」
そう言って渡されたのは、先程まで大輔が着ていた服だ。散歩に行った為、汗でしっとりと湿っている。
嫌そうな顔の大輔に構うこと無く、弥生はそれを押し付けると濡れたままのモコを抱き抱え、脱衣場を出て行った。




