第33話
「くそっ……。見せつけやがって……」
ヘイデンはイライラしていた。
ライザ国城下町を出発してクライン帝国を目指すルミ一行は見晴らしのいい街道を歩いていた。ルミとロゼッタは黙々と歩を進めているが、ヘイデンはさっきから前方を歩く二組のパーティーが気になって仕方がない。
彼はもう一度そのパーティーを視界に入れる。長身痩躯の美青年戦士と赤いロングヘアーの美少女魔道士が、まるで見せびらかすようにイチャイチャしながら歩いていた。あの二人の周辺だけ何だか空気が違って見えた。
ヘイデンの心にどす黒い感情が吹き上がってくる。
「ヘイデン、どうかした?」
ルミが心配そうにヘイデンの顔を覗き込んだ。
「え!?な、何でもないよ。あはは……」
無意識のうちに険しい表情になっていたのだろうか。ヘイデンは慌てて作り笑いを浮かべる。
「もしかして、嫉妬してる?」
横からロゼッタが口を挟んだ。
ヘイデンはギクッとして頭をポリポリかきながら言った。
「う、オ、オレがそんなよこしまな事考える訳ないじゃん。あのカップルムカつくぜーとか、爆発しろとか、そんな事考えるわけ……」
その時である。突如として耳をつんさぐような爆発音が前方から響いた。前を歩くカップルはびっくりしてあたふたしている。
「え!? オレ何もしてねーぞ!?」
たじろぐヘイデン。ルミとロゼッタは緊張感のある表情になって爆発のあった辺りを凝視する。
「ひ、ひえええええ!!」
さっきまで気取った雰囲気で恋人をエスコートしていた美青年は、情けない声を出して全速力で逃げていく。
「あっ! ちょ、ちょっと待ってよー! おいてかないでー!」
涙声になって美少女魔道士は慌てた様子で彼の後を追う。
カップルがいた辺りに何かがいた。人型だがごつい肉体をしたモンスター、オークであった。オークの右手に丸い物体が乗っている。
「気をつけて! 何か仕掛けてくる!」
ロゼッタが注意を促す。ルミとヘイデンは既に戦闘態勢に移行していた。
オークは持っていた丸い物体をこちらへと投げつけてきた。
「!? 危ない!」
ルミの叫びに反応して三人は後方へとジャンプした。丸い物体が地面に触れた瞬間、爆発した。爆炎が巻き起こり、轟音が響く。
「さっきの爆発はあいつの仕業ね」
ルミは素早く閃光魔法を放った。鋭い雷光がオークの身体を貫く。オークは野太い声をあげて怯んだ。
「今だ! いくぜぇぇ!!」
ヘイデンとロゼッタはオークの元へ走っていき、攻撃した。ヘイデンの短剣とロゼッタのハンマーによる攻撃でオークはひとたまりもなく絶命した。
「やった!」
ルミ達の勝利である。
危険が去り、草むらに身を隠していた美青年戦士がひょこっと姿を現し、道の端っこでがたがた震えていた美少女魔道士の元に歩み寄り、気取った仕草で手を差し出した。
「大丈夫かい? ハニー……」
すると美少女魔道士は美青年の左頬に強烈な平手打ちを食らわせた。
「女の子をほったらかして逃げるなんてサイテー!」
つかつかと歩き出す美少女魔道士の後ろを、おろおろしながら美青年戦士が追いかける。ルミ達は呆然と一部始終を見ていた。
「ね? 恋人と過ごす幸せなんてもろいものよ」
ロゼッタはヘイデンにそう言った。
確かに考えてみるとそうである。恋人がいない人間は、恋人がいる人を羨ましいと思うかもしれない。しかし、恋人がいる人は毎日戦々恐々としているのだ。いつ恋人の機嫌をそこねてしまうか。いつ恋人に嫌われてしまうだろうかと。イチャイチャするカップルは一見すると幸せそうだが、実はそんな悩み苦しみを抱えて生きているのだ。
だが恋人がいない人には、そんな悩みなど存在しない。
「つまり、恋人がいないオレは幸せ者って事か……?」
ある意味そうである。だからイチャイチャするカップルを見ても爆発しろなんて思ってはいけないのである。
だがヘイデンの本音はやはりこうだった。
「彼女欲しい……」
そうこうしているうちに、ルミ達の眼前には荘厳な趣のクライン帝国城下町が広がっていた。




