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さくらのはな  作者: 日縒 千夜
春は出会いと花見酒
18/59

18. ある日曜日


 ――日曜日の昼下がり。

 暖かな陽射しの中、母娘がバスに揺られていた。

 隣同士に座っているというのに、娘は素っ気ない表情で窓の外に広がる海を眺めるばかりで、その間に会話は無い。


 金色に染められた娘の髪が窓から差し込む光に当たり、人工的な輝きを放っている。対照的に、後ろ髪に白髪の混じる母親からは、苦労の色が見受けられた。


 傍から見たら、不良娘とそれに悩む母親の像だが、二人の後ろに座る老婆は微笑ましくそれを見つめていた。



 安竹(やすたけ)美和(みわ)とその娘、眞弓(まゆみ)はその日、朝早くから出掛けていた。場所は市立辻ケ花(つじがはな)総合病院。眞弓の父、貴文(たかふみ)の入院する病院だ。


 数日前、仕事中に貴文は倒れた。救急車で運ばれ、検査を待つ間、美和は落ち着いていた。

 心配していないと言えば語弊があるが、(むし)ろゆっくり身体を休める良い機会だと楽観視していたのだ。しかし、蓋を返せば緊急手術。

 ――脳梗塞だった。


 四十半ばという事もあり、健康に留意していなかった貴文は、飲酒・喫煙は当たり前。辛い物を好んで食べるという生活を繰り返す内、高脂血症、高血圧と着々と脳梗塞の発症リスクが上昇していった。


 虚を突かれた美和は、回らぬ頭で娘と息子を呼び寄せた。

 手術(オペ)が終わるのを待つ間、子供達の手を取り祈った。数時間後、オペが成功したと聞いた時は親子三人、涙を流して喜んだものだ。


 意識が戻り、集中治療室(ICU)から一般病棟へと移された夫に、美和は足繁く会いに行った。

 休みの日には、眞弓や(しゅん)も顔を出すのが常だったが、この日は違った。俊が熱を出したのだ。


 オペ後の免疫力の落ちた貴文に会わせるには危険という事で、渋る俊を自身の両親に任せ、眞弓と二人で病院へと向かった。


 意識が戻ってからは、その若さ故か回復も早く、来週には退院出来ると聞き、一番喜んだのは眞弓だ。

 その感情を隠す様に海を眺める娘に気付かれぬ様、美和は頬を緩めた。


 ――バスは進んで行く。



 さて、話を戻そう。

 何故、二人の後ろに座る老婆が偏見無く母娘を見ていたかという事だが、彼女もこのバスの常連なのだ。


 自転車で転け、骨を折った彼女の夫もまた、辻ケ花総合病院に入院していた。


 整形外科と脳外科、分野の異なる患者だが、部屋数という病院側の都合で、奇しくも同室となったのだ。

 若い者と楽しそうに話す夫を見て、老婆はその偶然に感謝すらしていた。


「――お父さんが帰って来たら、お祝いしなくちゃね」

「……うん」


 終点が近付き、人の少なくなった車内。親子の他に、二、三人が乗っているだけだが、彼らに配慮して小声でやり取りしているが、その声からは喜びが滲み出ていた。


 不意に窓の外を見た老婆が、首を傾げる。


(今日は、あれは無いのかのう?)


 海を望みながら走るこのバスは、辻ケ花で取れる海産物の説明や、道路端に咲く花について、この時期の夕日スポット等、地元の良さをアナウンスしてくれるというサービスがあった。

 辻ケ花出身者が出した演歌を、音痴な運転手が歌うという有難迷惑な日もあったが、老婆は日によって変わるそれを楽しみにしていた。


 ――いつもと違う。不意に、背中が寒くなる感覚がした。嫌な予感がする。

 走るバスの中、運転手の元へと急ぐ。


「大丈夫かい!?」


 予感は的中した。運転手の顔色は真っ青で、額には脂汗が浮かんでいる。

 老婆が声を掛けるも、それに気付く様子もない。


 どうにかして乗客に伝えようと、後ろを向いたその時。バスがぐらりと揺れた。


 胸を掴み、痛みに顔を歪める運転手に気付いた乗客から悲鳴が上がった。混乱が広がっていく。

 道路端に寄せ、バスを停めようとハンドルを切った時、運転手は静かに意識を手放した。


 ――崖から、車体が滑り落ちる。


 体を包む浮遊感の中、老婆は眞弓と目が合った気がした。


いつもスマホで書いているんですが、こないだパソコンで見て短さにびっくりしました。

今回からは少し長めに書こうと思います。

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