第37話
小休止をとったルミ一行は再び歩き始めた。まだ日は沈んでいないが、墓地という場所柄のせいか辺りはどんよりとした暗い雰囲気に包まれていた。
やがて一行は一つの大きな墓の前に立った。このお墓だけ周りと大きさが明らかに違う。墓石の材質も上等な物が使われている。
ルミは墓標に記されている文字を読んでみた。
「クライン帝国民に愛されし偉大なる皇帝パルパレオス、ここに眠る」
この墓は先日亡くなった皇帝のものだったのだ。
イーサンはもの悲しげな表情でお墓に近づくと、静かに呟く。
「この世は不条理だと思わないか? 出来のいい弟は早死にし、出来の悪い兄がおめおめと生きながらえるなんてな……」
「えっ? イーサン、それってどういうこと?」
ルミがイーサンの横顔を見ながら尋ねる。
イーサンは答えた。
「俺はクライン帝国皇帝パルパレオスの実兄だよ」
「えええええーーー!!!」
ルミもヘイデンもロゼッタも目を丸くして驚いた。そんな高貴な出自の人物には全く見えなかったからである。
今度はヘイデンが尋ねる。
「じゃ、じゃあお城の兵士達に追われてたのは?」
「ああ……それはな」
イーサンは語る。
先代の皇帝センダックが亡くなる直前、国民の関心は当然次代の皇帝は誰になるかだった。皇帝候補はセンダックの息子であるイーサンとパルパレオスのどちらかだった。この国では伝統的に長男が家業を継ぐのが当たり前だったので、普通に考えれば長男のイーサンが皇帝の跡継ぎになるはずだった。
しかしイーサンは、子供の頃から「ダメ皇子」として有名だった。勉強も武芸もカリスマ性もコミュニケーション能力もまるでダメだったのだ。弟のパルパレオスの方があらゆる面で兄を上回っていた。国民は皆パルパレオスが跡継ぎに相応しいと考えていた。
だが父センダックはイーサンを後継者に指名しようとした。能力よりも伝統を優先したのだ。家臣の中にはイーサンの政治能力を不安視する意見もあったが、「長男が家業を継ぐ」という古くからのしきたりを重んじる声の方が圧倒的だった。
こうして次代皇帝はイーサンに一本化されようとしていた。だがその事を察知したイーサンは帝国を去った。自分は皇帝に相応しくない、パルパレオスが皇帝になるべきだと彼は思ったのだ。それに彼には他にやりたい事があった。音楽である。
イーサンは旅に出て吟遊詩人となった。風の便りにパルパレオスが皇帝になったと耳にした。これで良かったんだと彼は思った。自分が皇帝になってたら今頃祖国は滅茶苦茶になっていただろう。
それから数年後、吟遊詩人として風の向くまま気の向くままに旅をしていたイーサンの元に皇帝崩御の噂が飛び込んできた。居ても立っても居られなくなった彼は久しぶりに祖国クライン帝国に戻ってきた。帝国は若く有能な皇帝の早すぎる死を嘆く声で埋め尽くされていた。
一方城内では後継者としてイーサンを連れ戻そうと大臣を中心にイーサン捜索隊が結成された。弟の死を悲しみながら城下町をぶらついていたイーサンはその捜索隊に追われる身となったのだ。そこでルミ達と出会ったのだ。
「それで兵士に追われてたのね」
ロゼッタの言う通りだとイーサンは言った。
「俺は皇帝にはなりたくない。俺には無理なんだよ……」
イーサンは目を強く閉じて首を振る。
ルミは言いづらそうに口を開いた。
「あの……、実はわたし達、皇帝さんに会いにここまで来たの」
「なんだって」
ルミはここまでのいきさつをイーサンに話した。
「なるほど……その黒フードの男が風のジュエルを狙っていると。で、その黒フードの男から風のジュエルを守りたいって訳か」
「うん。それで、クライン帝国の皇帝が風のジュエルを管理してるって聞いたんだけど……」
「風のジュエルか……」
イーサンは思い出す。父はよく護衛の兵士を連れてクライン城の北にあるトナルエ山に行っていた事を。トナルエ山は聖なる山として地元では知られている。
「じゃあそのトナルエ山って所に風のジュエルがあるの?」
「恐らくな。だが……」
イーサンは下を向いてポツリと呟く。
「トナルエ山の入り口は厳重な扉で封鎖されていて、クライン皇帝が持つ皇帝のカギがないと入れないはずだ」
「そ、そんな……」
ルミは力なく呟く。その時、背後から複数の足音が響いてきた。




