21. 犯人の足跡
「あの時は気が動転してて気付かなかったんすけど、やっぱおかしいんですよ」
呟き、確認するようにひとり頷くと、それが呼び水となり、次から次へと言葉が溢れ出した。
数分後、話に区切りが付いた時には、真琴はすっかり置いてけぼりをくらっていた。
「ちょ、ちょっと待って! とりあえず、整理しよう!」
「はぁ……最初に変だと思ったのは、家にアイツが――弟が、一人で居た事です」
父も母も入院中であったの安竹家。未だ高校生の俊の為、貴文が自分の両親に頼み、世話をしてもらっていた。それでなくても、数日の間に父親の手術に、姉を事故で亡い、母親も生死の間を彷徨っていたのだ。
人生の不幸が一気に襲ってきた少年を一人にしておく訳も無く、彼が学校にいる時間以外は片時も目を離さなかった。学校へも車で送り迎えし、買い物もどちらか片方が行くという徹底っぷりだった。
そんな祖父母が、あの騒動の日、家に居なかった。しかも、長時間というのだからおかしいと思うのも当然だろう。
「あの後、帰って来たジジババが部屋の有様にすっげー驚いて。アイツが一人だったって知って、ものすっごい喧嘩を始めたんすよ」
「物凄い喧嘩……」
「はい。二人ともまだまだ元気なもんで。――で、話聞いてたら、じっちゃんは公園のベンチ、ばっちゃんはスーパーの駐車場に車を停めて寝てたっつーんすよ。絶対おかしいっしょ」
何故そこで寝ていたか、そしてそこへ行った経緯も、二人は覚えていなかったそうだ。これだけでも不自然だが、不可解な点はまだあると言う。
「次に、弟。普通、幽霊とか怖ェもんから逃げる時って、外に逃げませんか? 部屋ん中に居たとしても、せめて部屋の端っこっしょ? でもアイツは部屋の真ん中に逃げた」
「……あ、確かに」
心霊番組を観た事の無い真琴は考えるのに暇がいったが、玄関から飛び出そうとした柏木雄太の事を思い出し、納得した。
「でも弟にとっては――あそこが一番安全なんすよ」
「え?」
「アイツは……小さい頃、幽霊が視えてたみてェで、変な霊に付き纏われてたんす……」
霊に怯える息子の為、貴文はそれ界隈に有名な寺院に助けを求めた。
家と本人をお祓いし、俊の部屋には霊が入れないよう特別な札をもらったのだと言う彼女の説明に、真琴は首を傾げる。
「でも私達、思いっきり入れてたよね?」
「御札が……黒く変色してました。どうやったか分かんないけど――きな臭ェと思いませんか?」
「誰かが、仕組んだって事?」
ごくりと、唾を飲む音が聞こえそうな程、真剣な顔で見つめ合う。
「正直、あの場に居た誰かだと思ってるんすよ」
「ええ!? じゃあ、なんで私には教えてくれたの?」
「一番、考え難かったからですよ。桜庭さん、あの中で一番死んでからの日が浅いし――」
こんな事を仕掛ける頭も無さそうだ、とまでは言わず、言葉を切り様子を窺う。考え難くはあるが、可能性は零では無いのだ。何か不審な点は無いか見落とさない様、眞弓は話している間彼女の動きを観察していた。
自分が見定められているなど、考えも付かない真琴は、腕を組み考え込んだ後、不安気に口を開いた。
「話してくれてありがとう。でも、その……弟くん、大丈夫なの? その御札の効果が、無くなっちゃった、んだよね? 知り合いに除霊師がいるんだけど、紹介しようか?」
眞弓から与えられた情報を真琴なりに整理し、考えてみた結果がそれだった。
生前、”オカルト”という分野にてんで興味が無かった彼女。そのためテレビや本等からの知識も無く、死んでから初めて見るものばかり。
そんな真琴が彼女の話を聞いて思い浮かべたのは、除霊師の事。犯人は誰かという問題の解決にはならないが、真琴にはこれが精一杯。つまる所、南雲飛鳥に丸投げしたのただ。
その頼りにならない案を聞いた時、眞弓は言葉を失っていた。
(犯人を探す事ばっか考えて、桜庭さんみたいな人を疑うなんてアタシはまた……)
真琴の考えを知る由もない眞弓は、彼女の俊を気遣う言葉に一人罪悪感を感じていた。弟から理由も聞かずに怒り、部屋を散らかした、あの後悔が思い出されたのだ。
対して、真琴は戸惑っていた。自分の言葉を聞くなり、黙りこくった眞弓の姿に悪い予感が過ぎる。
(もしかして、もう……)
俊は、手遅れの状態なのだと。
悲痛な面持ちで唇を噛む眞弓の様子に勘違いし、励ます言葉を模索する。
「「あの!」」
「あの、桜庭さん……いえ、桜庭の姉貴と呼ばせて下さい」
「姉貴!?」
「姉貴、御札なら父が八雲寺――除霊師南雲に頼んでるので、安心して下さい」
「うん!?」
「とにかく! 狙いが何かわかんないので、姉貴も気を付けて下さい。また何かあったら報告します」
どうしてこうなった! と真琴は叫びたい衝動を抑える。
御札は既に手配されているのなら、先の表情は何だ。しかも突然の姉貴呼び。混乱する頭の隅で、店主の吹き出す音が聞こえた気がした。




