第36話
見渡す限りの大草原にルミは思わず走り出したくなる。城下町を出てだいぶ歩いたが、牧歌的な雰囲気の漂う草原地帯はとても凶悪なモンスターがうごめいているとは思えない。
「まだ目的地にはつかないの?」
足が棒になってきたロゼッタが泣き言を呟く。ここまでずっと歩きっぱなしで足は限界に近づいていた。
「もう少し先だ」
イーサンはそのひょろっとした体型とは裏腹に疲れ知らずだった。
「そんな……。少し休ませてよ。私、もう限界だわ」
ロゼッタは足元がふらついて今にも倒れそうだ。一行はしばらく休憩することにした。
適当な岩場に4人は腰掛ける。ロゼッタは疲れ切っていてぐったりしている。
「わたし達どこに向かってるんですか?イーサンさん」
ルミが尋ねた。
「ルミちゃん。『イーサンさん』って呼び方はやめてくれよ。堅苦しいのはなしだ」
「えっ。じゃあ何て呼べばいいですか」
「うーん……。まあ、普通に呼び捨てでいいよ。敬語もやめてくれ。フランクにいこう!」
年上のヘイデンを呼び捨てにするのに抵抗を感じないルミですら、自分より3倍くらい年が離れてそうな相手を呼び捨てにするのはさすがに気が引ける。
だが、本人が強く希望するのでその通りにした。
「じゃあ……、イーサン。わたし達どこに向かってるの?」
イーサンはしばらくうつむいて考えていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「お墓だよ」
随分と辛気臭い所へ行くんだなと、ヘイデンとロゼッタは思った。ルミは誰のお墓なのか聞いたが、イーサンは上手くはぐらかした。
体力を回復させた4人は再び歩き始めた。
辺りはいつの間にか草一つ生えない荒地になっていた。ルミ達の眼前に柵の様な物が見えてきた。イーサンは向こうを指差して、
「あそこだ」
と言った。
イーサンからは「危険な場所」と聞かされていたが、ここまでモンスターとは遭遇していない。
そのせいで少し気が緩んだのだろうか。ルミは足下に忍び寄る危機を察知するのが遅れた。彼女がその危機に気付いた時には、もうその身体は宙を舞っていた。
地面からにゅっと突き出した腕がルミの左足を掴んで、そのまま彼女の華奢な身体を上空へと持ち上げたのだ。
「きゃああああ!!!」
ルミの左足を掴んでいたモノが地面から姿を現した。腐臭漂う死体が魔障の影響を受けてモンスター化した、リビングデッドであった。リビングデッドはその朽ち果てた姿に似つかぬ怪力でルミを軽々と持ち上げると、そのまま地面に叩きつけた。ルミは全身を強打し意識を失った。
「ルミっ!!!」
ヘイデンとロゼッタは武器を構えた。イーサンは竪琴を抱えたままじっと様子を見ている。気を失いぐったりしているルミにリビングデッドは更に追い打ちをかけようと右手を振りかざした。だがその右手は次の瞬間、どこかへ飛んで行った。ヘイデンが短剣で斬ったのだ。ロゼッタがリビングデッドの背後にポジショニングし、その脳天をハンマーで思い切り叩きつけた。頭部を破壊されたリビングデッドは崩れる様に倒れ、動かなくなった。
地面に倒れているルミは、身体をびくびく痙攣させている。
「ルミ! しっかりしろ!」
ヘイデンが彼女を抱き起こす。息はあるが、かなり危険な状態だった。
「俺の出番だな」
イーサンはそう言って竪琴を構え、音を鳴らした。優しい旋律が辺りに響いた。ヘイデンとロゼッタは呆然と彼の演奏を見ていた。まるで未開の土人を思わせる奇妙な演奏の仕方だったが、その指先から奏でられるハーモニーは聞く者の心の邪な部分を全て洗い流すかの如く優しかった。
ルミの身体が暖かな光で包まれる。傷ついた身体を癒しているようだ。
イーサンは演奏を終えた。そして光が止んだ。
「ううん……」
ルミはゆっくりと目を開き、身体を起こした。全身の痛みはきれいに取り除かれていた。
「痛みが消えてる……。ありがとう、イーサン」
「なあに。お安い御用さ!」
「今の、イーサンの能力?」
ロゼッタが尋ねる。だがイーサンは地面に尻餅をついて疲れきった表情をしている。
「ああ。癒しのメロディーだ。だがこの技は精神力を大きく消耗するんだ。少し……休むよ……」
イーサンはぐったりとした表情で休んでいる。どうやら連続で使う事は出来ないらしい。4人は再び小休止をとった。




