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さくらのはな  作者: 日縒 千夜
春は出会いと花見酒
16/59

16. 真中太一

「いい? 私が行くから、そこで見てて」


 片桐の言葉に頷き、目立たないカウンターの端の席へと座る。



 片桐の采配により、片桐と真琴、眞弓と藤井、あとは彼女の集めた精鋭達が一人ずつ受け持つ形となった。

 片桐と真琴が担当する雄太の担任、真中太一。彼は学校が終わると行き付けのバーで呑む習慣があった。

 こぢんまりとしたセンスのいい店。薄暗い店内には、ぽつぽつと客がいるくらいで、落ち着ける空間だ。


 ――それなのに、真琴はどうしても落ち着く事が出来なかった。


 テーブル席に着く、真中の正面に座った片桐。勿論、真中には彼女が見えていない。しかし片桐が真中へと手を伸ばすと、どうした事か、突然現れた片桐に気付き、驚いた声を上げた。


「あら、どうしたの? いきなり大きな声を出されて。私とのお話中に夢でも見たのかしら?」

「え……? そう、なのかもしれないな」


 飄々とそう言ってのけた片桐に、酔いの回っていた真中はそんな気がしてくる。こんな時、つい話を合わせてしまうのはサラリーマンで培われた習慣(悪い癖)だ。


「大丈夫? ほら、お酒が足に溢れちゃってるわよ?」

「え? う、うわぁ!?」


 溢した覚えはない、がひんやりとした感覚に足元を見てみると、そこにあったのは足の間から見つめてくる男の顔。それは無表情ながらも、無念さを訴えるように真中の事を見ていた。

 大声を出して驚いた真中を、片桐は不思議そうに見つめてみせる。


「どうしたの?」

「い、いや、今ここに顔が……!!」

「あらやだ。怖いわぁ。最近この近くで事件があったそうよぉ。いじめの延長で、ビルからビルを飛び渡らせてたみたいなんだけど……」


 落ちちゃったみたいなの。

 そう、片桐が言うと部屋の温度が一気に下がった。正確には、真中の周りだけなのだが、彼にそれを知ることは出来ない。


「貴方に、何か伝えたい事でもあったのかしらね?」

「そ、そんな!」


 一人で大声で話す真中を遠巻きに、客が一人また一人と帰って行く。バーテンダーは困った表情で彼等を見送ると、何事も無かったかのように片付けを始めた。店内で騒ぐ男に注意もせずに、だ。


 真琴はその態度に疑問を覚え、そして確信する。


(この人、視えてる)


 素知らぬ顔でコップを拭く男に気を取られている間に、またも真中から悲鳴が上がった。

 振り返ると、先の男とは別に、ワンピースを着た女が一人、増えていた。真中の腕に、腕を絡ませる。彼は見えないながらも、腕を掴まれた感覚は分かったようだ。必死に振り払おうと、腕を振り回している。


「ひぃいい!! いっ!?」

「あらあら」


 振り回していた腕が、グラスに当たり、床へと落ちた。そんな様子に片桐は笑みを深めると、男の前へと一歩踏み出した。


「ひっ!?」


 テーブルを貫通する片桐に、目を見開く。今まで話していた女が、(それ)であったのだから。


 声にならない悲鳴を上げながら、店を飛び出した真中。片桐は面白そうにクスクスと笑うと、真琴へと顔を向けた。


「少し、魂を(いじ)ったの。あの人、これからずっと霊に付き纏われる生活を送るわ」


 目の笑っていない笑顔で告げられた言葉に、顔が引き攣る。この人は怒らせてはならないと、真琴が感じた瞬間だった。


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