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episode06-杖の価値

 テレレッレレー。斉藤蓮は、よく分からない棒っ切れを手に入れた。


「はあ……全然嬉しくねえ……」


 オッサンの魔法実演会が終わり、何かよく分からん裂け目から姿を現してさっさと処理された可哀そうなドラゴンをバックに、自分の杖の効力を証明出来て嬉しいかったのかニコニコ顔のオッサンに件の杖を渡された。


 俺は内心のドキドキを隠しながら目の前に差し出された杖を受け取り、オッサンの満面の笑みを見ながらこう言われた。


「どうです?この杖はお気に召しましたか?」

「アッ、ハイ」


 そのまま街の外から上の空の相槌を打ちつつ仲良し親子と並んで帰還し、街に入るやいなや俺は逃げ帰る様に早々に別れを告げた。


「あのオヤジめ……あんなの目の前で見せられて、杖は要りませんって言える訳ねえだろうが……」


 万一そんな事してあのオヤジの逆鱗に触れてみろ、あのめっさ強そうなドラゴンを一撃死させた魔法で、あの世行きの快速チケットを渡されてしまうこと請け合いだ。あの見た目温厚そうなオヤジが娘の事以外でキレるとも思えんが……


 まあ腹も膨れたし、悪い事ばかりじゃなかったし良いか。


 街の中をトボトボと歩き、ギルドに辿り着いた頃には太陽がすっかり上っていた。


「いらっしゃいま……いらっしゃいませ。ようこそ冒険者ギルドへ……」

「おいフロント嬢、その鬱陶しげな表情は何だ。文句があるなら聞こうじゃないか」


 俺と目が合った途端目線を逸らして声のトーンを下げるフロント嬢。俺の質問には答えずそのまま受付に居た他のスタッフと視線を交わし、そそくさと立ち去って行った。おい、お客さんへの態度がなってないんじゃないかね?


 こんなことで一々問題を起こすほど良識に欠けている訳でもないので、後でギルドの偉い立場っぽい人にクレームを付けてやろうと心のメモ帳に記しながらカウンターへ。俺がカウンターに並ぶ冒険者たちの後ろに並ぶと、俺の顔をチラ見した冒険者たちがすぐに前を向き直し、何故か気持ち列の間隔が空いた。そしていつも通り酒臭いギルド内を見回していると、何故かローブ姿の冒険者たちが俺の手元を決まって眺め通り過ぎ、しばらくすると俺のようやく俺の番が回って来た。


「どーも。こんちは」

「あら、あなたね。昨日は大変だったわね。おかげでギルド内もあなたの噂で賑わっていたわ」

「まあな。俺くらいビックでイケメンな冒険者になると、俺のファンたちが騒いじまうのも当たり前だな」

「……あなた、本気で言ってるの?」

「……冗談だよ。ネタにマジレスするんじゃねえよ。こっちが恥ずかしくなってくるだろうが。自分が平均以下の顔面偏差値なのは分かってんだよチクショウ!」

「ふふ、ごめんなさいね。あなたの最近の行動が少しずつおかしくなってきてるみたいだから、ついからかってみたくなっちゃって。あまりオイタが過ぎると、先日お伝えした注意事項とは別にギルド内でのブラックリストに載るから気を付けてね」

「何だ、俺のどこがオイタが過ぎるっているんだ?」

「あなたは……その目は本気で言ってるのね、もう良いわ。それで、今日はどんな用かしら、依頼の受注?」

「ああ、これを頼みたいんだが」


 俺はそう言いながら、事前に掲示板から選んでおいた紙切れを渡す。


「隣山での薬草摘みですね。この山には偶にハイドウルフやウッドベアが出るので気を付けてください。それでは、ご健闘を」


 仕事の事になると礼儀正しくなるお姉さんを背にギルドの外へ向かおうとしたところで、俺はある事に気付いた。


「そうだ、あのお荷物女神は……?」


 朝の一幕のおかげですっかり忘れていたが、ラミルにギルドに向かうよう言って出て来たんだった。別にあれを連れて行かなかったところで依頼は達成出来そうだが、今回は人手があった方が早く終わるかもしれん。

 ギルド内を見渡しながら見た目だけは目立つ残念女神を探していくと、視界内に机に突っ伏しながら項垂れるあの目立つ銀髪とそれを囲む様に立っている見覚えのある三人の後姿が……


 俺は即座に人ごみに紛れ、気持ち顔を隠しながら撤退を図る。しかし―――。


「ああーっ!見つけたわよ、この鬼畜男!」

「エマ、いましたか!ラミルちゃんをこんな目に遭わせてほったらかしにするクズが!」

「ちょっとそこのあなた、ええあなたです。顔を隠してないでこっちに来なさい。こら、逃げない!早くこっちにいらっしゃいな!」


 あーあ。見つかったか……


 俺は親から変な人には関わってはいけませんという教えに従ってさっさと逃げようとしたものの、無駄な俊敏さを発揮した目がギラッギラの獣共に捕獲され、退路を断たれてしまった。俺はこれから、このイカレた目付きの獣共の餌食になってしまうのか……


「ちょっと、誰がイカレた獣よ!あんた心の中だけで考えているつもりかもしれないけど、全部口から漏れてるからね!」

「獣の勘とはなんと恐ろしいのでしょう。遂には俺の清い心の中まで覗き見、それを改竄する知能まで身に着けてしまうとは……」

「あんたの心のどこが清いのよ!何か月も掃除してないドブ川以上に濁ってるじゃない!」


 いつ会ってもキャンキャンキャンキャン五月蠅い奴だ。俺の周りを囲ってる二人も逃がしてくれそうにないし、こいつらの茶番に付き合ってやるか。


 そんな事を考えながら、ぐーたら女神がのさばっている机に連れて行かれる。ああ、腕を引くならもうちょっとこうあるでしょう?お約束が分からないんですか、分からないんですね……


「ラミルちゃん、連れて来たわよ!ほら、こんなんでもあなたのパーティメンバーでしょう?」

「おい、こんなんって何だこんなんって、俺以上に望める素晴らしい人員など皆無だろうが」

「「「えっ……」」」

「だからよーネタだって言ってんだろうがよー何でわかんねーんだよー……」


 まさかの真顔で心配そうな表情をされたので、ここらへんで自重しておこう。


「おいラミル、いつまでそんなとこで寝てやがんだ。さっさとクエストに行くぞ」

「うう……おなか、へった……」

「私たちがさっきクエストから帰って来てラミルちゃんを見つけてからずっとこの調子なんだけど、あんた、ラミルちゃんにちゃんと食べさせてあげてるんでしょうね?」

「ああ?俺の記憶が正しいなら、昨日からこいつは何も食べてないはずなんだが?」

「なんだが?……じゃないでしょう、この鬼畜男!もしかしてあんたたち、昨日のあれから本当に何も食べてない訳!?」

「はあ?そんな訳ないだろう」

「そっ、そうよね……あんたも人格は最低とはいえ冒険者の端くれなんだし、自分のパーティーの女の子に食べさせてあげるくらいの甲斐性は……」


 俺の言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろした様子のエマとかいう女に、俺は堂々と胸を張って言い放つ。


「ああ、食べてきたぜ。俺一人でな!」

「死ねえっ!」

「死になさい!」

「この最低男ッ!」

「そう来ると思ったぜ!」


 お決まり過ぎる暴力展開を華麗な回避。俺はそんなテンプレ受け入れないぜ!


「ちょっと、何で避けるのよ!」

「そうです!あなたみたいなクズは、素直に殴られるべきなのです!」

「はあ?お前ら、頭湧いてんじゃねえか?俺はお前らに何もしてないし、何もされる謂れは無い」

「ではラミルさんに謝りなさいな!こんな可愛い子を泣かせておいて、それでもパーティーメンバーですか!?」

「そうだよ、残念ながらな。俺の輝ける未来のために、このお荷物女は俺が世話しなきゃならんのだ……そうだな。こいつに飯を奢ってやってくれるって言うのなら、飯代がかからないから大歓迎だが?」

「この男、本当に救いようがありませんね!」

「どこまでもぬけぬけと……!エマ、カミラ!」

「今度という今度は許しておけないわ!覚悟なさい!」

「おっ、昨日の続きか?来いよほら、来てみろよ。俺みたいな駆け出し冒険者に三人がかりでしか挑戦できない熟練冒険者様ァ!」


 再び始まった小競り合いに、ギルド内も俺たちの喧騒を窺う観衆で溢れ返る。流石に目の前の三人と対峙しているのが俺だと分かると、昨日の一件を思い出したのか興を削がれた様に去って行く者たちもいるが、それでもやはり喧嘩の華々しさには勝てないらしい。


 牙を剥き出しに猛り狂う三匹の獣をもちろん俺は、ひそかにギルド入り口方面の人だかりを確認する。こんなバカども相手に喧嘩おっ始めるなんてメリットが無いし、こっちをさっきから観察しているギルド職員にブラックリストに入れられたら、たまったもんじゃない。


「ちょっとあなたたち、ギルド内での私闘は―――!」


 と、ちょうど奥から出て来た他の職員が俺たちの間に制止に入ろうとしたところで……


 ―――きゅるるるるるるるるるるるる……と悲しげな音が、俺たちの一帯―――正確には騒動の発端であり蚊帳の外だった机に突っ伏している腹ペコ女神の方から聞こえてきた。


 張りつめた一触即発の空気が、何となく物悲しいものに変わる。周囲で状況を見守っていたやじ馬たちも、何となく居た堪れない表情を浮かべながらそそくさと去って行く。


「……ねえ、あんたをとっちめるより先にラミルちゃんにご飯食べさせてあげて良い?」

「おお、良いぞ。俺は今金持ってないから、支払いはお前ら持ちな」

「それで良いわよ……カミラ、ジュゼ、それで良い?」

「腑に落ちないところもありますけど、まあ」

「私も構いませんよ。ちょうど私たちもお昼時でしたし。その鬼畜甲斐性無し男を吊るし上げるのは、ラミルさんの笑顔を見てからにしましょう」


 腹ペコ女神のことはこちらを睨み付けているかしまし三人娘が見てくれるそうなので、俺はいつもの受注カウンターではなく、アイテム買取カウンターまで足を運ぶ。ここの受付でも俺の美しさに見惚れた可愛らしい女の子(実際には口元が引きつっていた)が応対してくれる。


「はいー。今日はどのようなご用命で……」


 その呼びかけに応じ、速やかに本日収穫した杖をテーブルに提示した。

 この買取カウンターでは、俺の様に使用しない武具を押し付けられた者、他には財宝や依頼には無いモンスターの希少部位を買い取ってもらうことが出来る。通常、ギルドが掲示板に張り出した依頼物品を届け、その対価を得て糧とするのが冒険者の仕事ではあるが、依頼先やフリーの活動中に思わぬ収穫に恵まれる機会は珍しくない。また、そんな物品が勝手に市場で売り捌かれ、値崩れや金銭的なトラブルを生じる可能性は多分に存在する。そのため、ギルドは事前にこのような事態に対処すべく、一般的な市場価格より割高で物品を買い取っているそうな。

 しかし、聡明な俺は騙されない。というより、以前ギルドから帰る際に。


「やったー! 今日は『双対の破竜』のお二人がサファイアゴーレムの水晶を持って来てくれたわ!」

「ほんと!? これで私たちのボーナスもギルド長、奮発してくれるんじゃないかしら。あのお二人には感謝感謝ね! 今度お礼に、お食事にでも誘ってみようかしら」

「ちょっと、何どさくさに紛れてんのよ。ジェイス様を射止めるのは、私って決まってるんだから」

「ふざけないでよ、ナタル様の方が男らしくてカッコいいでしょ!」

「あら、ジェイス様のあの優しい雰囲気に朗らかな笑顔! その魅力が分からない粗野な方は、いつも相手にしてる野蛮な男冒険者にでもお相手してもらったらよろしいんでは?」

「何よ! このぺちゃパイ!」

「そっちこそ、この乳お化け!」


 この先は、よくある泥沼の醜い言い争いに発展したので割愛。いやー、女は怖いね。女のメアドとバッグを見ちゃいかんというのはホントだね。

 そんなどーでも良いことを考えてながら、偶に脇を通過していく美少女冒険者のブレストアーマーの仕立て具合を確認していると、ルーペのようなもので杖の鑑定を行っていた職員が神妙な顔で顔を上げ、俺だけに聞こえるようこっそり耳打ちをしてきた。


「何だ。俺に惚れたのか。告白なら、もっとムードの……」

「あなた、これをどこで手に入れました?」


 ふざけた調子の語りかけに返ってきたのは、思いもよらぬほど真剣な声音の問いかけ。しかし、この質問に俺は戸惑いを隠せなかった。そのため、聞かれた通り何らかの思惑があるなどと考えずに返答してしまう。


「えっと、知らんかもしれないけど。ギルドから出てしばらく西に行ったところにある道具屋のオヤジに貰ったんだよ。髭が生えてて、親バカの」

「親バカの西の道具屋……ああ、あの方ですか……」


 呆れ顔で、ため息を吐く職員。すげえな、親バカで共通認識が浸透してるぞ。


「って、そうではありません。あなたはこの杖の価値について、オルドさんからちゃんと説明を受けましたか?」

「あのドタコンオヤジ、オルドっていうのか。あまりにもバタバタしてて名前すら知らんかった」

「では杖のことは……」

「何も」


 ですよねー。と一旦放心状態で目元を手で隠す職員。しかし、流石の切り返しの早さで復帰し本題に入る。


「いいですか。この杖は、杖の素材にライジングバイド、塗装にハミルの蒼をあしらってあります。これだけでもレリック級に到達しますが、このコア部分は、私では鑑定が不可能でした。もしこの結晶が、これらの素材と同等、もしくはより上位の素材だとすると……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そのレリック級ってのは?」

「あなた、本当に冒険者ですか?」


 うっわ。真面目にバカを見る目で見下された。

 ここで無能の烙印を押されるのは癪なので、以前別の買取カウンターの職員に聞いた記憶を必死で捻り出す。


「確か、武器や防具、アイテムにはランクがあって……普通の街売りの装備がコモン、名工とか有名な作成者由来の物がマスター、その上が古代の遺物で凄い力を秘めてるレリック……だったっけ?」

「その次は?」

「次? 俺はレリックまでしか説明を――」


 そう思い至った俺は、偶然にも以前話を聞いたすぐ右のカウンターで買取を行っていた女性職員に視線を移すと、目線をすっと逸らした後、彼女は奥に……。


「待て! あんた、俺がレリック以上のアイテムを手に入れねえと思って説明省きやがったな!」

「ひっ、あの、襲わないでえええええ!」


 脱兎のごとく駆け出し、奥に引っ込んでいく女性職員。物騒なワードにギルド中の注目を集めてしまうが、発生源が俺と分かった途端、皆興味なさげに平常に戻る。


 ……。


「ちょっと、カウンター内に入らないでください! あっ、ダメです! ギルドの奥は関係者以外立ち入り禁止です! 誰か! 誰かこの人を抑えて!」

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