episode03-クエスト失敗!
「なあ……」
「すみません……」
「お前が初めてだよ、女性関連の冤罪事件を立て続けに二件も起こしてここに連れてこられる奴は。実際に、女性にイタズラした酔っぱらいのスケベオヤジや強姦を繰り返すバカはいるんだが……」
「本当にすみません……」
俺はラミルを泣かしてやった後、周囲にいた目撃者たちの証言により、ラミルを便利使いした後暴行を働いて道端に捨てたという容疑が掛けられ、まさか二度と経験するとは思わなかった、人生二度目のブタ箱コースアゲインとなってしまった。ラミル本人が事件の実際のあらましを話して誤解を解いてくれたことで、なんとかそのまま薄暗い牢屋連泊プランは避けられた。
「まあ、被害者の女性本人が事実無根だって証言してるし、今回は不問にしておくが、紛らわしい言動はこれから控えるように」
「お世話になりました……」
肩を落としながら人生二度目の出所。刑務所の外には俺を待っていたラミルが暇そうにしており、本当に罪を償って出てきた連ドラの犯人みたいだ。
「よう」
「ああ、出てきたのね。あなたが寂しい牢屋で過ごすのが可哀そうだって思って、私が皆にちゃんと事情を説明したおかげで出て来られたのよ。私の海のような心の広さに感謝しなさいよね!」
「で、本音は?」
「ここで恩を売っておかないと、レンが出てきた時に怖いし、何よりせっかく手に入った生活基盤なのに……はっ!?」
「やっぱりか……」
完璧にやっちゃったって顔でそっぽを向くセコ女神に呆れる。ここで損得勘定抜きに助けておけば、リルも多少は助けてくれるだろうに。
「まあ、一応は助けてくれたみたいだし、礼を言っとくよ。今日は色々疲れたし、さっさとホーンスタッグをギルドに持ってって飯にしよう」
「そうね!なんか大変だったけど、今日のご飯が最優先よね!」
能天気な女神を引き連れギルドへ向かう。ギルドの中に入ると、ラミルの証言で事態は収束していたのか大半の冒険者には特に気にする素振りもないものの、俺を誤認逮捕に追いやったさっきの女冒険者3人組が突っかかって来た。
「ちょっと、そこのクズ男」
「なんだ?人様の事情も碌に聞き入れずに、俺に冤罪を被せたクソビッチ」
「誰がビッチよ!私はまだ処女……はっ!?」
「ほ~う。そんないきり散らしてるのに経験ないんすか。カワイイとこあるんじゃないですか?じゃあもっとお淑やかにすれば、他の男冒険者に相手して貰えるんじゃないですか、ええ?」
「くっ……この……!」
「あなた!そっちの子に酷いことをしたと思ったら、今度はエマにセクハラですか!?ほんとーに、救えない男ですね!」
「知らんわ。大体、俺たちのじゃれあいを本気にして、勝手な了見で騒ぎを大きくしたのはお前らだろう。これからは、十分に状況を吟味してから首を突っ込んだ方が良いぞ」
「この男!自分が事件を引き起こした張本人のくせに、この態度!もう許しておけないわ!表へ出なさい!エマ、カミラ、やるわよっ!」
「ええ!」
「もちろん!」
また勝手に突っ走って、手にご自慢の獲物を取り出す三人。流石に自分たちから勝負を挑むだけあって、その装備は今日が活動初日となる俺より充実している。こんな事は日常茶飯事らしく、ギルド内も急に始まった決闘話に沸き立っている。だが、そんな期待を裏切って俺は一言。
「やだよ。決闘なんかしねーぞ」
「「「はっ?」」」
「アホ面を晒して貰ってるとこ悪いが、何で俺がそんなもん受けると思ったんだ?俺はこのホーンスタッグを納品して、さっさと飯を食いたい。それに、お前らのガキ臭い決闘を受けて何の利益がある。第一、俺今日冒険者になったばかりのひよっ子なんだけど。そんな初心者に三人がかりで勝負を挑む?君たち、頭おかしいんじゃないの?」
「「「こっ、こいつ……!」」」
「おーおー、そうやって仲良く悔しがってろ。俺らはこのホーンスタッグの納品に行くから。じゃあな」
「レン、あなたって……」
ラミルが何か言いたげな顔をしているが、そんなのは知らん。これから始まろうとしたイベントフラグを盛大にぶっ壊した俺に向けられる周囲の視線が、じと目のコーラスを奏でている。第三者にそんな目で見られても、俺の鋼の心は破れぬわ!
そのしらけた雰囲気の中、鬱陶しい三人娘を尻目に素早く納品に向かう。すっかりお馴染みなったカウンターのお姉さんも、その笑顔に少し呆れの色を滲ませている。
「はい、これが納品するホーンスタッグだ」
「あなた、本当に臆面なく行動しますね……ギルド内の私闘は禁止されているので、私どもとしては別に良いですけど、あちらの三人は固まってますよ?」
「いいんだよ。あのバカ三人が売ってきて、買わなかった喧嘩なんだから。どうでもいいから、さっさと納品を受け付けてくれ。今回は皮だけの納品だから、肉の方はここで調理して欲しい。食いきれない分は買い取りで」
「はい、了解しました……」
気乗りしない様子で、仲間の従業員と一緒にホーンスタッグを回収して行くお姉さん。この間にも、勝負を蹴った俺に対する寒々しい視線が向けられるが、既に大多数の冒険者は興味を失ったようで目の前の夕食に舌鼓を打っている。唯一の例外が、未だに親の仇を見るみたいな目の鬱陶しい三人だ。俺は華麗にその視線をスルーし、クエストの達成金で振舞われる夕食を想像して胸を膨らませる。
「……手続きが完了しました」
「おう。で、報酬は?肉は後で出て来るんだろ?」
「それが……」
「ん?」
報酬を知らせに来たいつものお姉さんではない受付の娘が言葉を詰まらせる。もっとはっきり話せ、はっきり。クラスの可愛い娘に声をかけられた昔の俺かお前は。
「レンさんの納品したホーンスタッグは身体に大きな傷がつけられてまして、皮の納品としては不十分なんです。しかも、このホーンスタッグは雄の個体でして、身体は筋肉が多すぎて食べられません……」
「はあ!?じゃあ、俺の報酬は……」
「認められません……ごめんなさいっ!」
そう言い残して、受付の娘は奥に引っ込んで行く。呆然とする俺に、バカ女神が叫びを上げる。
「どうすんのよ!これじゃ、私の晩御飯はどうなるの!?あなたがあのシカを斬っちゃんたんだから、責任とってよ!」
「知るか!俺だって皮の納品で傷付けちゃいけないなんて知らなかったし、第一何もしてなかった役立たずにそんな事言われたくねえ!」
「役立たず!?この私が役立たずですって!もう怒った!」
「おう、かかって来いや、バカ女神!」
「ちょっとちょっと、ギルド内での喧嘩はダメですよ!」
再び俺らの醜い争いが勃発しようとした時、受付の娘の制止の声がかかった。理性的な俺は渋々ながら矛を収め、当座の問題を直視する。
「で、どうすんだよ。結局報酬貰えなかったから金は無いし、今からクエストを受けるにも遅すぎる……しゃーない、今日は晩飯抜きで寝るか」
「本気!?今日は晩御飯抜きなの!?私お腹すいたお腹すいたー!」
「駄々捏ねんじゃねえ。無い袖は振れんのだ。さっさと宿屋の馬小屋行って、寝る準備しよう。喉元過ぎればってやつだ、ほっときゃ空腹なんて忘れるよ」
「うう、仕方ないわね……」
ラミルと一緒に今日の晩飯に馳せていた想像を捨て、空腹のままギルドの入り口に向かう。すると目聡く俺たちの様子を察したお調子三人娘が、また突っかかって来た。
「ちょっと、そこの哀れなボク?その顔は、クエストが達成出来なくてお金が無いって顔ね」
「えっ、お金が無いんですか。あんな横柄な態度を取ってたのに、ラミルちゃんに食べさせるお金もなし?ほんとーにどうしようもない男ですね、ぷーっ!」
「あら、お金が無いのね。そんな甲斐性無しの坊やにお姉さんが夕食を……奢る訳ないでしょう?」
うっぜーっ!エマとかいう最初に詰め寄って来た女だけでもウザいのに、三人集まると何倍もウザい。文殊の知恵じゃなくて、ウザさが凄まじく滲み出て来ている。
「うっせーな。俺は金が無くて夕食が摂れないから、いつも以上にイライラしてんだよ。それ以上絡んで来るなら、お前らのそのチャラチャラしたスカートを脱がせてギルドの前の木に括り付けるぞ。それが嫌だったら、三人仲良くミラハルドでも狩って来たらどうだ?掲示板の依頼の中では、一番報酬が高かったみたいだぞ」
「この男は、また性懲りも無くセクハラを……っ!それにミラハルドなんて、私たち三人だけで狩れる訳ないじゃない。あんな化け物、それこそギルドの超一流冒険者が集まらないと無理よ。私たちの武器じゃ傷一つ付けられないし、それ以前に近付けもしないわ」
「ですよねー。私は噂しか聞いたことないですけど、王都の精鋭騎士団が討伐に向かって帰って来たのはその1割程度で、しかも討伐自体は失敗したって話でしたし」
「全くよね。正直、何でこんな辺境のギルドに討伐依頼が届いたのかが不思議なのよね。ミラハルドは、住処としている霊峰エレボスから下りて来ないはずなのに。手を出さなきゃ被害は出ないんだから、そっとしておくのが一番じゃないかしら」
「そうよねー」
「ですです!」
はいはい、仲のよろしいこって。こいつらにこれ以上絡まれたくないので、さっさとギルドを出ようと―――
「ちょっと、何帰ろうとしてるのよ」
―――して捕まった……
「もう、何なんだよ……そんなに俺の事が好きなら、お前らが飯を奢ってくれんのか?」
「誰があんたなんか好きになるもんですか!でも、夕食を奢るってとこは合ってるわね」
「マジか!」
「ただし!」
「ん?」
リーダー格の鬱陶しさ筆頭娘が、俺をビシッと指差し。
「私と決闘して勝ったらね!」
「よーし。ラミル、帰るぞ」
「「「なっ!?」」」
「帰っちゃうの!?」
思いっきりポーズを決めておいて、即座に噛ませ犬化した三人娘が、お似合いの間抜け面を晒す。ハハッ、愉快痛快。
「さっき言っただろ、俺は冒険者成り立ての初心者だって。そういう台詞は、俺がもっと冒険者として大成した後に言うんだな!」
「わあー、言ってる事は最低なのに、無駄に潔く見えるのは何故かしら……」
「あんた、それでも良いの!?ここは私たちと勝負する―――」
「行くぞラミル!馬臭い藁のベッドが俺らを待っている!」
「はあ……」
溜め息に呆れを滲ませながらも、ラミルは素直に背後に付いて来る。
いざ行かん、ギルドの外へ!
「このチキン野郎がーっ!」
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