episode01-いざ、冒険者ギルドへ?
白い扉を潜り抜けて辿り着いた先、眩い日の光に手を翳して目が慣れてくるのを待つと、そこには異世界の街並みが広がっていた。
「うお……おおおおおおお……」
「ん、どうしたの?」
呻る俺にラミルがちょっと不思議そうに声を掛けてくるが、そんなことは意識の外に排除され、只々内側から湧き上がって来る衝動に任せて雄叫びを上げる。
「うおおおおおおおおおおおお!」
「!?」
俺の叫び声に隣にいたラミルはもちろん、往来を歩いていた人たちまでビクッと身体を震わせて俺を凝視する。
「えっ、何!?急にどうしたの!?異世界に来たショックでとち狂っちゃった?元からバカっぽい顔してたし、しょうがないのかしら」
「何言ってやがるクソ女神。しれっと俺の顔を否定してんじゃねえよ。そうじゃなくて、異世界だよ異世界!この中世っぽい街並みに、あっちにいるのは獣人か……?とにかくスゲーよ!これから俺、冒険者になって、この世界にひしめくモンスターとか討伐しちゃうわけ?やっふう!さようなら元の煤けた生活、こんにちは冒険者ライフ!ここから俺の素晴らしき人生が幕を開ける!」
「はいはい、おめでたい妄想お疲れ様。あなたのお花畑な想像に付き合うのも面倒だから、ここからは別行動にしない?」
「別行動?何でだ?お前は、俺を助けるために付いて来たんだろう?」
「えっ……そうだけど……私はここでやらなきゃいけないことがあるから、行かなきゃいけないの。だから、私のお願いを聞いてくれない……?」
そう言ってラミルは、上目使いに手を組んで懇願してくる。出会った当初なら、この仕草にコロッと騙されたかもしれないが、さっきの一幕を見た俺としては、何故この嘘を見抜けないと思ったのかさっぱり分からない。
「そうなのか。じゃあ、仕方ないな。お前とは、ここでお別れだな」
「うん、お願いを聞いてくれてありがとう!」
そのまま、バイバーイとばかりに手を振って去っていく女神。俺に背を向けて少し離れると、「チョロいわね~。リルもレンも私の華麗な演技に騙されちゃって!」とか聞こえたが、あの大根役者と言うのもおこがましい演技に自信を持っているあいつこそ、俺にとってはチョロいとしか言いようがない。別にあいつがどうなろうと知ったこっちゃないが、悪い男に騙されないよう微妙に祈ってやろう。
「さて、俺がまず行くべきは、冒険者ギルドだ!」
俺の自分に言い聞かせるような独り言に周囲を歩いていた人たちの視線が痛いが、テンションMAX状態の俺には気にならない。冒険者ギルドで一旗揚げさえすれば、面白おかしい異世界ライフが待っているのだ。
しかし、この世界に来たばかりの俺には全くこの街の土地勘がないため、道行く人にギルドの場所を聞いてみよう。
「あの―――」
―――ササッ。
「すみませ―――」
―――ふいっ。
……何故だ、話しかけようとする人がそそくさと去って行ってしまう……
確かにちょっと明るい未来を想像してハッチャけた自覚はあるが、そんな腫物を触るような扱いをしなくても良いじゃないか。
こうなったら、実力行使だ!
周りを見渡す。目の前に買い物帰りの女性を発見。
「ひっ!?」
ターゲットを確認、ロックオン。女性は逃げようと構えるが、今の俺に捕らえられないものはない。
「キャッ―――」
熱い思いを胸に、彼女の下へ、いざダッシュ!
「キャアアアアアアアアアア!」
さあ、冒険者ギルドの場所を教えてください!
◆
「おい、もうここへは戻って来るなよ」
「……はい」
目の前には、憐れんだ視線でお決まりの台詞をかけてくる守衛のオッチャン。女性に声を掛けた後、彼女の悲鳴を聞きつけた守衛が到着。弁明する俺の言い分は一部も通らないまま、人生初のブタ箱コースになってしまった。騒ぎを見ていた周囲の人たちや女性当人の証言から、何とか俺の疑いは晴らす事が出来た。コミュ力の低い俺に、妙齢の女性に対する自然な対応はハードルが高かったらしい。
異世界で一番最初にくぐった扉が、ギルドの門ではなく、拘置所の鉄格子となってしまった俺は、この世界に来た当初の勢いはどこへやら、しょんぼりしながら冒険者ギルドの方へ向かう。道順は、親切な守衛の兄ちゃんが教えてくれた。
兄ちゃんの教えてくれた道を歩きながらしばらくすると、西部劇の酒屋みたいな扉が見えて来たので、そのまま扉をくぐり、やっと辿り着いた念願の冒険者ギルドへ入って行く。
「いらっしゃいませー!冒険者ギルドへようこそ!依頼の受注や登録は左奥のカウンター、お食事の場合は、右側のテーブルへどうぞ!」
快活な挨拶で迎えてくれたのは、扉の横に控えていたエプロン姿の女性だ。エプロンと言っても、ゲームとかでよくある受付嬢とかが着けているフリルのやつだ。ギルド内にはアルコール臭や料理の匂いが立ち込め、かなり広いギルドの建物の中に結構な人数の冒険者がいる。新参者が珍しいのか、入ってきた俺に皆の注目が集まる。
彼女の案内のまま、左奥に位置するカウンターへ。カウンターには、3人の女性が冒険者の対応をつつがなく行っている。俺はその中の、最も美人と目される金髪お姉さんの列に並ぶ。3つの中で最長蛇の列になっているが、こんな機会でもなけりゃ合法的に美女とお近づきにはなれない。ゆえに、迷わず彼女の列へ。
しばしギルド内を観察しながら待っていると、やがて俺の順番が回って来た。
「いらっしゃいませ、ようこそ冒険者ギルドへ。あなたはここは初めてかしら?それとも、依頼を発注しに来た方?」
「はい、初めてです。でも依頼の発注ではなく、登録で!」
「あら、それは失礼しました。では、登録料1000リルをお願いします」
「えっ」
斉藤蓮16歳、所持金0。いきなり異世界で、登録さえできずに躓く。
◆
「おーい!今日の作業は終わりだ!明日も頼むなー!」
「「「「「ういーっす!」」」」」
「……うっす」
キツイ……足が痛い……
今日の日当を受け取り、厳しい肉体労働で重くなった体を引きずりながら飯屋へ。この世界にファミレスなんて洒落たものがあるはずもなく、大衆食堂で夕食を摂り、その後は銭湯で、汗と泥でグチャグチャになった身体を洗い流して湯船につかる。この瞬間が、最近俺の中で最も心休まる時間だ。
銭湯を出ると、日雇い新米労働者の俺に一端の宿屋に泊る金などあるはずもなく、宿屋の厩舎の端の方で貧乏冒険者と一緒に床に就く。今は幸い春のためそこまで気にすることもないが、これが夏のうだるような暑さや冬の凍えるような寒さになると思うと将来のことが心配になってくる。
「はあ……明日はギルドに行ってみようかなあ……」
この世界に来た当初の目的を思い出し、一人愚痴る。あの日、ギルドの登録料の無かった俺は、ギルドを出た足でハロワに行き、ちょうど仕事を募集していた工事現場の新米労働者としての生活を2か月送っている。既に登録料は貯まっているのだが、この世界の冒険者を見て思ったことは、俺の引き籠り生活による貧弱な肉体でモンスター相手など早いのではないかということだ。彼らは、魔法使いみたいな後衛職もいるようなので全員が全員ガチムキの筋肉バカと決まった訳ではないものの、その立ち振る舞いや視線には何か一般人と違う色を宿していた。その歴戦の勇士たちの中に、俺みたいな危険と無縁な生活をしていた門外漢が入り込んでも何も出来ないだろう。ゆえに、多少は体力をつけてからギルドに向かおうと、日銭稼ぎと身体作りを兼ねて2か月間頑張っている。そのおかげで、この世界に来た当初とは比べ物にならないほど体はガッシリし、重い台車や建材を一日運び続けてもぶっ倒れない程度には成長した。まあ、棟梁とかには敵わないし、元が酷過ぎたってのもあると思うが。
「まあ、明日になって気が変わってなかったら行ってみるか……」
その言葉を最後に、俺の意識は闇に落ちた。
◆
「いらっしゃいま……せ?」
「ああ、おはよう」
翌日。昨日の志にそれほどの陰りが見られなかった俺は、朝早く冒険者ギルドを訪れていた。迎えてくれた以前と同じ案内嬢の声が何故か疑問形だが、別に気にするほどのことでもないだろう。
首をコテンと傾げる彼女を置き去りに、依然と同じ受付のお姉さんのカウンターに向かう。早朝のおかげか手続きを行う冒険者は少なく、割と早く俺の番がやってきた。
「おはようございます。今日はどのような……あら?あなたは……」
「二か月前、登録料が払えずに去って行った男だよ」
「あら、あの時の!それにしてもあなた、二か月前とは見違えたわね。前は、ギルドに依頼をしに来たお使いの子かと思っていたのに」
「そうか」
お姉さんのあけすけな言葉に、思わず苦笑いが零れてしまう。まあ仕方ないか。あの時の俺は、正直ここに何をしに来たのか、今の俺から見てもさっぱり分からないからな。
「それで、今日は登録かしら?」
「ああ、頼む」
そう言って、お姉さんに登録料1000リルを手渡す。
「はい、確かに。それでは、この用紙にお名前と性別、後は年齢をお願いします」
「分かった」
お姉さんから羊皮紙みたいな紙を受け取り、言われた通りに事項を書き込む。その用紙をお姉さんに渡して、彼女がそれを手元に引っ込めると、今度は入れ違い様に銀色のプレートを渡してきた。
「これがあなたの冒険者カードになります。これを提示していただければ、冒険者のとしての依頼の受注やギルドで食事を摂られる際に割引をさせていただきます。再発行には1万リルかかりますので、なくさないようお願いします」
「えっと、職業とかはないのか?」
「職業?職業は冒険者ですよ?」
「そうじゃなくて。ウィザードとかクルセイダーとか、そんな感じの……」
「ああ、そういうことですか。冒険者には明確なクラス分けは存在しません。その人が魔法を使えばウィザード、前衛の護衛職をすればクルセイダーです。また、これらの上位職と言われているアークウィザードやガーディアンは、言わば名誉職ですね。高難易度のクエストをこなし続けたり、街を防衛したりして立派な功績を挙げた場合にそう呼ばれる人々の総称です。尤も、ただの名誉職とはいえその高名は街中に轟きますので、街の人たちから感謝されたり、ギルドからその功績に応じた褒賞が出たりします」
「ほう」
若干ゲーム的な想像をしていたが、現実はそこまでシステマチックではないみたいだ。レベルとかポイントとかがあって、自分の能力に基づいて職種を選ぶのかと思ってた。
「では、手続きはこれにて終了です。依頼を受ける場合は、そこに張り出してある依頼書の中から好きなものを選んで私たちの所に持って来てください。依頼を受けるのに特に制限はありませんが、違約金が書いてあるものはクエスト不達成の場合に罰金が発生します。また、依頼者が依頼達成の内容に異議申し立てをしてきた場合、ギルドがその結果を精査し、あまりにそれがおざなり、もしくは依頼者の意向に沿わなかった場合は達成時の報酬を払い戻し、ギルドの要注意人物リストに載ります。このリストに3回以上バツが付いた際には、冒険者資格を取消し、ギルド間のブラックリストに登録されますのでご注意を」
「おっ、おう」
矢継ぎ早に捲し立ててくるお姉さんに押されながら、気持ちちょっとだけ後ずさる。ギルドのトラブル防止の仕組みは分かったから、そんなに新米冒険者の俺にプレッシャーをかけないで欲しい。
彼女の注意を最後に、俺は依頼の張り出してあるボードの前にやってきた。そこには所狭しと様々な依頼書が並べられ、どれを受けようかと目移りしてしまう。
しばらく気の行くまで依頼書の群れを眺めていると、初心者の俺でもこなせそうな依頼を見つけたのでカウンターへ。
「では、初任務ですね。頑張ってください」
「行ってきます!」
お姉さんに依頼の手続きをして貰い、人生初の異世界っぽいクエストに向かって街に繰り出す。まずは依頼のための装備だ。
「こんちはー!駆け出し冒険者の防具が欲しいんですけどー!」
「はいよ、いらっしゃい」
やって来たのは、冒険者ギルドにほど近い武具屋だ。まさに鍛冶屋!という見た目の禿頭のおっちゃんに、店の中には誰が持てるのかと聞きたくなるような大剣や、金属製の胸当て、手のひらサイズのダガーまで色々揃っている。
「えっと、駆け出し用の防具だっけか?」
「ああっと、武器も一緒に頼むよ。俺冒険者になったばっかで、右も左も分かんねえんだ」
「そうか、それなら……このショートソードと革製の胸当てだな。金属鎧も良いが、初心者は動きを制限されちまうからな」
「それじゃそれで」
鉄製のショートソード、胸当てを合わせて、締めて5万リルなり。俺の今日までの稼ぎがほとんど吹っ飛んだ。このクエストをきっちりこなさないと今夜の食事代が怪しい。
「よっしゃ、いっちょ行ってみますか!」
景気の良い独り言とともに再度街へ。しばし街をルンルン気分で歩いていると、急に道脇に蹲っていた乞食が掴みかかって来た。
「そっ、そこの人!お願いします、この哀れな私に一片のお慈悲を!100リルでいいから!お金がダメなら、パン一切れでも!」
「なっ、何だ!?」
何だこいつ!?乱れる髪からわずかに覗く顔は整っているみたいだが、着ている服はボロボロだし、何よりずっと風呂に入ってないのか漂ってくる匂いがヤバい!
「離れろ!俺みたいな駆け出し貧乏冒険者にたかってんじゃねえ!もっと金持ってそうな奴に頼めよ!」
「お願い、お願いだから!私は神だから、身体はあげられないけど、食べ物くれたら信者第一号にしてあげるから!」
「何を世迷言を言ってやがる!てめーが神なら、誰だって神に……」
……神?
「お前、まさか……」
「あっ」
半信半疑ながら目の前にたかっている乞食の前髪を掻き上げ、その前髪に隠れていた容貌が露わとなる。
「……ラミル?」
「あーっ!あんたは、レン!」
たかっていた乞食は、二か月前に別れたクソ女神だった。