第38話
ルミ達が背後を振り返ると、武装した兵士を両脇に従えた男性が立っていた。
「こんな所にいらしたのですね、イーサン皇子」
「くっ……。アシモフか」
イーサンが気まずそうに呟く。
アシモフと呼ばれた男性は口元に冷ややかな笑みを浮かべこちらを見つめている。彼はクライン帝国の重臣で帝国いちの切れ者として名高い。帝国の学院では皇帝パルパレオスと首席を争った程だ。
アシモフは鋭い眼つきでこちらの様子を見ながら言った。
「帝国中の人間が貴方の帰りを待っているんですよ、皇子。さあ、私と共に城まで来て頂きます」
イーサンは下を向いて首を振り、言った。
「俺は帝国に戻るつもりはない。皇帝なんて俺には無理なんだ……」
アシモフはひとつため息をつくと、強い口調で言い放った。
「貴方という人はいつもそうやって逃げてばかり……。嫌なこと、自分にとって都合の悪いこと、めんどくさい事を周囲の人間に擦り付けて自分は好き勝手し放題。なぜ貴方の様な人間のクズが皇帝の子供として生を受けたのか……」
イーサンは自嘲気味に笑って答えた。
「さあな……。こっちが聞きたいよ」
イーサンだって好きで皇帝の長男に生まれた訳じゃない。皇帝の長男である、というだけで能力など本人の職業適正を一切無視して皇帝の座に座れてしまうのはどう考えてもおかしい。彼はそう思っていた。
アシモフの考えもその点ではイーサンと共通していた。しかし、この国は能力よりも血統を重んじるのだ。彼はそんな帝国のあり方を変えたかったのだ。
「とにかく、話の続きは城に戻ってからということで……」
アシモフの両脇にいた兵士がじりじりとイーサンに近づいてくる。
イーサンはルミ達に向き直り、小声で言った。
「ここで捕まったら俺は二度と城の外に出られないかもしれない……。頼む。俺を逃がしてくれないか?」
ルミはしばらく考えて、うなずいた。イーサンに助けてもらった恩を返したかったからだ。彼女は右手に魔力を込めると、地面に向かって火炎魔法を放った。
爆炎が辺りを包み、アシモフ達が怯んだ。
「今だっ!」
ヘイデンの掛け声を合図に4人は全速力でその場を走り去った。
「くっ! ま、待てっ!」
後ろからアシモフの叫び声と、兵士達の走る音が響いた。
「おのれ……、手こずらせおって……!」
アシモフは両手の拳をわなわなと震わせ、厳しい表情で走り去るルミ達を凝視していた。
なるべく穏便に済ませたかったが、向こうが頑なに反抗するのなら仕方がない。アシモフは秘められた力を開放することにした。
走るルミは、背後に悪しきオーラが膨れ上がっていくのを感じた。後ろを振り返ると自分達を追いかけてくる兵士達の顔がガイコツになっていた。
「モ、モンスター!?」
ルミの声にヘイデン達3人も後ろを振り返る。そこにいたのは人間の兵士ではなく、鎧をまとったドクロの剣士、スケルトンナイトであった。
二匹のスケルトンナイトは鋭い片手剣を携え、4人に迫ってくる。
イーサンは呆然とその様子を眺める。
「これは……、どういうことだ!? なぜアシモフがモンスターを従えてるんだ?」
「あのお方と契約することで頂いた力ですよ、イーサン……」
スケルトンナイトの後ろから、コートをまとったガイコツのモンスターが現れた。
「お前……、アシモフか?」
「そうですよ。どうですこの力……。素晴らしいでしょう! 私こそ皇帝に相応しい!」
アシモフは皇帝になりたかった。しかし、自分には能力があっても血統がなかった。皇帝一族に生まれなければいくら能力があっても皇帝にはなれないのだ。
ならばそんな国の仕組み事態を変えればいい。アシモフはその為に悪魔と契約したのだ。
ルミ達4人は足を止め後ろに向き直ると、武器を構えた。もはや戦うしかないと悟ったのだ。




