19. いじめの理由
「お母様は今も意識不明で、眞弓ちゃんは知っての通り……。亡くなってからは、家に帰ってなかったみたいだから、久しぶりに帰ってきて悲しくなっちゃったんだと思うわ」
「母親なら、ついさっき目を覚ましたよ」
床に落ちた家族写真に、哀憫の情を抱く。しんみりとした空気をものともせず、藤井の話を引き継いだのは老婆だ。いつ現れたか気付かない程自然に、そこに立っていた。
「あなたは?」
「私は同じバスに乗っていた者さね」
近くにあった辻ケ花総合病院に運び込まれた乗客達。眞弓は即死だったが、まだ美和の方には可能性があると、老婆は側で見守っていたそうだ。
「眞弓ちゃん、聞いて! お母さんが目を覚ましたそうよ!」
「え……? 本当、なのか?」
「ええ! この方が教えてくれたわ」
「……あん時の、」
片桐の言葉で、彼女の目に光が戻る。次いで紹介された方へ顔を向けると、驚いた様に目を丸くし、そして居心地の悪さから目を逸らした。
ここにいるという事は、老婆もあの事故で……
「やっぱりあの時、視えていたんだねぇ」
「視えて…?」
「私は、とっくに死んでいたんだよ。生きていた時の名残でねぇ、あのバスに乗るのは一つの楽しみなのさ」
「そ、っか」
「ちなみに、アンタの父親の横のベッドが、私の旦那だよ」
「あれ? そういえば――」
世間は狭いですね、と和やかな空気になりかけた所で、真琴は眞弓へと顔を向けた。
「そもそも、弟くんは何で虐めてたの?」
「それが……」
真琴の問いに顔を見合わせる眞弓達。暴れるだけ暴れて、そこには気が回らなかったらしい。
物が飛ばなくなったからか、泣いてはいるものの大分落ち着きを取り戻した弟に、眞弓が問い掛けようとした時――扉をノックする音が響いた。
「それなんだけどねぇ、私の方の坊やが教えてくれたよ」
開いたままだった扉から入って来たのは、他の少年を担当していた精鋭だ。
人当たりの良い笑みを浮かべているが、その顔が自分に向いた時、何故か真琴は背中に寒い物を感じた。
「うっわ、人口密度高いねえ。その子、視えなくてよかったね」
精鋭、菊間の指摘に顔を見合わせる。
狭い部屋に幽霊が六人。一時的ではあるが、下手な心霊スポットよりも心霊スポットらしくなっていた。ここに霊感がある者がいたら卒倒しそうだ。
「そんな事より、理由! 理由を早く教えてよ!」
苦笑を浮かべた面々の中、眞弓が菊間に詰め寄った。
眞弓に落ち着く様に言うと、彼女は部屋の隅にあるベッドへと腰掛け、長い黒髪を弄びながら待った。
「取り乱しちまってすんません……それで――理由、教えてくれませんか?」
「端的に言うと、アンタ達が乗っていたバス……事故を起こしたバスだね。それに柏木雄太も乗る予定だった。が、乗り遅れて助かった、という事を友達に話しているのを聞いてしまったらしいわ」
九死に一生。雄太側から見れば、運が良かったで終わる話だ。だが、それを耳に入れたのが犠牲者側の人間だと、感じ方も変わるのだろう。
「ちなみに言うと、アンタの弟が主犯っていうより、周りが気を利かせて勝手に。っていうのが多かったみたいだよ」
「え……でもアイツは……」
明らかになった経緯に、眞弓は言葉を詰まらせた。
弟が主犯では無かった事は嬉しいが、そうなった理由に自分が関係していたのだ。複雑な思いを胸に、散らかった部屋を呆然と眺める弟を見やる。
その時、勉強机の上に置かれた俊の携帯電話が鳴り響いた。
突然の音に肩を震わせた俊だったが、力無く立ち上がると、そちらへと向かった。
ただ、その相手の名前を見た片桐が余計な気を利かせた為、辿り着く前に足を止めたが。
「俊! 戻ったぞ! 母さんの意識が戻った!!」
スピーカー状態になった電話から聞こえたのは、慌てた貴文の声。泣いているのか、微かに鼻を啜る音も聞こえた。
それに安堵の涙を流した俊は、突然電話が繋がった事や、今までのポルターガイストも気に止めず、携帯電話へと駆け寄った。
「ほんっ、本当に!? 母さんがっ……生きて……っ」
「母さん……」
「……その声……眞弓かっ!? そこにいるのか!?」
小さく呟いた声だったが、貴文にはしっかりと聞こえていた。片桐が眞弓に何かしたのか、優しい笑みを浮かべて、泣きじゃくる眞弓を見つめていた。
「眞弓……元気にしているか? すまなかったな……俺がしっかりとしていれば、お前も母さんも……」
「父さん! 姉ちゃんはもう……分かってんだろ!」
「いや、俊。眞弓はそこにいる」
「父さん……でも――もしかしたら……本当に、姉ちゃんなのか?」
散らかった部屋の中を見回し、問い掛ける俊に眞弓が頷くが、彼には見えも聞こえもしないようだ。ただ、眞弓が彼の腕に触れた時――何かを感じたのか、大きく目を見開いた。
「ねえ、ちゃん……!」
「眞弓、約束する。これからは俺が母さんと俊を守る。絶対、もうこんな事は起きない。だから安心してゆっくり休んでくれ」
「すぐ……すぐこっちに来たりなんかしたら、許さねぇからな!」
眞弓の言葉に、嗚咽を漏らしながら頷く貴文。
これ以上話せば、お互いに名残惜しくなる。眞弓は最後に活を入れると、通話を切った。突然切れた電話に、俊が慌てて掛け直しているが、その後眞弓が話す事はなかった。




