18. ある日曜日
――日曜日の昼下がり。
暖かな陽射しの中、母娘がバスに揺られていた。
隣同士に座っているというのに、娘は素っ気ない表情で窓の外に広がる海を眺めるばかりで、その間に会話は無い。
金色に染められた娘の髪が窓から差し込む光に当たり、人工的な輝きを放っている。対照的に、後ろ髪に白髪の混じる母親からは、苦労の色が見受けられた。
傍から見たら、不良娘とそれに悩む母親の像だが、二人の後ろに座る老婆は微笑ましくそれを見つめていた。
安竹美和とその娘、眞弓はその日、朝早くから出掛けていた。場所は市立辻ケ花総合病院。眞弓の父、貴文の入院する病院だ。
数日前、仕事中に貴文は倒れた。救急車で運ばれ、検査を待つ間、美和は落ち着いていた。
心配していないと言えば語弊があるが、寧ろゆっくり身体を休める良い機会だと楽観視していたのだ。しかし、蓋を返せば緊急手術。
――脳梗塞だった。
四十半ばという事もあり、健康に留意していなかった貴文は、飲酒・喫煙は当たり前。辛い物を好んで食べるという生活を繰り返す内、高脂血症、高血圧と着々と脳梗塞の発症リスクが上昇していった。
虚を突かれた美和は、回らぬ頭で娘と息子を呼び寄せた。
手術が終わるのを待つ間、子供達の手を取り祈った。数時間後、オペが成功したと聞いた時は親子三人、涙を流して喜んだものだ。
意識が戻り、集中治療室から一般病棟へと移された夫に、美和は足繁く会いに行った。
休みの日には、眞弓や俊も顔を出すのが常だったが、この日は違った。俊が熱を出したのだ。
オペ後の免疫力の落ちた貴文に会わせるには危険という事で、渋る俊を自身の両親に任せ、眞弓と二人で病院へと向かった。
意識が戻ってからは、その若さ故か回復も早く、来週には退院出来ると聞き、一番喜んだのは眞弓だ。
その感情を隠す様に海を眺める娘に気付かれぬ様、美和は頬を緩めた。
――バスは進んで行く。
さて、話を戻そう。
何故、二人の後ろに座る老婆が偏見無く母娘を見ていたかという事だが、彼女もこのバスの常連なのだ。
自転車で転け、骨を折った彼女の夫もまた、辻ケ花総合病院に入院していた。
整形外科と脳外科、分野の異なる患者だが、部屋数という病院側の都合で、奇しくも同室となったのだ。
若い者と楽しそうに話す夫を見て、老婆はその偶然に感謝すらしていた。
「――お父さんが帰って来たら、お祝いしなくちゃね」
「……うん」
終点が近付き、人の少なくなった車内。親子の他に、二、三人が乗っているだけだが、彼らに配慮して小声でやり取りしているが、その声からは喜びが滲み出ていた。
不意に窓の外を見た老婆が、首を傾げる。
(今日は、あれは無いのかのう?)
海を望みながら走るこのバスは、辻ケ花で取れる海産物の説明や、道路端に咲く花について、この時期の夕日スポット等、地元の良さをアナウンスしてくれるというサービスがあった。
辻ケ花出身者が出した演歌を、音痴な運転手が歌うという有難迷惑な日もあったが、老婆は日によって変わるそれを楽しみにしていた。
――いつもと違う。不意に、背中が寒くなる感覚がした。嫌な予感がする。
走るバスの中、運転手の元へと急ぐ。
「大丈夫かい!?」
予感は的中した。運転手の顔色は真っ青で、額には脂汗が浮かんでいる。
老婆が声を掛けるも、それに気付く様子もない。
どうにかして乗客に伝えようと、後ろを向いたその時。バスがぐらりと揺れた。
胸を掴み、痛みに顔を歪める運転手に気付いた乗客から悲鳴が上がった。混乱が広がっていく。
道路端に寄せ、バスを停めようとハンドルを切った時、運転手は静かに意識を手放した。
――崖から、車体が滑り落ちる。
体を包む浮遊感の中、老婆は眞弓と目が合った気がした。
いつもスマホで書いているんですが、こないだパソコンで見て短さにびっくりしました。
今回からは少し長めに書こうと思います。




