第35話
城の兵士から皇帝の死を告げられ、失意のまま城下町に戻って来たルミ達の眼前を、鎧姿の兵士達が何人も通り過ぎていく。
彼らは誰かを探しているらしい。
「さっきの人を探しているのかしら」
ロゼッタが言うさっきの人とは、クライン城下町にたどり着いた直後ルミが誤ってぶつかった中年男性のことだ。
兵士達は血相を変えて走り回っている。余程の重犯罪人なのだろうか。
ルミ達はとりあえず体力を回復させる為に宿屋を探した。手掛かりもなくブラブラと町をさまよっていても無駄に消耗するだけだ。
少し人のまばらな通りに出ると、築何百年もありそうな歴史の匂いがする建物が並んでいる。レンガの舗道を歩きながら宿屋を探していると、ある建物の軒先に樽がいくつも設置されており、その樽の隙間に男性が身を隠しているのが見えた。
ルミは口に手のひらを当てて思わず「あっ」と声を漏らした。その声に反応したヘイデンとロゼッタが振り向くと、そこに隠れていたのは先程の中年男性だった。
中年男性はしまった!と言わんばかりに、無精ひげに囲まれた口元に人差し指を立てて「しーっ」と声にならない声を出した。
ルミは珍しい動物でも見つけたかの様に彼の潜んでいる樽の辺りまで接近すると、しゃがんで覗き込んだ。中年男性はこっち来るなと目で抗議していたが、彼女がしゃがむと目の前に滅多に見れない嬉しい光景が映ったので思わず表情がにやけてしまう。この時ばかりは神様に感謝したくなってくる。
「あの、こんな所で何してるんですか?」
屈託のない純粋な好奇心からくるルミの質問だった。中年男性は我に返り真剣な表情に戻ると声を潜めて答えた。
「決まっているだろう。かくれんぼだよ」
中年男性らしからぬ幼稚な答えだった。
ルミはすぐに事態を察した。
「さっきの兵士達に追われてるんですか?」
中年男性は黙ってうなずいた。ヘイデンとロゼッタは遠くからなりゆきを見守っている。しばらくの沈黙の後、中年男性はおもむろに口を開いた。
「なあ、お嬢さん。あそこに立っているのは君の仲間かい?」
そう言って中年男性は二、三回あごでヘイデン達のいる方を指した。ルミがうなずくと、
「なるほど、君達はなかなか腕がたちそうだ。実は俺はある場所に行きたいと思っている。しかし、その場所はモンスターが徘徊していてちと危険なんだ。見ての通り俺は戦いに自信がない。どうだろう。俺をその場所まで連れていってくれないか? 勿論俺の出来る範囲で謝礼はするつもりだ」
ルミはしゃがんだ姿勢のまま後ろを振り返り、ヘイデン達を呼んだ。そしてヘイデン達に今の話を伝えた。
「謝礼か……。正直金に困ってない訳じゃないし、オレは構わないぜ」
ヘイデンの言う通り、ルミは旅立つ前にそれなりのお金を持ってきてはいた。まだそのお金は尽きていないが、無限にあるはずはない。ヘイデンは貧乏暮らしでお金は期待できない。ロゼッタもあまり持っていなかった。
今まであまり意識してこなかったが、ルミ一行の深刻な懸案材料だった。
ロゼッタも賛成したので、ルミは男性の依頼を受けることにした。
「そうか! すまない、恩に着るよ」
中年男性は明るい表情になった。それでも爽やかさはなかった。そうと決まれば早速出発しようと、ルミは立ち上がった。その時点で中年男性の眼前に展開されていた嬉しい景色は幻となった。中年男性は名残惜しい気持ちになったが、あの素晴らしい光景はしっかり脳に焼き付けたので、今後何かとお世話になるだろう。
気を取り直して中年男性は樽の隙間から注意深く這い出た。そしてゆっくりと立ち上がり、あることを思い出してルミ達の方に向き直り、口を開いた。
「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はイーサン。しがない吟遊詩人さ」
ルミ達も軽く自己紹介すると、城下町の出口へと向かった。




