第1話
星皇暦745年、アナテマ大陸東部にグランクラニア王国という国があった。
その国の首都、ノイエ・ローマニアで一番歴史のある建物、グランクラニア王立魔法アカデミーの第三演習場で、杖を構えた背の低い少女が精神統一をしていた。少女の床に届きそうな長い金髪は、まるでマントのように風で靡いている。膝に少し届かないローブの裾がふわふわと揺れるたび、下に隠れている白く棒のような太ももがあらわになる。黒い長靴下に革靴を履いた足に力を込めて、彼女はカッと目を見開いた。
「はあぁぁっ!!!」
彼女が掛け声をあげると、杖の先から火球が5つ、前方に立っているカカシめがけて飛び出していった。しかし、火球はどれもカカシに命中しなかった。
「やれやれ……いけませんねぇ、ルミ」
後ろから声をかけてきたのは、インテリな眼鏡を掛けた、知的そうな青年だった。
「あ……バロック先生……」
ルミと呼ばれた少女は気まずそうに下を向いた。
「そんな有様では、今日の試験が思いやられますねぇ」
「う……今のはちょっとミスしただけです!」
「まったく……あなたは優秀なのかドジなのか、いまいち分かりませんね。まあいい、とにかく、今日はあなたが王国の正式な魔道士になるための最終試験の日です。心して臨むように」
「が、頑張りますっ!」
「では、行きましょうか」
「ええっ!?先生も一緒に行くんですか?」
「当たり前です。試験官はこの私ですから」
バロックは眼鏡を中指でくいっと持ち上げた。ルミは緊張した面持ちで身を縮めた。
螺旋階段を降りながら、バロックはルミに訊ねた。
「ルミ、あなたが最も尊敬している魔道士は誰ですか?」
「えっ」
唐突な質問にルミは訝しむ。
「これって、試験に関係あるんですか?」
「ありますよ」
バロックは簡潔に、きっぱりと答えた。
「わたしが、尊敬している魔道士……」
ルミの脳裏に、父の輪郭が浮かぶ。といっても顔はベールで包まれたように真っ黒で、はっきりと思い出すことが出来ない。父については、人から噂で「すごい魔道士だった」と聞いただけだ。何がどうすごい人だったのかは分からない。単独で世界大戦を終わらせたとか、ドラゴンを同時に100頭倒したとか、俄かには信じがたい伝説が一人歩きしている状態だった。
ルミは父の姿を振り払うと、
「わたしが尊敬している魔道士は、バロック先生です!」
と高らかに宣言した。
「ほう、私ですか。おだてても、試験は有利になりませんよ」
あくまでクールを装いながらも、バロックの口元は緩む。たとえおべっかだったとしても教え子に真っ正面から尊敬されるのは、やはり悪くない。
ルミは、さっきから疑問に思っている事を口にした。
「ところで、これからどこへ行くんですか?」
気を取り直してバロックは答えた。
「氷の洞窟ですよ」
王都ノイエ・ローマニアを出て、氷の洞窟へ向かうルミとバロック。
「氷の洞窟といえば、氷のジュエルがありますよね」
「そうですね。ではルミ、氷のジュエルとは何ですか?これも試験の一部ですよ」
ルミは氷のジュエルについて回答した。まずジュエルとは魔力の結晶であり、巨大なクリスタルのような姿をしている。魔道士は精神をジュエルに交信し、その魔力を引き出して魔法を行使する。だから魔道士にとってなくてはならないのがジュエルなのだ。ジュエルはこの世界に4つあり、その一つがこれからルミ達が行こうとしている氷の洞窟に安置されているのだ。ルミの語り口は優等生そのものだった。
「満点です。模範的な回答でした。流石はアカデミー始まって以来最高の天才と一部で噂されているだけのことはありますね」
バロックの物言いは決して誇張などではなかった。長いアカデミーの歴史の中で、12歳で魔道士昇格試験を受ける人間は100年に一人いるかどうかだった。ルミは間違いなく天才だ。彼女ならあの男を超えるかもしれない。しかしバロックは時々不安になることがあった。その不安は、前方にうっすらと見える三匹のモンスターによって改めて示されるのであった。




